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2、神話と英雄譚は現世に連なる

よろしくお願いします。

 かつて、この地を創り出した一柱の神がいた。



 遥か昔、この世は二つに割れていた。

「天界」と「冥界」…その名は後世の研究家によって名付けられたものに過ぎないのだが。

 そして、その対となる世界では、それぞれに「最高神」と定義される存在が君臨しており、その下に数多の神々が従う、という形を取っていた。


「天界」とは、まさしくこの世の楽園である。

 そこに住まう神々は、歌を吟じ、詩を紡いだ。共に手を取り合って、毎日のように宴を開き、美酒に酔いながら踊り明かす。豊かな大地による恵みを受け、神々の神々による理想郷が形成されていた。


「冥界」は、「天界」の対にあたる。

 その表現は、そこが地獄であったという事実を伝える。

 元々が、痩せこけた不毛な赤い大地が広がっているだけであった。神と言えど日々食っていくことさえ困難なほどに。

 そのため、神々は自分たちの勢力圏を作り上げ、その間で僅かな資源を巡って争っていた。その争いの過程で、土地はさらに荒れていったこともまた必然であった。


 だが、悲劇を生んだ要因はまだ列挙できる。「冥界」の「最高神」である。

 彼は私欲のため、僅かな収穫から高額な税を搾り取った。払いきれなかった者には、多様で残虐な刑罰が待っていた。

 その税を払いきるためには、他の誰かの持ち分を奪い取るしかなかった。そうして神々は更なる泥沼の争いに身を投じていく。

「最高神」の力は絶対的であり、「冥界」の神々全てが束となっても到底敵わないとされていた。そのため、皆この負のスパイラルからは逃れられないかと思われたが、そんな中でも彼らは一筋の光明を見出した。


 自分たちの住む世界と隣り合っていながら、こことは全てが対となる世界。

 そう。「天界」である。


 その日から、侵略が始まった。

 これまで互いに殺し合っていた「冥界」の神々の勢力同士が団結し、「天界」との境界に押し寄せたのだ。

 争いを知らない「天界」はあっという間に蹂躙され…ということにはならなかった。悪辣な侵略への憤りから戦意が極めて高かった他に、冥界のそれよりも遥かに強い《権能》を持っている「天界」の「最高神」の援護を受けて戦う「天界」側は善戦した。

 だが、「冥界」側も生き残るために全力で戦い、やがて前線は膠着状態を迎える。


 一方の「天界」側。

「天界」の「最高神」は楽園の如し「天界」の支配者なだけあり、慈悲深い神であった。

 そのため、このまま武力により「冥界」側を黙らせるつもりなど毛頭なかった。「冥界」に沃野があれば、こちらの土地を奪う必要はなくなり、兵を引き上げる。そうなれば、両界の神々はこの不毛な争いから解放される。


 そう考えた「天界」の「最高神」は一計を案じた。

 土地がないのなら、創り出せばいいのである。


 両界の境に、「天界」でも「冥界」でもない「新たなる天地」を生み出し、それを「冥界」側に差し出す。

 今を生きる人間の基準や信じる摂理と照らし合わせれば荒唐無稽な話だが、彼にはそれを可能とするだけの《権能》があった。

「最高神」が杖を振るう。ただそれだけで、両界が対峙していた国境の地面が裂け、その隙間が広がっていく。そしてその空いたスペースから、「天界」と遜色がないほどの広さを持つ新たな大地が生まれた。


 ただ、これは土地ができれば終わり、というわけではない。そこは豊饒の大地でなければならないからだ。

 そのためには、土台となる「新たなる天地」を継続的に管理し、手を加える者が必要となる。だがしかし、戦場の神々を《権能》で援護しなければならない「天界」の「最高神」に、そんな余裕はなかった。


