清楚系美少女で有名な大和撫子さんは、男の子がお好き
クラスメイトの、大和撫子さん。黒髪ロングがこの上なく似合い、和装美人の代表例とも言える彼女との出会いは、図書室だった。
窓側の席で、夕日を浴びながら勉強に励む大和さんの姿に、俺は思わず見惚れてしまって。図書室の入り口で、俺は立ち尽くしてしまう。
難問を解いているのか、大和さんはシャーペンを唇に当てながら黒髪をかき分ける。彼女の名前は、その妖艶さが由来となっているのではないか? そう錯覚せずにはいられなかった。
しばらく大和さんを見つめていると、彼女が俺の視線に気が付く。
大和さんがニコッと微笑みかけてくれたので、俺も会釈で返しといた。
「同じクラスの、大石琢也くんでしたよね? 私に何か用ですか?」
確かに図書室入り口からジーッと見つめられていたら、自分に用事があるんじゃないかと勘違いしてしまうよな。
しかし「単に見惚れていただけだ」などとは、口が裂けても言えるわけもない。
「いいや。勉強しに来たんだ」
「そうだったんですか。試験前でもないのに図書室で勉強なんて、関心です」
社交辞令だとわかっていても、大和さんに褒められると嬉しくなってしまう。男が単純な生き物なのか、それとも美少女がずるいのか。
「私も今、今日の授業の内容を復習していたんですよ。良かったら、一緒に勉強しませんか?」
大和さんは可愛いだけじゃなく、勉強も出来る。そんな彼女に教えて貰いながら復習出来るのなら、願ったり叶ったりだ。
俺は大和さんの対面に座り、参考書を開く。
今日の数学の授業、イマイチ内容が理解出来なかったんだよな。
頭ではわかっているつもりなんだけど、いざ実際に問題を解こうとするとこんがらがるっていうか。
だから復習がてらもう一度じっくり参考書を読み返して、練習問題を解こうとしていたんだけど……うん、やっぱり何度読んでも理解出来なかった。
腕を組み、唸り声を上げながら参考書と睨めっこしていると、ふと大和さんが話しかけてくる。
「どこかわからないところでもあるんですか?」
「あぁ。ここのところが、あまり理解出来ないんだが……」
参考書を指差しながら、俺は答える。
「今日授業でやったところですね。数学が得意でも、そこで躓く人って多いみたいですよ」
ややこしい内容でも、大和さんは十分理解出来ているようで。彼女が俺に解説してくれることになった。
それはありがたいのだが……
「よいしょっと」
……何でわざわざ俺の隣に移動したの? 別に対面で教えてくれれば良かったのに。
隣に座られて嫌だという感情は、勿論ない。大和さんとこんな近付けるなんて、寧ろご褒美だ。
しかし俺たち以外に誰もいない図書室で、他に席なんて沢山あるというのに隣同士座っているというのが、なんとも言えない背徳感を抱かせていた。
そんな俺の苦悩を察する様子もなく、大和さんは解説を始める。
きっと大和さんは、少しでも教えやすくする為に席を移動したんだろうな。そこには微塵も下心はなかった筈だ。
その証拠に、大和さんの解説はとてもわかりやすかった。
なんとなくしかわかっていなかった内容が、今ではばっちり理解出来ている。
「勉強教えてくれてありがとな。お礼をしたいんだが、何か欲しいものやして欲しいことはないか?」
謙虚な大和さんは多分「お礼なんて要りません!」と言うと思うが、それではこちらの気が収まらない。ランチの一食でもご馳走するとしようかな。
しかし俺の予想に反して、大和さんは「お礼」という言葉に目を輝かせた。
「本当にお礼をしてくれるんですか?」
「あっ、あぁ」
前のめりになる彼女に、俺は思わずたじろぐ。
一体どんなお礼を要求されるのだろうか?
