9ボーグ 凄い才能ね、羨ましいわ
ドーンという無情な花火の音が、俺の機械の鼓膜を揺らした。
クソッ! これでもう5発目だ――!
つまりあと残る決勝トーナメント進出枠は3つだけ――。
これは本格的にヤバくなってきたな。
あれからとにかく山の奥へ奥へと進み、途中襲い来る魔獣を返り討ちにしつつも、血眼になってムァツ茸を探したのだが、今のところなんの成果も得られていない。
ザザキはもう予選を突破しただろうか……。
……あいつのことだ、きっととっくに突破していることだろう。
そうでなくちゃ、俺も困るしな。
……あとはチハ、か。
あいつはどうだろう。
結構方向音痴なところあるから、山の中で迷ってなきゃいいけど……。
「きゃあっ!!」
「――!!」
噂をすれば影。
チハの悲鳴が聴こえた――。
チハ――!!
『サノウさん、あっちみたいですよ!』
『オ、オウ!』
無事でいてくれよ、チハ……!
「ウホウホウホ~!」
「くっ、このぉ!」
っ!!
深い樹々を掻き分け少し開けた場所に出ると、そこでチハが大型のゴリラみたいな魔獣に襲われていた。
大分デカいなこの魔獣!?
優に俺の身長の倍以上はある……。
『データベースにヒット! こいつの名前は『エリアルコング』。ビダ山脈に生息する魔獣の中で、トップクラスにヤバいやつです』
『なっ!?』
マジかよ!
チハは昔からクジ運も悪かったけど、ここでもそんな薄いところ引いちゃうの!?
チハは魔槍マンジュシャゲで応戦しているものの、エリアルコングはその巨体からは想像もつかないほど身のこなしが軽く、マンジュシャゲは掠りもしていない。
完全に玩ばれてる――!
「ハァ……ハァ……」
「ウホウホウホ~!」
「「っ!!」」
流石に息が切れたのか、チハに隙が出来た刹那、エリアルコングの丸太のような腕から繰り出される右ストレートがチハを襲う――!
……くっ!
「――チハッ!!」
「きゃっ!?」
間一髪のところで、俺はチハを押し倒してギリギリ攻撃を躱した。
「大丈夫か、チハ!」
「な、何であなた、私の名前を……」
「あ」
ヤッベ。
ついウッカリ。
「それに早くどいてよ! 気安く私に触らないでッ!」
「ああ、ゴゴゴゴメン!」
俺は慌てて起き上がった。
そうだよな、いきなり見ず知らずの男に押し倒されたら、そりゃ怒るよな……。
でも、昔からチハは俺にはベタベタ触ってくるくせに、何故か他の男から触られるのは異様に嫌がるんだよな。
何でなんだろう?
『オイラノベ主人公! 今はそんなラノベ主人公ムーブカマしてる場合じゃないでしょうが!』
『そ! そうだったな』
今は戦闘中だった。
ラノベ主人公ムーブというのがどんなものなのかは、判然としないが。
「ウホウホウホ~!」
「っ!?」
突如エリアルコングは、林の中に消えていった。
あ、あれ? 逃げた?
『油断しないでくださいサノウさん! 来ますよッ!』
「え?」
「ウホウホウホ~!!」
「――っ!!?」
次の瞬間、林の中からエリアルコングが物凄いスピードで飛び出してきて、俺に突進してきた。
危ねっ!!?
