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忘れられない魔女のうた~昔恋人だった男の子孫達から溺愛されていますが、私は森で静かに暮らしたいので記憶を頂戴致しました~

作者: RNK


『国王陛下万歳!!』


祝福のファンファーレが高らかに鳴り響く。

雲一つない青空はこれからの明るい未来を示しているようでなんと縁起の良いことだろうか。


今日は私、エウレディアン・オズ・テンペストの戴冠式だ。

戴冠式に際して特別に開かれた王宮の広大な広場には大勢の民が押し寄せ、皆口々に『国王陛下万歳!!』と叫びエウレディアンの即位を祝い喜んでいる。


その姿を見て、エウレディアンは万感の思いに駆られた。


皇太子として何不自由なく育った。王族としては珍しいほど両親は仲睦まじく、父と母は愛情深くエウレディアンに接してくれた。本音を語り合える友もいるし背中を預けられるほど信頼を寄せられる部下もいる。


恵まれた環境で生きてきたと思うが、それでもこの場に立つまでは決して平坦な道のりではなかった。


エウレディアンは胸に押し寄せてくる激情と目蓋に集まってくる熱を必死で堪えるために掌を力強く握りしめた。するとその掌にそっと柔らかくて温かな小さな温もりが触れる。

エウレディアンが隣に並び立つその温もりの持ち主を見やれば、彼女はふわりと温かな眼差しをエウレディアンに向けてくれる。そして……


「フ二ャ…」

「よしよし、いい子ね。わたくしの可愛い王子様」


細い腕に包まれ心地よさそうに眠る可愛い赤子と、己の腕の中でスヤスヤと眠る赤子を愛おしそうにあやす妻を見つめエウレディアンはこの上ない幸福を噛み締めていた。


今日は私、エウレディアン・オズ・テンペストの戴冠式である。

そして同時にこの温かな掌の持ち主でありエウレディアンの妻であるユーリ・デイ・カーディナスとの間に産まれた待望の第一子である皇太子を国民に御披露目する大変目出度い日でもあった。


妻であり幼さなじみでもあったユーリは心優しく聡明で可愛らしい人だ。ユーリはエウレディアンより四つ年下だが年の差を感じさせないほど大人びておりまだ成人前であるにもかかわらず皇太子時代から陰日向とエウレディアンのことを立派に支えてくれていた。

エウレディアンもまたそんなユーリを妹のように大切に見守り、慈しんできたのだ。

慈悲深く理知的な彼女は国母に相応しい。ユーリとならば父や母のように互いに手を取り合って民が安寧の日々を過ごせる豊かな国をつくり納めていけるとエウレディアンは確信していた。


そう遠くない未来、ユーリが成人するのを待って二人は盛大な結婚式を挙げる予定だ。

きっとユーリとならば父や母のように穏やかな愛を育み、温かな家庭を築いていけることだろう。


エウレディアンはユーリの掌を優しく包み込み目を細めて微笑む。するとユーリも恥ずかしそうにほんのりと頬を染め幸せそうに微笑んだ。


背筋を伸ばし、民に手を振り返す。


きっと彼女もこんな私を誇りに思ってくれることだろう。










……"彼女"?彼女とは誰のことだったろうか。



頭の中に自然と浮びあがった言葉にエウレディアンの振っていた手がぎこちなく止まる。


ユーリのことか?

いや、ユーリではない。"彼女"はユーリのように清らかで愛らしい人ではなかった。自由で支離滅裂で掴み所がなくて、いつも私を苛立たせた。私が右と言えば左と言い、私が好きだと言えば彼女は嫌いと言う。