 そこで白羽の矢が立ったのが、「最高神」の側近の一人であった神、デズニアである。


 まず、彼は「最高神」の権能の一部を貸し与えられた。そしてその権能を引っ提げ、例の「新たなる天地」へと向かったのであった。


 デズニアが最初に着手したのは、「新たなる天地」を囲う防壁作りであった。

 いくら後で差し出すとは言え、製作段階で「冥界」側にちょっかいを出されるとこの世界がうまく回らないかもしれない…という心配によるものである。

 一部ではあるが、「最高神」の《権能》を持つデズニアである。権能の本来の主と同じように杖を一振りするだけで、地上からは頂点が見えないような石の壁が聳え立った。


 次にデズニアは、数多の生命を創造した。全ての命の息吹を支える植物を。その恩寵を受け育つ鳥や獣を。そして、姿かたちを神々に似せた、この「新たなる大地」でリーダーシップを採っていけるようデズニアから願われた存在ーー人間を。


 彼が先にこの地で活動する生命を生み出したのは、そうしておけば環境などを整備していく段階で基準にできるからである。実際、彼はその生命たちにとって最適となるように「新たなる天地」を整備していく。あちこちに清流が流れ、全ての生命の安息の地である森もこの時に生まれた。


 そして、肝心の実りと言えば。

 デズニアはまず、「天界」に広がっているものを参考にした瑞々しい田畑を一通り創り出したものの、それからは何もしなかった。それから暫くすると、人間たちが鳥や獣、先ほど出来上がった自然環境を利用しながら、どんどんその田畑を広げ、大量の収穫を得るようになった。


 デズニアが何もしなかった理由には、「飢えている人間に魚を与えるか、魚の獲り方を教えるか」という話に通じるものがある。

 今のデズニアの《権能》を以てすれば、この地を最高の状態の田畑で埋め尽くすことも容易い。だが、それは一時のものに過ぎない。

 人間たちが自らの手でその資源を活用し、広げていけなければ、その地は真に豊かな土地とは言えない。そう考えたからであった。

 ―ーこの時点で彼の中では既に、ここは敵方に引き渡す…言ってしまえば「捨て駒」であるという意識が薄れていたのかもしれない。


 それから暫くの後。

「新たなる天地」には、地に映える緑と、青に覆われる空と海。「天界」にも引けを取らないほどの豊穣の地となった。

 デズニアは仕事を完遂した。後は「天界」に帰り、また「最高神」の傍で気儘に暮らしていけばいいだけであった。


 だが、彼が「天界」へ戻ってくることはなかった。


 彼は、あくまでこの「新たなる天地」の守護者たらんとした。自分の手で育てたこの地に息づく生命の息遣いを目の当たりにした彼は、それを「冥界」の悪神どもにくれてやる気にはどうしてもなれなかった。


 だが彼は、このままいつまでもこの地に留まっていられるとは思っていない。

 今の自分は、「天界」の「最高神」の《権能》を一部拝借している。「最高神」は「冥界」との戦いに備えて自分ごと権能を回収しようとするだろう。デズニアを遠隔から強制送還するくらい、最高神は片手間でやってのける。


 だが、今のデズニアの「最高神」に対する忠誠は当に薄れていた。

「最高神」は確かに慈悲深い。だがその慈悲深さの裏で、簡単に捨てられる命があることをデズニアは許せなかった。

 そのため、この《権能》も返す気などなく、それを横領して「新たなる天地」のために利用してやろうと考えた。


 彼には時間がない。「最高神」によって呼び戻される前にやるべきことは山ほどあった。

 まず、彼は「新たなる天地」を囲む壁に細工を入れた。《権能》を消費し特殊な印を刻み込むことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 これにより、そもそも「天界」や「冥界」からは(後述する特例を除いて)捕捉するさえも不可能となった「新たなる天地」は、悠久の安全を手に入れる。


