6ボーグ その事実は覆らないんだよ?
「フッ、着いたな」
「……マジっすか」
本当にあっという間にビダ山脈に着いてしまった。
おそらく1時間もかかっていないのではないだろうか。
このバイクが世の中に普及したら、産業に革命が起きそうだな……。
「では私に手伝えるのはここまでだ。健闘を祈る。予選が終わったら思念を飛ばすから、またどこかで落ち合おう」
「は、はい、本当にいろいろありがとうございました!」
「フッ、頑張りたまえ。なーに、今の君なら、予選は目をつぶっていても突破できるさ」
「それはどうでしょう……」
ミネさんは左手を俺の肩に置き、右手ではサムズアップを向けてきた。
ミネさんからの信頼が若干重い。
まあ、この身体はミネさん謹製の反則級兵器だ。
確かに普通にいけば、予選くらいは楽勝なはずだけど。
「ただしくれぐれもヘルメットは外さないようにな。世間は君のことを死んだと思っている。そんな君がひょっこり現れたら、サイボーグ云々以前に余計な混乱を招く。予選の受付でも偽名を使うように」
「わ、わかりました」
本音を言えば、一刻も早くチハに俺が生きていることを伝えたいところだが、あと少し、俺がこの大会で優勝するまでの我慢だ。
「ルイカもサノウ君を頼むぞ」
『了解でありますマスター! まったくサノウさんたら、ワタシがいないと何もできないんですから』
「そんなことはない」
何だよそのダメ男に共依存してる女ムーブは。
――俺は溜め息を零しながらミネさんと別れ、一人予選の受付へと向かった。
「……ふう」
受付は特に滞りなく済んだ(因みにウノウ・デツヤという偽名で申請した)。
ざっと辺りを見回してみるが、今年もかなりの数の参加者だ。
100人近くはいそうだな。
「ザザキさん、今年も絶対優勝してくださいね!」
「ザザキさん、私、応援してますから!」
「ハハ、ありがとう、みんな」
――!!
この声は――!!
振り返ると、そこには若い女性たちに囲まれたザザキが、黄色い声援を一身に受けていた。
――ザザキッ!!!
もう俺の身体に皮膚はないはずなのに、全身が粟立つような感覚がする。
頭が沸騰して、怒りのあまり視界が歪む。
――お前、昨日俺のことをあんなに無残に殺しておいて、そんな平然としているのか……!
どうやらこいつは、人の皮を被った悪魔らしい。
ならいっそ、この場で――。
『サノウさーん、落ち着いてくださーい。そんなことしたら、ザザキと同じ外道になっちゃいますよー。はい、ヒッ・ヒッ・フー。ヒッ・ヒッ・フー』
「――!!」
ルイカ……。
……そっか、そうだよな。
ザザキと決着をつける場所は、ここじゃない。
『……ありがとうルイカ。助かったよ』
『いえいえー、お礼は可愛らしい下着をプレゼントしてくれれば、それでオッケーですよ』
『何でだよ』
お前下着必要ないだろ。
仮に必要だったとしても、俺に女物の下着を買いにいけというのか?
そんな勇気は俺にはない。
「あっ、チハさん、本当に君も参加するのかい?」
――!!?
ザザキが横を通りすぎた女性に、心配そうに声を掛けた。
見れば、それは紛れもなくチハだった――。
――チハッ!!
だが、チハは酷く憔悴しており、目も真っ赤だ。
……まるで一晩中泣き続けていたかのように。
そしてその胸には、血に染まったネックレスがかけられている。
「ええ、何度も言わせないで。私は必ずこの大会で優勝するわ。――たとえ相手があなたでもね、ザザキ」
「……サノウはもう死んだんだ。その事実は覆らないんだよ?」
「うるさいッ!」
「「「――!!」」」
……チハ。
チハは目元に涙を浮かべながら、ザザキに一瞥もせず一人でどこかへ行ってしまった。
「な、何よあの女! せっかくザザキさんが心配して声を掛けてくださったのに!」
「あんな失礼な女のことなんて、気にすることないですよ、ザザキさん!」
「ハ、ハハ」
取り巻きの女性たちに愛想笑いを浮かべているザザキだが、握った拳が微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。
チハが俺の死に相当ショックを受けているのは見て取れたが、何故あんなにも優勝に執着しているのかは謎だな……。
そんなに欲しいものでもあるのかな?
「邪魔だ、どけ」
「痛ッ!?」
その時だった。
不意に後ろから、誰かに肩を押された。
実は全然痛くはなかったけど、こういう時反射的に「痛い」と言ってしまうのは何故だろう?
てか、誰だよ押したのは!
「……あ」
「アァン? 何だ貴様、俺に何か文句でもあるのか?」
「あ、いや……、何でも、ないです……」
「フン」
その男は俺を一睨みすると、肩で風を切りながら歩いていった。
……あの人も参加しているとは。
『今の強面のオッサンはお知り合いですか?』
『ああ、……俺の直属の上司だよ』
『あらら、それはそれは』
『……バヤシ隊長っていうんだけどさ。俺、魔力が低いのもあって目の敵にされてて。毎日いびられてるから、正直苦手なんだ、あの人』
『なるほど、典型的なパワハラ上司ですね』
『パワハ、ラ?』
またルイカが聞き慣れない単語を口に出してるな。
ミネさんもだけど、その語彙はどこから仕入れてるんだろう?
「ヒャッハー! ようようそこのヒャハいねーちゃんよお。俺たちとヒャッハーなことしよーぜえ」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハッハー!」
「んふふ、あなた達でわたしの相手が務まるかしら?」
――!?
今度は何だ!?
声のした方に目線を向けると、やたら露出度の高い豹柄の服を着た妖艶な女性が、3人の男に取り囲まれているところだった。
しかもその男たちは、みんなモヒカン刈りで、トゲトゲ付きの肩パットを装着している。
随分前衛的なファッションだな!?!?
巷ではこういうのが流行ってるの!?!?
「ヒャッハー! 務まるに決まってるだろう? ねーちゃんをめくるめくヒャッハーな世界に連れてってやるぜぇ!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハッハー!」
「あらあら、どうしたものかしら」
ヒャハヒャハうるせーな!?
……ああもう、あまり目立つことはしたくないんだけどな。
「あ、あのう」
「ヒャハ? 何だテメェは!? 変な覆面しやがって。今ヒャッハーの最中なんだよ! 邪魔するんじゃねぇ!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハッハー!」
ヒャッハーの最中って何だよ。
「そ、そちらの女性困ってるじゃないですか。あなたたちも大会参加者なんですよね? ここで余計な揉め事を起こしたら、失格になっちゃうかもしれませんよ」
「……チッ、ガキがヒャハいこと言いやがって。――行くぞ、お前ら」
「……ヒャハ」
「……ヒャハッハ」
ふぅ、意外とあっさり引き下がってくれたな。
『やるじゃないですかサノウさあん! 流石ラノベ主人公!』
『だからそのラノベ主人公って何なの!?』
「んふふ、ありがとね坊や、お陰で助かったわ」
「あ、いえ、別に大したことは……」
「あのままだったら私、あの子たちを惨殺して失格になっちゃってたかもしれないわ」
「……え」
今、何と?
「じゃあね坊や、お互い予選頑張りましょ」
「は、はい」
妖艶なおねえさんは、俺にウィンクを一つ投げ掛けると、優雅に去っていった。
『綺麗な薔薇には棘がある、ってね!』
『……どうやらそのようだな』
本当に予選を突破できるのか、俄然不安になってきた。