「それじゃあ、全裸になってくれませんか?」
「……は?」
清楚系美少女・大和撫子。その彼女から出たお礼は……耳を疑うようなものだった。
◇
「えーと……ごめん。よく聞き取れなかったみたいだから、もう一回言ってくれないか?」
どうやら勉強のしすぎて、耳がおかしくなっていたらしい。
「全裸になってくれ」だなんて、あの大和さんが言うわけないじゃないか。聞き間違いに決まっている。
「ですから、服も下着も脱いで全裸になって欲しいと言っているんです」
……聞き間違いじゃなかった。
単に「服を脱いでくれ」だったら、ブレザーのほつれている部分を直す可能性だって残されている。
だけど大和さんは、思いっきり「全裸になれ」と要求していた。……え? 本当に何で?
「お礼をするとは言ったけど、異性の前でいきなり裸になるのはちょっと……」
「……ですよね。困らせてしまって、ごめんなさい」
大和さんはシュンとなる。
おい、そんな悲しそうな顔をするな。俺が悪いみたいに思えてくるじゃないか。
「参考までに聞くが、どうして俺に裸になって欲しいんだ? もしかして、俺に興味が――」
「私、男の子に興味があるんです!」
……危ねえ。もう少しでとんでもない勘違いを口に出すところだった。
「私の家って、男の人がいないんですよ。祖父は私が生まれる前に亡くなってしまって、父は物心着く前に家を出て行って。妹はいますけど、男兄弟はいません」
そうだったのか。
大和さんの家族についてなんて、聞いたこともなかった。
「加えて小中と女子校に通っていましてね。何が言いたいかというと……私、男の子に慣れていないんです」
女性社会の中でしか生きたことのない人間って、現実にいたんだな。ラブコメの世界にしか存在しないと思っていた。
「だから高校に入って、こうして男の子と話すのが凄い新鮮でしてね。もっと男の子のことを知りたいと、そう思っているんです」
「成る程ね。……それがどうして、「全裸になれ」だなんていう突拍子もない要求に繋がるんだ?」
「男の子の体って、女の子と違うっていうじゃないですか。きちんと勉強したんですよ」
そう言って大和さんが鞄から取り出したのは……保健体育の教科書ではなく、BL漫画だった。それも結構ハードなやつ。
清楚系な大和撫子。俺の中の彼女のイメージが、音を立てて瓦解し始めた。
「漫画はあくまでフィクションですから、実際に男の子の体を見ないと本当かどうかわかりませんし。かつて杉田玄白も、同じことをしていたでしょう?」
「杉田玄白はBL漫画片手に「服を脱げ」だなんて要求はしてねぇ」
大和さんが俺の裸を見たい理由はわかった。彼女の境遇についても、同情の余地はある。
その上で、答えを出そう。それでも全裸になりたくない!
しかしお礼をしたいという気持ちは確かにあるわけで。……仕方ない。ここは妥協点を探すとするか。
「全裸は無理だ。だが……上半身くらいなら、脱いでやっても良いぞ」
上を脱ぐだけなら、水泳の授業と変わらないからな。
こちとら毎日腹筋腕立てをしているわけだし、体付きには多少自信がある。
「それじゃあ、上半身だけお願いします」
俺は生まれて初めて、図書室で半裸になる。
その結果がどうだったかというと……大和さんの歓喜の絶叫が室内に響き渡ったとだけ記しておく。
◇
「あの、大石くん。男の子って、男の子のどんなところに魅力を感じるんですか?」
図書室半裸事件から数日が経ったある日の昼休み、またも大和さんが訳の分からないことを言ってきた。
「えーと、大和さん。お腹空いているのか? 日本語を間違えているぞ」
「間違えていません! 男の子が同性のどこに魅力を感じるのか、大石くんなりの意見が聞きたいんです」
知らねーよ、そんなもん!
「女の子は男の子の、顔や肉体や性格に惹かれるものでしょう? 男の子も同じなのかどうか、気になりまして」
「同じだよ。ただのその対象は、別に男の子に限った話じゃないだけだ」
「そうなんですか? 男の子は魅力的な男の子に好意を抱くものだと、参考書に書いてありましたよ」
参考書とは、勿論例のBL漫画のことだ。
いや、その漫画の常識が万国共通だと思うなよ?