 しかし、デズニアが「天界」の「最高神」の手から逃れることはできない。

「最高神」が彼を呼び戻す時には、彼がどこにいようと彼自身を狙って連れ戻す。つまり、例え別位相にいようとデズニアがデズニアである限りそれは避けられない。

 それどころか、デズニアを基準(アンカー)にすれば「最高神」が別位相の「新たなる天地」が存在する地点に転移することも可能だ。


 しかし裏を返せば、「最高神」はデズニアにしか注目しない。側近を信頼して送り出した「最高神」は、デズニアが命に背いて新天地を隠したなど夢にも思わない。そのため、「デズニアの回収」のみを己が杖に命ずるだろう。それなら「新たなる天地」の所在地が割れることはない。


 そして、《権能》を自分と分離しなければ、あの力はデズニアごと「天界」へと戻されてしまう。

 彼は、それを「新たなる天地」の長である人間たちに託し、不測の事態が起こった時に活用させようとした。

 デズニアは「新たなる天地」で一番の巨岩を見繕うと、それを《源泉》と命名し、自らの《権能》を全てそこに移した…その作業が完了したタイミングで、デズニアが中々戻ってこないことを不審に思った「天界」の「最高神」が…借りていた《権能》も己が前々から持っていたそれも全て差し出し、神としては抜け殻のデズニアを「天界」へと呼び戻した。


「天界」の「最高神」は労いの言葉を掛けたのち、《権能》を返還するよう求めた。

 だが、デズニアはそれを拒否した。「最高神」が理由を尋ねると、彼は包み隠さず全てを話した。


「天界」の「最高神」は激怒した。それは自分のみならず、「天界」への裏切りに等しい。自分の策を潰し、この地に住まう神々を危険に晒したデズニアは、この世の楽園である「天界」で初めての大罪人となった。


 デズニアは一転、「天界」を追放された。

 居場所を失くした彼が「新たなる天地」へ向かおうにも、自分が手塩に掛けて育て上げた新天地は既になく、「天界」と「冥界」が対峙する国境――戦場のみが広がっていた。彼は真に全てを失ったのだ。


 その後のデズニアの消息は、何処にも語られていない。




「そして、今私たちがいるこの世界が、「新たなる天地」です」

 メイドさんの長い話に、やっと終わりが見えてきた。

「この世界と我々の先祖を生み出したデズニア様は、今でも「創世神」として世界中で崇められている…これが我々に語り継がれている創世神話の顛末です」


 そこまで言い切ると、メイドさんは深く息をつき、ベッドに座り込んでしまった。喋り続けて疲れ果てたようだ。

 そして、そこまでして説明してもらった城原は、


「?????????????????????????」

 チンプンカンプンであった。

(最初にセリアースは王族とかいう衝撃的な事実を聞かされたかと思ったら、何でそこからやたらに壮大な神話を聞かされたの? セリアースのセの字も出てこなかったし)

 メイドさんの話しにはツッコミどころが多数用意されていた。


 だが、彼は自分が置かれた状況、そして自分のせいで彼女を置いてしまった状況を思い返す。

(このメイドさんは、俺の嘘のせいで、自殺を考えるくらい追い込まれているんだ。

 精神状態が不安定な人には、とにかく話を聞いてあげるのが大切なんだろう。カウンセリングが行われるのは解決策を考えると同時に、話してもらうことで不安を低減させるのも目的らしいし)

 それを裏付けるように、一通り話し終わったメイドさんの顔からは苦悩の色がいくらか退いているように見える。

(それに何より、俺のせいで傷ついた人に、こっちの都合だけ聞いてもらうのは勝手すぎるだろ)


 だがそれはそれとして、城原の中で違和感は拭いきれない。

(いくら混乱しているとはいえ、真っ先に伝えたいことが真偽が不確かな神話だなんて…もしかして宗教にドップリな人? それとも、この辺りは日本よりそういう宗教や伝承が身近にあるのかな。一般常識で知っているのが当然とか、最悪異教徒として攻撃されるとか…⁉)

 そしてこの分析は、城原が忘れていた一つのタスクを思い浮かばさせた。

(…そうだ、セリアースがどういう奴かもだけど、ここが世界のどこにあるのかも知らないと、帰る手段もわからないぞ?)