どこまでも自由で奔放で享楽的で、私はいつもそんな彼女を追いかけて追いかけて……



「陛下?」


物思いに耽っていたエウレディアンにユーリが遠慮がちに声をかける。

エウレディアンは心配そうに揺れるカナリーイエローの瞳に大丈夫だと微笑む。



ー違う。"彼女"の瞳は夜空のような黒色だったー



「愛しています。陛下」

「……ありがとう、ユーリ」


頬を染め桃色の唇で私の可愛い妻は愛の言葉を囁いてくれたのに、エウレディアンはユーリにたった五文字の愛の言葉を告げることが出来なかった。



ー違う。"彼女"の唇は熟れた林檎のように深い赤色だったー



愛の言葉を囁かれ、そして囁き返す。

そんな簡単なことが何故私には出来ないのだろうか。

愛おしい我が子を産んでくれた妻、幼い頃から慈しんできた可愛い女の子、大切な守るべき存在に不安な表情をさせても私の唇は頑なだった。



今日は善き日。

憂うことなど何一つないはずなのに、エウレディアンの胸は先程からドクドクと嫌な音を立て鼓動を刻む。


まるで何か取り返しのつかない事をしているようで、だがそれが何なのか解らなくて、エウレディアンは焦燥に駆られていた。


先程からユーリとの違いに違和感を覚える"彼女"が誰なのかわからないのに、エウレディアンの心が騒ぐのだ。


"今すぐ彼女を迎えに行け!"と……




盛大に鳴り響いていた国立管弦楽団の演奏がピタリと止まると、国民達の興奮した声も止み、庭園が一瞬で静寂に包まれる。



♪~


♪~


♪~


「あ!にしのまじょさまだ!!」

「しっ!!」

舌っ足らずな幼子の声を母親が急いで塞ぐ。

国民達、さらにはエウレディアンやユーリ達王族も声のする方へ耳を澄ました。

初めは鼻唄のように風の音に書き消えてしまいそうな程微かな音だったそれは、徐々にハッキリと聴こえるようになり人々は魅入られたようにただ立ち尽くしていた。


その透き通るような歌声がエウレディアンの耳に届いたとき、エウレディアンに強い衝撃が走る。

ものすごいスピードで目蓋の裏に物語が再生されて行く。エウレディアンの知らない記憶がエウレディアンの中に帰って行く。

そう、帰ってきたのだ。エウレディアンの一等大切にしていた夢のような愛おしい泡沫の日々の記憶達が。







王宮庭園の正面に位置する西の森。

そこには遥か昔、建国当時から一人の魔女がひっそりと暮らしてる。

名前は誰も知らない。

魔女は遥か昔からその地で暮らし、災いから人々を護り続けている。


魔女の暮らす森は蜃気楼の様で、見えているのに決して近づくことは出来ない。

魔女は目立つことを嫌い、決して人々に姿を表すことはなかったが、いつも静かに国を護ってきた。


魔女はうたを歌って人々に祝福を授けた。

人々が哀しみに暮れる時、人々が歓喜する時、いつも魔女は西の森からこの地に住まう全ての者に祝福を与えた。






「綺麗な歌声ですね、陛下。」


「……陛下?」





言葉なく立ち尽くしているエウレディアンにユーリが不思議に思い声をかけるがエウレディアンにはその声は届いていない。

まるで夢を見ているような、そんな表情で呆然と西の森の遥か彼方を見つめながら、風に乗って聴こえてくる歌声にただ耳を澄ませていた。



ポツリ


ポツリ



「わぁ、魔女様のお恵みだ!!」

「魔女様万歳!!国王陛下万歳!!」



魔女の歌声を合図に雨がポツリポツリと振りだした。

