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7、今の自分にとって最大の”死闘”

よろしくお願いします。

「随分と待たせてくれたなぁ?」


 小男の声が、この伽藍堂に響き渡る。

 ここに入ってきてすぐ、城原は小学校の体育館を連想した。高い天井を持つことができるのは、上の階層がないため。その天井からはライトが数本ぶら下がっているが、この広大な空間全てを照らすにはかなり弱々しい。

 だがその中でも、左右の高所には人がなんとか通れるくらいのデッキが備え付けられており、何やら荷物のようなものが置かれていた。

 そして、城原が足を踏み入れたこのメインフロア。地下空間らしからぬ広さであり、デッキと同様の荷物が隅の方にだけまばらに放置されていた。

 最後に、小男が待ち構えるステージ。城原は、あそこで校長先生が喋っていたことを思い出す。この空間全てを見渡せる位置から、彼は言葉を投げかけてきた。彼から城原までの直線距離は50メートルほどあったが、その声は十分届く。ここは広さがあるので声が響き、さらに地上の雨音を始めとした、ありとあらゆる外部からの音が遮断されるからだ。


 そんな声の主の側には…

「…レイシアッ!」


 意識を失っているのだろう。忠実なメイドが呼び掛けに応じる様子はない。

 そんな彼女を、城原がずっと頼りにしてきたエメラルドの光を纏った縄が縛っていた。

(あれが、あの光の発信源? あれが通った場所に光が残されていったのか…)

 その正体が魔術使用の痕跡であることを知らない彼は、その縄が魔術によって強化されたものであり、高い頑丈さを誇ることも当然わからない。


 周囲の状態はおおよそ把握した。視線をフードの小男に定めつつ、ジリジリと前進する。


「ああ、えーと、まあ待たせてゴメン。色々考えてたもんでね。

 こんな暗いところにずっといるのもなんだし、単刀直入に言うけどさ…

 そこの女の子、返してよ」


 無闇に相手を刺激しないことに重点を置きすぎた結果、誘拐犯と渡り合うにしてはいかがなものかと思われる態度になってしまった城原。もう少し強気に出てよかったと自己反省する。


 一方の小男は、城原の口上を最後まで聞き届け、

「…人の心配より自分のことを気にしたほうがいいぞ。

 俺らが欲しいのはお前の命だけなんだし」


 そう。城原は、皇族セリアースとしての自分の価値を見誤っていた。

 彼が荷物だと思っていた、デッキ上のシートで覆われた山から、弓や銃、弩といった多様な遠距離武器を持つ男たちが一斉に現れた。

 すでに装填は済んでいた弾たちが、四方八方からセリアースの身体を撃ち抜く。

 体中を穴だらけにしたセリアースが、膝から崩れ落ち…


 否、そんな結果は訪れず。

 確かに膝立ちになったセリアースだが、その直後に彼はのっそりと立ち上がった。

 それどころか、彼の身体にはただ一つの傷も走っていない。


 その一部始終を見届けた小男は、

「…「奇襲封じ」か…やはり簡単には死んでくれんな、「魔導の血の寵児」サンよ」

 残念さと好奇心が入り混じった眼で、殺し損ねた男に語り掛けた。


 そして、死に損なった男、セリアースは、

「ああそうさ、これが俺の「奇襲封じ」。…こいつの出番がないラブ&ピースな展開を願ってたんだがな。お前らがその気なら仕方ない。今すぐ排除してやるよ」

 新たに姿を現した刺客たちには目もくれず、ただこの場の支配者のみを見据える。


 そんなセリアースを演じる、城原の内心は…

(…生きてる。うん、生きてるね。息もしてるし血も正常に流れてる。

 …うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ助かったぁ! 生きてる! 今確かに僕は生きております!

 そして、…あぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 絶対死んだと思ったし、死ぬはずだったでしょあれ!)