 メイドさんに質問すべきことは増えた。それを実際に聞き出すためには、今暫く彼女の話に耳を傾ける必要がありそうだ。


 やがて、メイドさんはベッドから立ち上がり、咳払いを一つ。

「これから話す物語は、先程の創世神話の第二幕…ここからは、神の物語から人の物語へと移り変わっていくことになります」

 正直に言えば先程語ってもらった神話もあまり記憶に残っていない城原だが、それでも最大限の誠意を以て彼女が紡ぐ物語と向き合った…




「新たなる天地」は、神の手を完全に離れたことにより、「人界」と呼ばれるようになる。


 そして、「人界」は分断された。


「創世神」デズニアは既にこの天地から消えた。

 そして、彼から後を託され、「新たなる天地」のリーダーとなっていくことを求められたのは人間であるが、その人間も発展の過程で数は膨れ上がっていた。その中で社会を効率的に回すため、一人のリーダーを立てる集団が自然発生的に作られていった。

 そして、一度拡大の味を知った文明は、もう後には戻れない。お互いがお互いの持つリソースを求め合い、かつて「第二の楽園」であった天地は、「冥界」のように争いの道へと進んでいくことになる。


 すると、人々はより強いリーダーを求める。そして、リーダーは自分よりさらに強いリーダーと出会うと、己が指揮を執る集団ごとその下に降ろうとした(成り上がるべく戦いを挑んだ者も少なからず存在したが、悉く敗れ去った)。


 そのようにして巨大化を続けた集団は、いつしか「国」と呼ばれるようになっていた。


 最初の国は、「人界」の南東部に生まれた。名前をイラフ共和国という。

 リーダー…この頃にはすでに「国王」と呼ばれていた…は存在し、強大な軍事力を持っていたが政治には関わらず、国民を縛るルールも特に存在しなかった。

 だが、国という仕組みの拘束力が弱くとも、この国には豊かな自然と農地があった。それを求め移住した人々は、期待通りの収穫を実らせる田畑に満足し、二度と離れていくことはなかった。

 それに、たとえその資源を求めて何者かが共和国に攻め寄せたとしても、精鋭たちによって構成される最強の軍隊が自分たちを守ってくれる。

 そのため、誰も彼もが税を滞りなく納め、この国は財政的にも精神的にも余裕があった。だから、実行力の強い法など必要とされなかった。


 続いて、南西部にも国ができた。

 ここの立地条件は、イラフ共和国とは真逆である。岩場や高山が多いため農業は発展せず、自然災害の脅威にも幾度となく曝されてきた。

 だからこそ、彼等は鋼の結束を以て災厄に抗ってきた。違反したものには厳しい罰則がつき、何をするのにも適用される法律を編んだ。

 僅かな実りは徹底的に管理され、(法律を遵守している限り)何人にも平等に分け与えられた。

 その管理体制を拡張させていった結果、イラフ共和国と比肩するほどの大勢力圏が出来上がった。

 自然や環境の厳しさに、人間の厳しさ、そして結束力で立ち向かったのがこの国…コー連合王国である。


「人界」の南部は、これらの国の登場により2分された。

 そして、残りの北部はと言うと…


 無数の小規模勢力がそこら中に散らばりつつそれぞれ好き勝手に生活している、誰一人として全貌を把握できない「混沌」を具現化したような状態に陥っていた。

 その纏まりのなさや無秩序具合を前にして、それらを一つに纏めようという思考は何人たりとも思い浮かばなかった。


 そして、その誰も思い描くことができなかった景色を人々に見せることになる「始祖の四兄弟」も、この時はまだ取るに足らない存在であった。



 その四兄弟は、小規模勢力のリーダーの子としてこの世に生を受けた。

 彼等の小規模勢力は、実に小規模な勢力であった。

 つまるところ、勢力圏は自身が持つ中くらいの大きさの畑程度。構成人員は3組の家族で、所持する武力は4振りの刀と1本の弓。別勢力に攻め寄せられる…どころか、猛獣が一匹迷い込んだら即滅亡に陥る可能性さえある。