恵みの雨は魔女の祝福を意味する。

国民達は歓喜に湧き、喜びの歓声が此処彼処から上がる。


エウレディアンの頬にもポツリポツリと水が滴り落ち、足元にシミを作っていく。

その雫が空から止めどなく降ってくる恵みの雨なのか、それともエウレディアンの瞳から溢れ落ちた涙なのか、答えを知るものはどこにもいない。



★★★



その国には魔女がいた。

美しい声を持つ魔女がいた。

目立つことを嫌い、森の中にひっそりと暮らす魔女がいた。


その魔女に名前はない。

誰が呼んだかいつしか彼女は"西の魔女"と呼ばれるようになったが魔女はそれを知ることはない。


魔女は遥か昔からその地に暮らし、災いを退け、祝福を与え、国を護ってきた。

それがいつからなのか、それが何故なのか、知るものは誰一人いない。


人々は魔女に感謝し、魔女を愛し、魔女を敬い、魔女を信仰し、そして魔女と共に生きてきた。


だが誰一人として魔女の姿を見た者はいない。

魔女はただひっそりとそこにいる。西の森の奥深くにたった一人でそこにいる。

奢ることも威張ることも願うことも求めることもせず、ただひっそりそこにいる。


魔女はいつも誰かのために祈っている。

だけどそれが誰かはわからない。


今日も魔女は西の森の奥深く、透き通るような歌声に祈りと、そして少しの呪いをのせてただひっそりそこにいる。

いつも、いつまでも、ずっとそこにいる。




★★★



「お前……魔女か!?本当にいたのか!?」

「ふふ、ご挨拶ね」


初めての出会いは十五歳の春、季節外れの雪が降った日だった。

思い付きで始めた小さな冒険は、寝物語に聞かされていたお伽噺が真実だったことを私に知らしめた。

大きな夜空色の瞳は、私がここに来ることをまるで最初から知っていたように全てを見透かして嗤っていた。





「そろそろ名前を教えろよ」

「"西の魔女"よ」

「え、西の魔女って呼ばれてること知ってたのか?!ってことはあのお伽噺間違ってるじゃないか!!」

「つい最近ね。ある男に教えてもらったのよ」

「男!?私以外にも魔女に会いに来る奴がいるのか?!それは一体どんな奴だ!!」

「ふふ。なあに?焼きもちやいているの?嫉妬深い男は嫌われるわよ」

「ち、違う!!断じて焼きもちなど焼いていない!!ただどんな物好きがこんな辺鄙な場所にわざわざ来てるのか気になっただけだ!!一応、一応お前も女だからな。その男が下心をもって良からぬことを考えているやもしれん!!だから仕方なく心配してやっているのだ!!」

「あら、それはお優しいことで。だけど心配はいらないわ。その男はこの国で今一番私が信頼している男だから」

「……私よりもか?」

「ふふ、そうね。お前よりずっと長い付き合いになるもの。当然よね?」

「なっ!?そういうのは時間は関係ないだろ!!もういい!!とにかくその男に今すぐ会わせろ!!」

「うふふ。会わせるのは無理だけど、お前もよく知っている人よ?」

「な?!だ、誰だ!!」

「うふふ~。さぁ?誰かしらねぇ?」


その日から私は暇さえあればそこへ向かった。今まではどんなに目指してもたどり着けなかった西の森になぜだかあの春の日から辿り着けるようになったからだ。

魔女は私が訪ねても驚くことはなかった。またきたのかと呆れることも、もう来るなと拒絶することもなかったが、また来てと求めることも、ずっとここに居てと願うこともなかった。