「ご教示いただいて、ありがとうございます。大石くんは女好き。きちんとインプットしました」
なんか悪意のこもったインプットの仕方だった。
「それでは質問を変えます。大石くんは、どんな女の子が好きなんですか?」
「それは恋愛対象って意味だよな?」
「はい」
「そうだなぁ……」
ここで好きなアニメキャラなんて答えると、大和さんのことが言えなくなってしまう。
現実で、俺がどういう人と付き合いたいのかというと……
「あんまり男慣れしていない女の子が良いな。俺が恋愛経験ないから、それこそビッチとかだとその内ついていけなくなると思う。運動より、勉強が出来るタイプの子の方が好きだな。俺があまり勉強出来ないから、教えて貰えたりすると嬉しい。あとはその、恥ずかしいからあまり言いたくないんだが……黒髪フェチだったりする」
最後のは余計だったかな? 大和さんに気持ち悪いと思われていなければ良いけど。
しかしその心配は無用だった。大和さんに、引いている様子はない。
引いてはいないんだけど……さっきよりよそよそしくなったような気はする。心なしか、顔を赤いような。
「大和さん? どうかしたのか?」
「いっ、いえ! 何でもないですよ! ただ、その……少し考える時間を下さい!」
そう言い残して、大和さんは猛ダッシュで立ち去る。
「……俺、何か変なこと言ったかな?」
当然俺に、そんな自覚はなかった。
◇
金曜日の放課後。俺はまたも、大和さんに話しかけられた。
今度はどんなことを聞かれるんだろうな? どうせまたとんでもないことを言い出すのだろうと身構えていると、
「大石くん、明日私とデートしてくれませんか?」
「……は?」
いつもとは違うベクトルで突拍子もない話を振られて、俺の頭はフリーズしてしまった。
今大和さんは、俺をデートに誘ったのか?
「大和さん。勘違いのないよう言っておくが、世間一般のデートっていうのは、参考書(意味深)で描かれているデートとは違うんだぞ?」
「わかっていますよ! 今日はバカにされないように、しっかり予習してきたんですか!」
そう言って大和さんが鞄から取り出したのは……BL漫画ではなく、恋愛雑誌だった。
「私は男の子の気持ちがよくわかりません。だけど、大石くんの気持ちなら、ちゃんとわかっているつもりです」
「俺の気持ち?」
「大石くんのタイプの女の子って……私のことですよね?」
大和さんに言われて、俺は先日の自分の発言を思い出す。
男慣れしていなくて、勉強が出来て、そして黒髪の女の子。そんな子が好みだと、俺は言った。
……完全に大和さんのことじゃねーか。
あの時俺は、無意識で自分の好ましいと思う女性像を思い描いていた。それが偶然、大和さんと合致したわけであって。
……いや、もしかすると偶然なんかじゃないのかもしれないな。
心のどこかで俺は大和さんに惹かれていて、だからつい彼女の魅力を口にしてしまったのだ。
本当の彼女は、清楚系な大和撫子じゃない。ほとんど初対面の男子に「全裸になれ」と言ってくるような女だ。
だけどそこに下心は一切なくて。知りたいことを素直に知りたいと言う、そんな純粋な大和さんを、俺はいつの間にか好きになっていた。
「私も自分の気持ちと、きちんと向き合いました。私にとって大石くんが、どんな存在なのか」
「答えは出たのか?」
「はい。大石くんは私に色々なことを教えてくれる、大切な存在なんです。あなたと一緒に歩いていけば、私は今まで知らなかったことを学んでいける。そう思うんです」
大和さんが、俺の両手を握る。
「だから、デートをしましょう。恋人になりましょう。私もあなたのことが、好きなんです」
俺が大和さんに好意を寄せていると思ったから、彼女はあの時顔を赤くして逃げて行ったのか。
いつもなら「お前のことじゃない」と勘違いを正すところなんだけど、今回ばかりは無理だな。結果論だが、勘違いじゃなかったんだもの。
「ところで大石くん。一つだけ彼女のお願いわ、聞いてくれますか?」
「何だ?」
「上半身だけで良いので、また脱いでみて下さい」
全く、この女は。どんどん自分の本性を隠さなくなってきたな。
「なんだ? 図書室で見せただけじゃ、観察し足りなかったか?」
「いいえ。好きな人の肌を見たいと思う。ただの下心です」
清楚系美少女で有名な大和撫子さん。彼女はどうやら、俺のことが大好きみたいだ。