 だが、そこのリーダー…四兄弟の家系で受け継がれてきた…は何人にも隷属せず、税や法(申し訳程度のものだが)も自分たちで決定する…つまり独立し、自治を行っていた。

 そして、この北側の地域では、この四兄弟の集団と似たような規模で似たような在り方を採る集団が大半を占めていた。まさしく天の川を形成する星々のうちの一つである。

 それ故、組織としては非常に脆弱な彼らが窮地に立たされることはなかった。他の集団も自分たちが日々食っていくことに精一杯であり、余所のことを気にしている暇などなかったからだ。


 その四兄弟も、集団に属する大人たちから愛され、同じく子供たちとは共に遊んで暮らしていた。

 やがて、長男が集団のリーダーとなり、それを他の3人が補佐しながら、この集団を余裕を持って暮らせる程度には豊かにする。

 それが彼らに望まれたことであり、彼ら自身が望んだ未来でもあった。

 あの日、運命が変転するまでは。


 繰り返すが、「人界」の北部を支配しているのは小規模勢力が大半である。

 だが、大半だということは。

 イラフ共和国やコー連合王国と比べれば依然塵のような存在であるが、四兄弟の集団よりかは一回り大きい…言うなれば中規模勢力も、確かに存在していた。

 その中で勢力を拡大していた2つが、互いの版図を広げんとする過程で衝突する。


 その戦いの舞台には、四兄弟の集団の領土も含まれていた。


 四兄弟の両親は、激しい弓の狙撃戦に巻き込まれた。彼らの遊び場であった林から上がった炎は、まだ年若い友たちを呑み込んだ。

 四兄弟の集団は、その2つの勢力のうちどちらにもつかない…中立の立場を示していた。

 そのため、抵抗という道を選べば2つを同時に相手せねばならない。勿論そこに勝ち目などない。


 だから逃げた。惨劇から背を向け、燃える故郷を捨て、大切な人の命が失われていく状況から目を背けた。


 彼等は全員奇跡的に無事だった。だが同時に、残されたものは血の繋がった4つの命しかなかった。

 長男は眼も口も閉ざした。次男はただ茫然としていた。三男は怒りに声を荒げ、己が思いつく限りの罵詈雑言を運命に浴びせた。四男は、溢れる涙を堪えきれなかった。

 そして、全員が感情を一通り消化した…全てを完璧に拭い去ることはできないが、その中でも一時の落ち着きを得た…とき、長男は呼びかけた。


 このままでは、同じような争いが北部のどこかで繰り広げられ、自分たちと同じような思いをする人が必ず出てくる。

 自分たちの手で、この無数の勢力を統一し、南部のような一大国家を作り上げようではないか。


 この場にいた者は、確かに今起こった出来事に対しては、負の感情しか持ち合わせていなかった。

 だが、未来に対して悲観的な者もいなかった。

 この瞬間から、彼らの試練の旅路が始まった。


 彼等は北部中を旅した。そこには、やはり自分たちと似たような経験を引き摺る人が多くいた。その者たちに自分たちが抱く理想をぶつけ、賛同を得られた者を引き入れた。

 それを繰り返した結果、かつて四兄弟から全てを奪った2つと同等の、他の集団よりはいくらか規模の大きい中規模勢力が形成された。


 そこから統一を果たすため、彼等は他の小規模集団の吸収を進めていった。

 勿論、その道程には困難ばかりが待っていた。だが、四兄弟はそれぞれの持つ長所を活かし、それらを乗り越えていく。

 自分たちの理念に賛同してくれない勢力があった。そこに対しては、頭のきれる四男が考え出した交渉案や条件を、人徳に優れた長男が話し合いの席で持ち出した。武に秀でた三男の登場は最終手段だった。