 安堵と歓喜の色を併せ持つ、応援するチームが無死満塁を零封したときの野球ファンが味わうような感情でいっぱいになっていた。


(にしても、なんで俺は死ななかった? 体を軽く叩かれる感覚はあったけど、あれだけの数の弾が一つも当たってない)

 セリアースの身体を貫き、引き裂くはずだった凶弾たちは、残骸となり彼を囲うようにして転がっている。


「「奇襲封じ」…確かに厄介だ。特に我々のような闇討ちを得手とする者たちにはな」

 小男は再び口を開く。

「だが、「奇襲封じ」はあくまで「奇襲封じ」。持続的な耐久性には優れん。射撃を繰り返せばいずれ術は破れ、お前には死が訪れるのみだ」


 すでに勝ち誇ったような男の口振りに、城原は耳を傾ける。

(俺を助けてくれたのは「奇襲封じ」っていう魔術だけど、このまま撃たれ続ければいずれ破られる、か。

 相手が俺を魔術皇族だと信じてるなら、魔術に関するブラフなんて張ってこない。あいつがが余裕ぶっこいてるだけだから、信じて問題ないだろ。

 でも俺は、そんな魔術は使ったこともそもそも聞いたこともないんだぞ?)

 その現象の正体が、ただの魔術とは別格の代物であることはまだ城原は知らない。

(まあいい、カードが明かされたことには変わらないんだし。それらの中で俺が切っていけるのは…)

 広大な未知の領域を内包している思考を巡らす城原だが、

「さーて、女に釣られてノコノコやってきた引きこもり皇族さん。お前はここで終わりだよ」

 敵が彼の考えが纏まるまで待ってくれる道理はない。

 フードの男が指を弾くとともに、今度は止むことのない弾丸の雨が降り注いだ。


「っ…おい速ぇよ!」

 敵方への不平など何の意味も為さず、己を護る壁が叩かれる感覚に襲われる。

(ならこうしてやるか… 《我を地の理から解き放ち、邪悪の手が届かぬ高みへ上らせ給え──》)

 城原が頼ったのは、やはり魔術だった。


 《嵐の芽吹き》とは、移動に特化した魔術だ。術者の周囲一帯に突風を巻き起こすことはできるが、それはあくまで副次的効果である。

 ものによっては何キロもの距離を瞬間的に移動したり、あっという間に大空へ飛び上がったりできる風魔術だが、《嵐の芽吹き》はあくまで初級。()()()()()()がなかったとしても、一度の魔術で移動できる距離は50メートルほどである。

 長所としては、魔導核が弱い魔術師でも発動できること。そして、


 一度の魔術行使中に、何度でも方向を転換できることだ。

 2メートルほど進んでは方向転換。城原はそれを繰り返していく。その転換先も縦横斜めにランダムにすることで、狙撃手たちに的を絞らせないのが狙いだ。


 そしてその狙いは、凡そ的中したと言っていいだろう。20人ほどの射手から放たれる弾丸だが、城原の身体…正確にはその障壁へと至るものは数を減らしていった。


 だが、このままでは埒が明かない。万全の状態…弾のストックはフルで待機していたであろう敵方に対して、城原にとっては「奇襲封じ」が全壊すればそこまでで、次の命中でそれが起きるかもしれないのだ。手っ取り早くケリをつける必要がある。


(今の俺が持つ弱い力で効果を出せる、敵方のウィークポイントを探し出す…

 となるとやはり、司令塔と思しきフードのアイツを狙うか…)

 だがそんな城原の思考は、

(っ、《我を地の理から解き放ち、邪悪の手が届かぬ高みへ上らせ給え──》!)