魔女はただそこに居て、何も尋ねず、何も求めず、何も答えなかった。

ただくだらない話をして、ただ意味のない時間をすごして、ただ怒って、ただ笑ってそして、ただ恋をした。




「魔女、好きだ。」

「知ってるわ」

「魔女、愛してる。」

「それも知ってる」

「……魔女、キスして?」

「ふふ。それは知らないわ」


自由な人だった。

飄々とした人だった。

狡い人だった。

意地悪な人だった。

だけど、その全てを私は愛していた。





「魔女、結婚することになった」

「あら、おめでとう」

「……それ、本気で言ってる?」

「うふふ、もちろん本気よ」

「私が、結婚しても、本当にいいのか?」

「ええ」

「他の女と、永遠の愛を誓っても、本当にいいのか?魔女は何とも思わないのか?」

「ええ、何とも思わない」


何度愛の言葉を囁いても、魔女は決して答えてくれなかった。答えないくせに拒絶することもなかった。

本当に残酷なヒトだった。

残酷で、どこまでも美しいヒトだった。





「もうここへ来てはダメよ。」


最後の日。

本当に本当に本当の最後の悪足掻きをしに来た日。

魔女は初めて私を拒絶した。


「嫌だ」

「ダメよ」

「嫌だ」

「ダメよ」

「嫌だといったら嫌だ!!」

「……困った子ね」


魔女は困ったように笑ってゆっくりと私の側に寄ると、温もりのない白磁の細くて長い指でそっと私の頬を撫で耳元で甘く囁いた。


「私と賭けをしましょう」

「賭け?」

「ええ。お前が賭けに勝ったらお前の願いを何でも一つ聞くわ」

「……負けたら?」

「ふふ。負けたらーーー





★★★


今すぐ彼女の元へ行かなくては

エウレディアンが足を一歩踏み出そうとした時、


「フギャアァァ」


空を切り裂くような赤子の鳴き声が響き渡った。

エウレディアンはその力強い泣き声に夢現から現実に引き戻され、そして愕然とした。


私は結局賭けに負けたということか。


力なく肩を落としたその姿は、自信に満ち溢れた若き国王の姿ではなく途方に暮れて今にも泣き出してしまいそうな幼い子どものようだった。


なんの前触れもなく突然戻ってきた愛おしい日々は残酷な刃となってエウレディアンに容赦なく降り注いだ。


「なんてヒトだ……」


あの頃のエウレディアンは若くて無謀で怖いもの知らずで、そして愚かだった。

だが今のエウレディアンの両手には抱えきれないほどの重圧と責任と守るべきものが重くのし掛かっていた。


愚かな男のままでありたかった。

愚かで間抜けで怖いもの知らずな、そんなただの男のままで在れたなら全てを投げ捨てて彼女の元へ駆け出せただろうか。


「無理だ……っ」

私には捨てられない。捨てられる訳がないんだ…っ


エウレディアンは妻の腕に抱かれ真っ赤な顔で泣き叫ぶ我が子を見つめただ静かに涙を流した。

雲一つない青空から降る雨のお陰でエウレディアンの涙に気付く者は誰もいなかったという。





★★★


「来てくれたのか……」

「えぇ、約束だもの」


シン…と静まり返った国王の寝室。

痩せ細った老人がその身には余りにも大きすぎるベッドの上に横たわっていた。


その傍らに一人の美しい女が音もなく突然姿を現した。