 そういった連携により、彼等は十年程で北部の半分を纏め上げた。

 そこからはあっという間であった。北部の人々は、自分たちの間近に迫る大集団を前にして、恐れ、期待、妬みといった様々な感情を抱いたが、最終的には、従順するのが吉という判断を下す。

 こうして、あれだけ混迷とした有様を見せていた「人界」北部は、遂に統一を果たすことになる。




「四兄弟は長男を皇帝の位に置き、残りの3人は彼の補佐に徹しました。こうして出来上がったのが、今私たちが暮らすホルディグス帝国なのです」

 そこまで言い切ったメイドさんは、再びベッドに腰を下ろす。第二幕終演の合図だと城原は捉えた。

(今回のは、大分まともな話だよな。よくわかんない神様とか出てこないし、多分史実なんだろう)


 だが、しかし。

「やっぱり俺かんけーねーじゃん」

「いいえ、確かな関係がございます!」

 メイドさんがベッドから立ち上がる。


「先程申し上げた通り、この国は一人の皇帝を4人の親族で支える、という形を採っています。皇帝は勿論、補佐役もその直系へと受け継がれていくのです。

 そして、セリアース様は始祖の四兄弟の次男、シドリヤ様のご直系! 即ち、次代の補佐役…セリアース様の場合は『魔導官令』と言うのですが…となられるお方なのです!」


 さっきまでの落ち込み具合はどこへやら。

 メイドさんは矢鱈と高らかに、城原がずっと知りたかったセリアースの素性を明かしたのだった。

 そして、その内容は…

「お、おーじ? コイツ…俺は王子様だったてこと? いやでも、王子は次の王のことで俺はまどーかんれーとやらの後継ぎとのことだから王子ではないのか…」

 またしても城原を大いに混乱させた。


(取り敢えず、状況を整理しようか。

 俺が今いる場所は、ホルディグス帝国という。具体的な場所は…「人界」…うーん、「人界(笑)」とかにしておきたいな。

 俺…セリアースはこの国を治める皇帝の一族だが、俺の家系は皇位に就くことはなく補佐役に徹する。この補佐役は『魔導官令』という…こんなところか)


 そして、状況が整理されたことにより、疑問も沢山浮かんできた。

 その中でも最大なものが…

「マドウって、魔導書とかの魔導? よくアニメとかで見る怪しい力使うやつ?」


 …城原が内心で望んだ返答はNOだった。

 親身になって(信憑性は考慮しないものとする)いろいろ教えてくれたこのメイドさんは、まだ二十歳(はたち)か、それ以下に見える。そして、とても見麗しい。

 そんな娘が、怪しさがムンムンの神話を事実と認識していることだけで痛ましいのに、更に得体の知れない能力を信奉している…それはいくら何でもあんまりだ。

 そして、そんな彼の願いは、一部だけ叶うことになる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。


「アニメ…というのはよくわかりませんし、怪しいものでもないのですが、確かに魔導…魔術というのは異能の力です。

 そして、セリアース様は、建国以来の天才魔術師と呼ばれるほど、魔導の道に秀でていたお方なのです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 まあ、今は記憶を全て失くしてしまわれているので、初級の詠唱もままならないでしょうが…」


 最後には現実の方へと目が向いてしまい、ブツブツ呟いているだけになったが、その直前のハイテンションぶりは、先程まで自殺を考えていた人間のものだとは思えなかった。

 精神状態が完全に回復したのは喜ばしいことだが、その異常な高揚ぶりは、いつかの城原の連想を呼び起こした。


(前からオタムーブをかましてくるとは思っていたけど…もしかして彼女、セリアース推しなのか?)