 今の彼の命綱、魔術発動のための詠唱によって寸断される。


 《嵐の芽吹き》による総移動距離は50メートルに達する。だがそれは、狙撃手たちの照準を振り払おうと動き回る城原が一瞬で消費してしまう。

 そして、その50メートルが経過するまでに次の発動の準備を済ませておかなければ、魔術を使えない裸の時間が生まれてしまう。この弾丸の雨の中では、その僅かな間隙が文字通り命取りだ。

 それ故に、《嵐の芽吹き》発動中に次なる《嵐の芽吹き》の詠唱を終えなければならない。そして、思い浮かべるだけの詠唱でも、速度を追求するためには脳のリソースを相当割かなければならない。

 減ってきたとはいえ確かに感じる、防壁が崩されていく感覚、途中に挟まなければならない覚えたての魔術詠唱、ハイペースの方向転換により揺れ動く視覚情報、そしてそれらを捌くには余りに拙い脳のスペック。

 マラソンの終盤みたく、脳が凍ってしまったように何も考えられない。セリアースの部分が受け持っていた本物のマラソンは容易いものだったのだが。


(ああもう、ここでも助けてくれよセリアース!)

 今自分が生きていられるのも、皇族様の秘術のおかげであることなど知らない城原。

 そして、彼には怨嗟に割いてやれる時間などないのだ。


(そう、まずはフードの小男を───いや、あいつが指示を出したっきり自分の手では攻撃してこないのが気になる───セリアースの強さが知れ渡ってるなら、それ相応の備えをしてきているはず───そんな切り札を使うときを待っているのか?───今の一斉射撃にそれが加われば一気に崩される気がする───そうなる前に、あの狙撃手たちからやってしまう───でもどうやって?こちらは素手───

 いーや、あるじゃねぇかよ、いい武器)

 防戦一方の展開を打ち破るべく、城原が取った行動は…


 これまで二次元的な動きしか与えてこなかった《嵐の芽吹き》を、天井にぶつけたときのように三次元的に展開。

 そうすることで、城原は飛び上がれる。そしてその着地先は、狙撃手たちのいるデッキの手すりに設定する。

 目の前に突如現れた標的に目を剥く狙撃手。口から漏れたのは、何とも聞き取りづらいあ行の呻きだったか。

 だが彼が度肝を抜かれたのは一瞬、すぐさま弓を番え、外すほうが難しい標的を射る…


 その直前になって、対象は魔術を以て瞬間的に横移動した。

 その身体を穿つべく放たれた矢は、そのまま直進し…

 対岸のデッキにいた、味方の射手の喉元に突き刺さる。そこを抑えたまま射手は前に倒れ、下のフロアへと落ちていく。


 次なる移動先は更なる惨状だった。目の前に現れ、撃つ直前に消えるセリアースに、射手の弓は空を切り、対岸の射手を捉える。

 そしてさらに、その対岸の射手がセリアースを狙い放っていた銃弾が、その真後ろにいた射手に穴を開ける。セリアースを狙った二つの銃弾は、どちらも味方を撃ち抜いたのだ。


(これだ! 自分に攻撃手段がないならそれを持つもの同士に攻撃し合ってもらえばいい!)