「貴方が来てくれたということは、もうすぐということかな?」

「まだもう少しあるわ、ちょっと早めにきたの。……積もる話もあると思ってね」

「はは、それはありがたい」


女は老人の側に寄り添う。


「それにして随分と久しぶりだね」

「そう?」

「だって七十年ぶりだろう?かなり久しぶりだ」

「あら、私にとってはつい最近のことよ」

「はは、貴方にとってはそうかもね」


老人は女の頬にかかった髪をゆっくりと耳にかけ、そっと頬に触れた。


「貴方は変わらないな」

「そうかしら?」

「うん、出会った頃のまま美しいよ。それに引き換え僕はこんなに年老いてしわくちゃになってしまって」

「あら、素敵よ。むしろ私はお尻の青い少年だった頃より今の方が断然好みだわ」

「ははは、まさか棺桶に片足突っ込んだときに君の好みが知れるなんてね。そりゃあ若くてピチピチだったあの頃相手にされるわけないか」

「あら、あの頃のお前も素敵だったわよ?」

「嘘ばかりいって、貴方は本当に調子のいい人だ。どんなに追いかけ回しても鼻にもかけてくださらなかったくせに」

「うふふ、本当なのに~」


老人は大袈裟にため息をついて、女を笑わせた。

最近はベッドから身体を起こすことも、会話することも殆ど出来なくなっていたが、今日は不思議と全く息苦しさや苦痛を感じていない。

老人はわかっていた。

それが女の力のお陰だと。

そしてもうすぐ終わりの時を迎えようとしていることを。


「どうやら倅が迷惑をかけたようだね」

「お前程ではなかったわよ」

「はは、言ってくれるね。僕は年の割には理性的だったろ?あいつは後先考えずに取り敢えず突っ走るタイプだから貴方にも相当迷惑をかけたんじゃないかい?」

「あら、貴方は理性的じゃなくて策士だったのよ。お陰で私は森からわざわざ出てくる羽目になったんだから。」

「あれ?怒ってる?」

「怒ってはいないけど。言っておきますけどね、私をあの森から出した男はここ六百年一人もいなかったんだから!」


女は人差し指をピンっと立て、男の鼻を一つ突ついた。


「それは光栄だな」

「全く、手のかかる男だこと。それに比べたらお前の倅なんて可愛いものだったわ。」

「それは妬けるな」

「うふふ、可愛い息子じゃない。愚かで可愛いくてつい意地悪したくなっちゃう」

「あ、やっぱり戴冠式の日に記憶を返したのはわざとだったのかい?」

「うーん。そうじゃないけど、でもあのタイミングが一番良いかなと思って」


魔法ってとっても複雑なのよ。人間にはわからないと思うけどね、と言って女は肩を竦めた。


「でもあいつ、凄い落ち込んでたけど?」

「ふふ、でも逃げ出さなかったでしょ?」

「ギリギリ、ね」

「ふふ、そう。ギリギリね」


でも逃げなかったんだから結果オーライでしょ?なんていうと、老人は眉間に手を当てやれやれと呟いた。


「魔女様が祝福を与えたということはあいつは王として認められたってことでいいの?」

「うーん。半分って所かしら?王妃様と合わせて一人前みたいな?」

「あぁ、王妃とね。なるほどそれなら納得だ」

「あの子度胸あるわね、あと根性も。煮え切らない婚約者を追いかけてわざわざ森に入ってくるんだもの。それも何度入れないように巻いても諦めないものだから私が根負けして招き入れちゃった」