俺は紙一重のところで何とか突進を躱す。
そのままエリアルコングは、また吸い込まれるように林に入っていった。
な、何だ今の尋常じゃないスピードは……。
『あれこそがエリアルコング最大の特徴です。エリアルコングは体内で圧縮した空気を、足の裏にある空気穴から撃ち出すことによって、ああして巨体をものともしないスピードで移動することを可能にしているのです』
『マジかよ!?』
「ちょっとあなた! 後ろッ!」
「は? 後ろ?」
急にチハが凄い剣幕でそう言ってきたので振り返ると――。
「ウホウホウホ~!!」
「うおっ!?」
いつの間に回り込んだのか、俺の真後ろからエリアルコングがブッ飛んできた。
「くっ!」
流石に躱しきれず、軽く右肩を掠めてしまった。
痛みはないが、右肩が若干痺れている気がする。
こりゃサイボーグの身体じゃなかったら、今ので右肩が吹き飛んでたかもな……。
『マズいですねぇ。どうやら林は、やつのテリトリーみたいです』
『……そのようだな』
自らは林に身を潜め、死角からの高速タックルで獲物を仕留める。
これがエリアルコングの必勝パターンなのだろう。
「あなた! あなたじゃこいつには敵わないわ! 私が引き付けておくから、その隙に逃げなさい!」
「――!」
……チハ。
本当にお前は。
昔から正義感が人一倍強かったよな。
魔力が低くて周りからバカにされてた俺を、いつも庇ってくれてたし。
――でももう大丈夫だ。
これからは俺が、チハを守る番だからな。
『でぇじょうぶですよサノウさん! サノウさんにはアレがあるじゃないですか!』
『ああ、そうだよな、ルイカ』
大分俺たちもツーカーになってきたな(あまり嬉しくはないが……)。
「いや、ここは俺に任せてくれ。――今からやつを炙り出すから、危ないから俺の後ろに下がっててくれ」
「あ、炙り出すって、どうやって!?」
――こうやってだよ。
俺は林に向かって、砲身に変化させた左腕を突き出した。
「余弦の無限に憧れて
正弦の甘言に惑わされ
余割の飢渇に臍を噛み
正割の等活に反吐を吐き
余接の羅刹に身を喰われ
正接の曲折を経て浄化せん
――煉狱魔砲【正接炎】」
「――っ!!?」
俺の左腕から噴射された業火が、前方に見える樹々をことごとく焼き払った。
「ウホウホウホ~!?!?」
何とか炎の直撃は避けたらしいエリアルコングが、堪らず飛び出してきた。
まだまだぁッ!!
俺は炎を出したまま、ぐるりと身体を一回転させる。
「きゃあっ!?!?」
「ウホウホウホ~!?!?!?」
結果、あれだけ鬱蒼としていた林が、文字通り焼け野原になり、非常に見晴らしがよくなった。
よし、これならもう、隠れるところはないぞ。
「チハ、アレを頼む!」
「――! わ、わかったわ!」
俺とチハは、元々ツーカーだからな。
――チハはマンジュシャゲを天高く掲げ、魔力を込める。
「あなたに捧げましょう
愛ゆえの束縛を
愛ゆえの不自由を
愛ゆえの諦観を
愛ゆえの虚無を
愛するがゆえの絶望を
――花操魔苞【茨姫の抱擁】」
「ウホウホウホ~!?!?!?」
チハがマンジュシャゲを地面に突き刺すと、エリアルコングの足元から無数の茨が生えてきて、エリアルコングを拘束した。
どうだ! これがチハの十八番、【茨姫の抱擁】!
これならご自慢の高速移動もできないだろ?
――さてと、俺のことはまだしも、チハを傷付けようとした罰は、その身で受けてもらうぞ。
「ハアアアアアッ!!」
「ウッ……! ……ホ」
俺は右腕を素数剣に変化させ、一思いにエリアルコングの首を刎ねた。
……ふぅ、何とか今回も勝った、か。
『FOOOOOO!!!! コングラチュレイショオオオオンズ!!! 勝利のポーズ……決めっ!』
『お前それ毎回言うのな』
「あ、ありがとう、お陰で助かったわ」
「ああ、いや、こちらこそだよ」
「……でも、あなたいったい何者なの? 私の名前だけじゃなく、【茨姫の抱擁】のことまで知ってる感じだったわよね?」
「っ!」
「しかもその腕……。腕自体を武器に変化させる魔法なんて、聞いたこともないわ」
「あ、あー、こ、これは……」
俺は両腕を慌てて元に戻し、そそくさと予備の手袋をはめた。
「最近俺が開発したオリジナル魔法でさ。まだ世間には公表してないんだ」
「そう……、凄い才能ね、羨ましいわ」
「――!」
……チハ。
ゴメン、ホントはミネさんから貰った力なんだ。
才能があるのは俺じゃなくて、ミネさんなんだよ……。
――その時だった。
ドーンという花火の音が、辺りに響き渡った。
「「――!!」」
こ、これで残る枠は、2つだけ……!?