 閃きを得た城原。哄笑と共に、フロア全体の中心まで舞い上がり、

「ほうら、捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」

 挑発を残し、この施設全体を縦横無尽に飛び回る。


 形成は逆転した。

 行動可能な範囲が急激に広くなったことで、城原の防壁を揺るがす弾はほぼなくなっていった。

 その分外れた弾が、城原とは違い当たれば一発アウトな狙撃手たちを、そう高い頻度ではないが確実に捉えていった。

 更に、この狙撃手たちの半数以上は銃使いである。そのため、跳弾もそこら中を舞い散っている。

 ついさっきまで一方的に狩る側だった者たちが、苦悶と共にその場に崩れ落ちるか、階下へ投げ出されていく。その数はやがて、当初の4分の1である5人にまでなっていた。


 そうなってくると、そこらで暴れる弾の数も少なくなってしまう。もう流れ弾や跳弾に頼れないのだ。


「…さて。二つ目の「いい武器」の活かしどころだな」


 そう言い残した城原は、再び狙撃手の一人の方へと突っ込んでいく。

 今度の狙いは、正面ではなく背面。そして、止まるのではなく通り過ぎる。


 風魔術の効果は移動ができる、ただそれだけ。しかし、副次的に周囲に風を生むことができる。

 初級と言えどその風は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどの威力を持っており、

 それを立った状態で受けた人間は、腰の高さほどもない手すりでは受け止めてやることはできないのだった。


 背後を通り過ぎた一陣の風を、振り返って見ることも叶わず。

 狙撃手は、突風によってデッキから放り出された。


 フロアの床までの距離は5メートルほどあり、そこに頭か背中から落ちていくわけである。頭を避けて即死は免れても、背中を強打し戦闘は不可能。


 敵のうちすでにが4人が、既にその2択を突き付けられていた。


 だがその間に、最後の一人である弓使いは、その攻撃への対策を講じていた。

 ターゲットを自分に絞った突風への対策として、右手で手すりを強く掴む。

 いや、それはもはや対策というよりかは、迫りくる死の風に対する恐怖による反射的な行動だっただろう。


 城原は、その様子を上空から窺う。

(いつ防壁が破れるか知れないこっちとしては、やけっぱちで乱射してきた方がよっぽど嫌だったんだがな…)

 彼は、今一度風になった。

「弓を使えない弓兵なんて、なーんも怖くないよ」


 次の瞬間には、既に城原は弓使いの背後を掠めていた。

 彼が希望を託した右手は宙を舞う体に引っ張られて、一緒に落ちていく…


 その直後、空中で弓使いの落下が止まった。

 最後まで手すりを離さなかった右手からぶら下がるような形になる。そこから何とか這い上がろうとする弓使いだが、

「…ほら、あんまり長いことそれやってると腕が痺れるぞ?」


 逆手の握り拳を無理矢理引き剥がすくらいは、城原とっても造作もないことだ。

 城原を取り囲んでいた狙撃手たちは、遂に誰もいなくなる。


(これで露払い…って言えるほど簡単じゃなかったけど…は完了だな。

 それで、こっからどうやってレイシアを助け出すかだけど…)


 縛られて横たわるレイシアの側には例のフード男がいる。トレードマーク?のフードに隠された表情は窺えないが、合図を出して以降は俯いたまま微動だにしない。

(味方が存外早くやられて動揺したか?)

 周りを見渡せば、主の手を離れた武器たちがいくつか転がっている。これを利用したいのは山々だが、現実世界でも武器を触ったことがない一般市民(引きこもり無職なのでそれ以下だのなんだのそういう話は置いておく)である城原がそれらを扱えるとも思えなかった。弓など論外だし、引き金を引くだけに見える銃も、反動がどうこうでお手軽な武器ではないと聞いたことがある。

(ならば、この隙を突くか。風魔術で高速接近してレイシアを攫い返し、そのままこの地下空間を離脱する…それなら争う必要はない)

 ここに入る前に確認したように、最優先事項はレイシア奪還である。誘拐犯をのさばらせておくのは気掛かりだが、無理に捕らえようとしてレイシアに危害を及ぼすわけにはいかない。

 人を抱えながらの魔術行使になるためスピードが落ちるのは避けられないが、既に狙撃手の脅威はない。華奢な少女とはいえ人間一人を抱えるだけの腕力は、セリアースの受け持つ範囲なため心配はいらないはずだ。


(…よし、これで最後の風魔術にしてやる!)

 自身が立つデッキの左斜め下…デッキに狙いを定め、降下を始めた次の瞬間、


 フードの男が顔を上げざまに拳銃を取り出し、そのまま発砲。

 その弾丸は()()()()()()()()を描きながら、

 セリアースを護る不可視の鎧を打ち砕き、その脇腹を抉った。


 最初に衝撃が襲った。バランスを右に持っていかれて体勢を崩してから、痛みがやって来る。そこに加わるのが、魔術による支えを失った身体にかかる浮遊感。

 気付いたときには、穴が開いた腹の方から地面に打ち付けられていた。


「が、がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 衝撃で魔術が中断された時点での、セリアースと地面との距離は1メートルほど。そこからの自由落下は、5メートルから同じ落下を強いられた狙撃手たちよりかは、衝撃が大幅に緩和されていた。