「はは。ユーリはね、本当小さな頃から執念深いところあるから」

「ね。私に啖呵切って、かと思えば突然泣き出したりして、本当に忙しい子だわ」

「あっはっは!!しかも君にフラれて落ち込んでるあいつにしこたま酒の飲ませて襲いかかった挙げ句、身籠りましただもんなぁ。流石に驚いたよ」

「あら、お前の妻も中々だったわよ?」

「え、そうなの?それは初耳だ。彼女、貴方に何したの?」

「ビンタ」

「あ~。あいつ力で捩じ伏せようとするところあるから」

「しかも往復ビンタよ」

「あっはっは!!」

「もう、笑い事じゃないんだから」


老人は腹を抱え涙を流して笑った。こんなに笑ったのは一体いつぶりだろうか


「ま、でもお前には彼女みたいな女が合っていたでしょう?」

「はは、まぁね。それなりに幸せな家庭って奴を彼女のお陰で築けたと思うよ」

「あら、よかったじゃない」


でも、それでも僕は貴方と共に在りたかったよ。

そう言ったら貴方はどんな顔をするだろうかと考え、老人は微笑んだ


「ねぇ、愛してるよ」

「あら、しぶといわね」

「貴方には負けるよ。まだ性懲りもなく大昔の男を思い続けているのでしょう?」

「魔女は執念深いのよ」

「で、貴方を裏切った男との約束を健気に護り続けているって訳?」

「魔女は義理堅いのよ」

「貴方は僕を愛したことは一度もない?」

「あら、愛しているわよ。だって愛した男と同じ血が流れているんですもの」

「そうじゃなくてさ。男として、だよ」

「それはないわね」

「はは、即答だね」


だって考えるまでもないもの。そう言った女はやっぱり残酷で、何処までも美しかった。


「魔女、愛してたよ」

「知ってるわ」

「魔女、愛してる」

「それも知ってる」

「魔女、キスして」

「ふふ」


女は一瞬キョトンとして、笑い出す。

そんな姿に老人も嬉しくなってやっぱり一緒に笑った。


「お前達はやっぱり親子ね。同じこと言ってる」

「げっ、やめてよ。今は息子のことなんて思い出したくない」

「どうして?なんだったらお前のお祖父さんもそのまたお祖父さんも同じこと言ってた気がするわ」

「うーわ、うちの一族異性の好み似すぎたろ。どんだけだよ」

「それはやっぱりあいつの子孫なんだから当然でしょう。血は争えないってやつかしら?」

「はは、自信満々だね。ご先祖様は貴方のことそんなに愛してたの?」

「ええ、当然よ」

「じゃあなんで二人は結ばれなかったわけ?」


女はしばしの沈黙のあと、遠くを見つめポツリと呟いた。


「愛し合ってるからって、一緒にいて幸せになれる訳じゃないのよ。愛してるから一緒にいてはいけないこともあるの」

「なにそれ」

「うーん。つまり、私にとってあいつは毒であいつにとって私は毒なの」

「ふーん。じゃあもう諦めて違う男と幸せを探したっていいんじゃない?例えば~僕とか?」

「ふふ、それはとても魅力的なお誘いね。でもごめんなさい?もう先約がいるのよ」

「まさか毒男?」

「あはっ!!毒男って」

「え、毒と毒で一緒にいても幸せになれないって結論が出たんじゃないの?」


女は照れたように微笑み、内緒話でもするように老人の耳元でそっと囁いた。


「次はね、一緒に何処までも不幸になろうって約束しているのよ」

「はぁ、僕には理解できないよ」

「理解しなくて結構よ」


結局、老人の初恋が報われることはなかった。

でも、それでいいのだ。初恋とはそう言うものだから。


「……そろそろアメリアを呼んできましょうか?」

「いいんだ。貴方が側にいて」

「お前って奴は本当に酷い男ね」

「はは、なんとでも言ってよ。アメリアとはそう言う約束だからさ、アメリアも納得済みたよ。……最後くらい僕の我が儘を聞いてよ」


女は困ったように眉を下げ、仕方がない奴だとため息をついた。

懐かしい日々が甦る。老人がまだ青年と呼ばれていた頃、夢中で追いかけて、人生の全てを捧げても良いと思うほど愛した女性は、いつもそんな顔をしていた。

それは老人にとっては遥か昔の出来事で、女にとってはつい先日の出来事だ。


「魔女……」

「なぁに?」

「なんだか少し眠たくなってきたよ」

「そう」

「ねぇ、」

「なぁに?」

「眠るまで、側にいてくれる?」

「全く、お前は本当に仕方のない子だ」

「ついでに歌もうたってよ」

「我が儘な奴だな」


それは魔女が一番知ってるだろう?そう言って老人……いや、目映い金髪の美しい少年が微笑んだ。

魔女は少年の側に腰掛け、歌をうたった。

少年が瞳を閉じて、深く深い眠りにつくその時まで、魔女はずっと少年の傍らで歌をうたった。









その国には魔女がいた。

美しい声を持つ魔女がいた。

目立つことを嫌い、森の中にひっそりと暮らす魔女がいた。


その魔女に名前はない。

誰が呼んだかいつしか彼女は"西の魔女"と呼ばれるようになったが魔女はそれを知ることはない。


魔女は遥か昔からその地に暮らし、災いを退け、祝福を与え、国を護ってきた。

それがいつからなのか、それが何故なのか、知るものは誰一人いない。


人々は魔女に感謝し、魔女を愛し、魔女を敬い、魔女を信仰し、そして魔女と共に生きてきた。


だが誰一人として魔女の姿を見た者はいない。

魔女はただひっそりとそこにいる。西の森の奥深くにたった一人でそこにいる。

奢ることも威張ることも願うことも求めることもせず、ただひっそりそこにいる。


魔女はいつも誰かのために祈っている。

だけどそれが誰かはわからない。


今日も魔女は西の森の奥深く、透き通るような歌声に祈りと、そして少しの呪いをのせてただひっそりそこにいる。

いつも、いつまでも、ずっとそこにいる。






夢幻の森の奥深く、今日もまた小さな冒険者がその森に導かれた。

「お前、魔女か!?」

「あら、ずいぶんなご挨拶ね」



魔女はいつもそこにいた。そして今日もそこにいた。

だけどいつもと違うこと。



それは……




「待ちくたびれたわ」





魔女がそう小さく呟くと、空から大粒の雨が振りだした。

その日はやっぱり雲一つない青空だった。





「おかえりなさい」










Fin

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛さなかった~から来ました。 切ない素敵なお話をありがとう。 願わくば西の魔女が、ずっと待ち続けたその人と幸せになりますように。
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