 城原が脱出を図った…傍から見ればセリアースが引きこもりを脱却したときにも、全く同じようなリアクションを見せつけられた。

「ですがさらにさらに、セリアース様は現代の魔術師として最高の存在というだけではございません! 剣術や槍術、弓術などあらゆる武道に精通され、学問においても専門家も舌を巻くような豊かな見識…そして、それらを兼ね備えていながら人格も誠にご立派で弱き者に尽くし悪は絶対に許さないという高潔なご理念をお持ちですしあとお顔も実にお美しいしでつまるところ今後のこの国を引っ張っていくようなお方なのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 谷を越えたらしい彼女の熱気は最高潮を迎え、セリアースに対する賛美を息継ぎする間もなくまくし立てる。そんな彼女の最推し、セリアースの中身である城原は…


「は、はぁ…」

 3割くらいで引いていて、残りの7割はなんだかこそばゆい気持ちが占めていた。

 引きこもりとして過ごす傍らで、イケボ配信者や歌い手として活動していました!という前歴などない城原である。自分推しと出会うのはこれが初めてなのだが…

(でもこれ、この人が好きなのはセリアースであって俺じゃないよな。

 それはなんか悔しいような、やっぱりちょっと嬉しいような、さっき並べた推しの長所が顔意外全て          なくなってしまうメイドさんが哀れに思えるような…)


 そして、城原は思い出す。このメイドさんを哀れに思わせるポイントはもう一つあったことを。

「そうだ、魔術だよ! 君は騙されてる! そして俺はきっと君を騙していた! そんなものがこの世に存在するわけないだろ?」

「…む。いくらセリアース様といえど、今の発言は聞き捨てなりませんね」

 メイドさんの熱を冷ましたのは、静かな怒りだった。

「これまでセリアース様は魔術で私たちに沢山の奇跡を見せてこられました。それらが紛い物でないことは私の目にも明らかですし、他の魔術師たち(専門家)にも広く認められていました!」

「じゃあそいつらも詐欺グループだよ! ごめんね寄ってたかって女の子を騙して!」

(クソ、なにが高潔な理念で弱きを助け強気をどうたらこうたらだ!

 そもそもなんでちょっと前まで赤の他人だったペテン師皇族のために俺が謝らないといけないんだよ!

 って、いけない。向こうに釣られてこっちも熱くなって、バイ〇んぐのコントみたいになってきた。 今の環境では、何にせよ熟考してから動かないとボロを出しかねん)


 心を落ち着かせ、話し方も冷静に。

「コホン。なら、実際に魔術とやらを見せて貰おうか。百聞は一見に如かずだよ」

「勿論お見せします。ですが、私には…えーと、簡単に言うと素養がないので…」

「え、何か道具とかあったら誰でも使えるようになる、とかじゃないの?」

「えっと、それは…

 そうですね、今のセリアース様には、魔術について基礎からしっかりとレクチャーする必要がありそうです」


 言うと、メイドさんは部屋の中を物色し始めた。本棚の辺りをガサゴソ探し回っていた彼女は、白紙の本…ノートらしきものと共に戻ってきた。

 そして、城原の方へ向かい直ると、


「さあ、お勉強の時間です」

 何故か少し楽し気に言い放った。


 城原サイドとしては、推し語りによって彼女の精神状態は持ち直した…どころか、無駄に昂っており、カウンセリングの理論で話を聞いてやる必要はなくなったのだから、これ以上の痛ましさを味わないためにももうやめてほしいのだが…

(もういいや。ここまで来たら全部受け止めよう。メイドさんをヤバイ宗教から救い出す手立てが見つかるかもしれないし。まあその前に俺を救わないとだけど)

 非常に後ろ向きな態度ながらも、レクチャーを受けることを決心したのであった…


ご覧いただきありがとうございました。


普段なろうで小説を読まないので、ここには何を書いたらいいのやら見当もつきません。

一言ネタとか披露していいんでしょうか。

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