 だが彼の場合、脇腹に穿たれた穴でその衝撃を受けてしまう。頭を打って即死です、という結果だったほうがまだ救いがあるような痛みが、脇腹から全身へ向けて駆け巡った。


 その患部を押さえて蹲る。

 これまで城原が見てきたアニメなどでは、銃撃されたキャラクターは意識があったとしても体を動かすことができずに、静止して何とか口だけ動かしている…といったような感じだった。

 だが今の城原は、両足を犬掻きのようにバタバタ動かしている。藻掻き苦しむという言葉がピッタリだろう、人は本当に「痛い」ときにはジッとなどしていられないのだ。

 (ぐはっ…まあ、常にジタバタされてたら作画がめんどくさいのかもしれないが…くっ、教育に悪いな全く…)

 白に染まりかけた思考を現実に引き戻したのは、ただのくだらない感想だった。


 傷口を押さえる手に滑り付いた鮮血は、本来自分のものではない。だが、今自分は生きながら地獄に堕とされた様な痛みを感じている。そんな事実が今更になって、中身だけ他人に成り代わっている状態の珍妙さを示したようにも思えた。


 小男が一斉射撃の指示を下して以降初めて、城原に声を掛ける。

「オイオイ、まだ息があんのかよ! 「奇襲封じ」が散り際に威力を相殺したからか。そこらの魔術師の掛けたものなら、上級防御魔術でもお構いなしにブチ抜くような代物なんだがなぁ…秘術でそれをやるとかお前ホントバケモンだわ。ここで殺せることになってよかった~!」


「…なら」

 城原が声を搾り出す。

「…ならなんで、最初からそれで撃たなかった」


 男は極めて楽しそうな声音で答える。

「勘違いしているみたいだが、スゲェのはこの拳銃じゃなくて、今お前の脇腹に埋まってる弾だよ。

 これは所謂家宝ってやつでね。昔、俺の先祖が『源泉』の紛いもの…魔力がぎゅうぎゅうに凝縮された石を見つけたんだってさ。それを代々、いろんな形に加工しながら使ってるってわけだ。そして、これがその石から採れる最後の欠片から作った弾。もし外しちまったら、親やじいちゃんばあちゃんと同じ墓に入れてもらえないだろう?」

 小男は中腰になり、城原に笑い掛ける。瞳は依然フードに隠されたままだが、吊り上がった口角からは友好的なものは感じられない。


「そうだよ、俺だって焦ってたんだぜ? この弾を使わずに済ませるための取り巻きたちが、割と瞬殺されちまったんだから。

 なんせ「魔導の血の寵児」サマだ。当然魔術で攻撃してくるもんだと思って、対魔礼装をしこたま持たせたんだが…副作用の風と、自分たちの跳弾や流れ弾で全滅なんて結果になるとはな」

「…対策されるのにも慣れたさ。力でゴリ押すのは趣味に合わない」

 適当に吐いた嘘には、諦観が多く混じっていた。


「それで、最後にお前が俺を狙って突撃を仕掛けてきただろ?」

 厳密には小男のすぐ隣のレイシアの元へ向かっていたのだが、それは大同小異だ。

「これまで無秩序だったお前の動きが、やっと読めたんだよ。それも至近距離でな。だから咄嗟に拳銃を取り出して撃った。一斉射撃で仕留められる自信はあったし、これはあくまで非常用だったんだが…かの「魔導の血の寵児」を殺す弾になったんだ。そこまで怒られることもないだろうな」


「俺を殺すってのも…お前の家の悲願なのか?」

 魔術でも筋肉でも、もう体を移動させることはできない。周囲も見渡しても利用できるものは何もなく、外部から助けが来るという展開を待つのは楽観視が過ぎる。

 つまり、完全なるチェックメイト。こちらはキング一人の孤独な譜面で、雑兵たちを払うことには成功した。しかし、逃げた先に向こうのキングが待っていたのだ。

 だが、何の理由もなしに失われる命があっていいはずがない。サーズド・エル・セリアースという要人ならば、尚更複雑に絡み合った背景などが用意されているはずだ。

 それについて何も知らぬまま散ることを、城原の残り僅かな命は許せない。


「いや…まあ、ぶっちゃけ俺自身がお前の事をどうこう思ってるとかはなくてな。

 てかむしろ、一魔術師として「魔導の血の寵児」のことは尊敬してるんだぜ? 今の戦いぶりだって見事だった。ただ力の大きさのみに頼るのではなく、その場その場で最適解を持ってくる。魔術師としては、対魔礼装ごと燃やし尽くす!みたいなことができれば最良なのかもしれないし、お前ならそれもやってのけそうなもんだが…お前は魔術師っていうより生粋の武人なのかもしれねぇな」

(いやそれは外れだよ。その最適解を導き出したのは生粋の引きこもりなんだよ)

 …どうせ死ぬのなら、転生の事実を隠し立てする必要はないのかもしれない。

 だが、彼は引きこもりの城原玲樹として死にたくはなかった。これは「魔導の血の寵児」セリアースとして戦って迎えた最期なのだから。


「敗者と同時に勝者を持ち上げようってか? 早く続きを教えてくれよ」

「ああそうだな、お前を殺すのは…主人からの命だ」

「その主人が誰かっていうのは…」

「口外するなと厳命されてるもんでな。それは喋る屍にだって例外じゃない」

 フッ、と鼻で笑うのは、普通に喋るよりも痛みを伴う動作だった。

「その軽い口調の割には忠実なんだな」

「ああ、俺はあの方に絶対の忠誠を誓っている。あの方のためなら人殺しの汚名だって被ってみせるし、家宝は勿論命を捧げても惜しくない」

「ケッ、美しい主従関係だこと」


 血は止まることなく流れ続けているため、意識が朦朧とし始めた。今の身体で唯一仕事を全うしていた脳が、その動きを止めようとしているらしい。


「さて、ついつい話し込んでしまったが」

 中腰から直った小男が、ステージから飛び降りてセリアースの前に立つ。

「お前の家の奴等に嗅ぎ回られても面倒だ。そろそろ、お前には終わってもらわにゃならん。まだ言い残すことはあるか?」

 猶予の時間は既に過ぎ去った。いよいよ死が間近に迫ってくる。


「…なら一つ頼み事だ。俺が殺られるのは仕方ない。あんたらはそれが狙いなんだからな。だけど、レイシア…そこで寝てる女の子は、言わば俺をおびき寄せるための餌だろ? …彼女だけは、無事に返すと約束しろ」

「…わりぃが、そいつは無理な相談だな。ここで起こったことは、完全に隠匿せねばならん。どこから俺や主人に関する情報が漏れるかわからんからな」


 極めて合理的な判断だ、と城原は評価した。

 不安の芽はどんな僅かなものでも潰しておく。後ろ向きで心配性な自分にとっては、高く共感できる見解でもある。


だが、しかし。


「ハッ、そうか、そうだよな…


 なら、このままくたばるわけにはいかなくなるじゃねぇか…」


自分の事を信じてくれた少女。

今消えようとしているこの体の、本来の主。

そして、人生で初めて、何かについて覚悟を決め、真剣に向き合い、闘ってきた自分のために、それを受け入れるわけにはいかなかった。


 起点にしようとしたのは右腕だった。そこに、体内に残った力を全て集める。右腕が地面と角度をつけていくに連れて、上半身も持ち上がっていく。


「…おいおい嘘だろ」

 感嘆自体は、小男は先程から見せていた。だが今回のそれからは、明らかに余裕が消えていた。

「脇腹に穴空いてんだぞ。そんな状態で動くなんて、どんだけ痛むんだっていう話だろ。実際、さっきまで身動き取れてなかったじゃねぇか」

「ガハッ…ああ、今クソ痛ぇわ。大人しく寝ながら最後を迎える方が間違いなく楽だよ。ただ…やらなきゃいけないことができた。そいつを果たさないと…完全な犬死だ。それは「魔導の血の寵児」の名が許さねぇ!」


 上半身をある程度まで持ち上がると、右足を前に出す。それによって膝立ちの姿勢を取ることができたが…

「チ、グゥ、ハ、ハァ…」

 絶え絶えに息を吐きながら、その姿勢を保つことが精一杯。ここから、誰かを攻撃するための手を講じることはどう見ても不可能であった。


 小男も、すぐにその事実に気が付く。

「…ハハ、お前の根性は随分と焦らせてくれたが。もういい、ここで眠れや」

 吐き捨てた小男が、右手を天井へ掲げる。


 《裁決の時は今来たる─》


 男が口を動かした途端に、

 突如現れた熱風が、城原の背中を撫でるように吹き始めた。


 密閉された地下空間に吹く風が、自然現象でないのは明らかだ。その行先を確かめようと、城原が踏ん張りつつ顔を上げると…

 風が吹いていたのは、城原の周囲だけではなかった。この空間中から、出所のない風が一点に向かって収束している。

 その終着点は、小男が掲げた右の掌の上であった。寄り集まった熱風は火球を作っており、その規模は増大を続けている。


 この不可解な現象を、城原の知識の中でカテゴライズするのならば、

「これは…アンタの魔術か…」

 そこまで言い切ると、城原は力尽きたように頭を垂れた。そのか細い言葉は詠唱中の小男に届かない。


 《先んじて、右方に人の業を掲げる─》


 熱風の影響を真っ向から受けたのは、当然真下の小男だった。盛んにたなびいていたフードが、遂に捲れ上がる。ずっと隠されていた素顔は、声音からは想像がつかない、厳粛さを感じる髭面だった。


 《後に、左方に人の為す善を示さん─》


 熱風が止んだ。吸収・拡大を止めた熱の塊は、新たなる形を得る。

 秩序に基づいて踊る炎は、まず尖った剣先を形作る。それは四角形として伸びて行き、やがて柄を象った。

 小男が魔術によって生み出したこの燃え盛る大剣は、当然人が手に持つことは敵わないため、威力を高めることしか考えないのなら柄など必要ない。

 それでも律義に剣の形をとるのは、それが断罪の象徴であるからだ。


 《万象を測る天秤、今こそ傾け──裁きの剣先の向く方を、我に示し給え──

 汝は裁きを下したり──人の業、人の為す善に大いに勝る──

 我は汝の判決を、全て受け入れよう──人の業を背負いつつ、其を今清算せり──その罪、永久に業火を以て身を焼かれるに値す──よって、これより下す刑の名は──》


 剣の大きさは、既に人の背丈ほどになっていた。それだけの大きさを持つだけで、半端な武器なら一発で砕くだろう。そこに、剣が燃えているという事実が加わるのだ。

 防御はまず不可能であり、今の城原は躱すこともできない。死の大剣が自分の身に振り下ろされるのを待つだけだ。


 《断罪の大剣・煉獄》


 小男が手を振り下ろすと、大剣もそれに伴って動作する。

 セリアースの身体を溶かし両断するため、強大な神秘が頭上から襲い掛かる──


ヒカマニにドハマりしていたので投稿が大分遅れました。やっと次話が出たぁ! 出たぁ~。

今回から、一応筋書きみたいなのを書いてから小説を書き始めるようにしました。めんどくさいですけど、ちょっとでもいいものになっていたら嬉しいです。

《嵐の芽吹き》については、原神のショウ(←漢字出てこない)の元素スキルのイメージで書いてみました。言語化が難しかったので、原神をしてる人にあとがきでイメージを伝えようとするズルをしました。まあスキル連発は完凸してないと出来ないんですけどね。僕のショウは無凸です。


で、

なんで異世界に銃があるんだよ! 教えはどうなってるんだ教えは!

という話です。

まず、僕はあまり銃火器や各種兵器に詳しくありません。なので詳しい方から見ればおかしいところだらけかもしれませんが、そこらへんは取り敢えず話が繋がっていけばいいやの精神でやってますのでご了承ください。


それでは、今回もお読みいただきありがとうございました。

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