5ボーグ いざビダ山脈!
「余弦の無限に憧れて
正弦の甘言に惑わされ
余割の飢渇に臍を噛み
正割の等活に反吐を吐き
余接の羅刹に身を喰われ
正接の曲折を経て浄化せん
――煉狱魔砲【正接炎】」
俺の左腕の砲身から、樹海のヌシの吐いた紅蓮の炎と同質――下手したらそれ以上の業火が噴出された。
炎は前方の樹々を瞬く間に焼き尽くし、後には灰すら残っていない。
マ、マジかよ……。
山火事になったらどうしようとか心配してたけど、杞憂だったな。
「フッ、だから言ったろう? 【正接炎】は超火力の炎で、対象を瞬時に焼滅させるのだ。炎が燃え広がる暇すら与えんよ」
『よもやよもやですねえ』
俺の世界がガラリと変わった、運命の日から一夜明けた今日。
俺が寝てる間に、ミネさんはヌシの素材を使って、俺に新しい武器を備え付けてくれたらしい。
倒した魔獣の素材で自身を強化していくなんて、チハの好きな冒険小説みたいな展開だが、ミネさんの手に掛かれば、そんなフィクション性も極めてリアルな事象として感じられるのだから大したものだ。
――あ、そういえば。
「ミネさん、昨日から気になってたことがあるんですけど」
「フッ、何かな? 私に答えられる範囲のことであれば、何でもお答えしよう」
因みに今日もミネさんは、昨日と同じくバニーガール姿だ。
余程この格好が気に入っているらしい。
「何でミネさんは赤の他人である俺に、ここまでしてくれるんですか? 俺は凄く助かってますけど、ミネさんにはメリットなくないですか?」
「フッ、呆れるくらい謙虚だな、君は」
「?」
謙虚?
俺が?
「メリットなどお釣りがくるほどあるさ。なにせ私は、君を人体実験の道具にしているのだからね」
「――!」
人体、実験……。
「私は俗に言うマッドサイエンティストというやつでね。自分の知的好奇心を満たすことを、この世の何よりも優先しているエゴイストなのさ。――長年研究してきた、人体サイボーグ化の総仕上げとして素体を探していたところに、偶然君が死にかけていたから声を掛けたにすぎんよ。君がサイボーグとして生のデータを提供してくれることこそが、私にとって何よりの見返りになる。だから君は何も気に病む必要はない。私と君は、あくまで持ちつ持たれつの関係なのだからね」
「はぁ」
今のが本心からの言葉なのか、それとも俺に気を遣わせないために、敢えて露悪的な言い方をしているのかは何とも言えないが、こんな俺でも少しはミネさんの役に立っていると思えば、気が楽になったのは確かだ。
どうにも大した苦労もしてないのに(一度殺されかけたとはいえ……)、俺だけこんな反則級の力を貰ってしまったことに、一抹の後ろめたさを感じずにはいられなかったからな。
『ワタシは無償でサノウさんのことをサポートしてあげてるんですから、もっと感謝してくれてもいいんですよー。一日一万回、感謝の正拳突きを捧げてくれてもいいんですよー』
「日が暮れちゃうよ!?」
あとぶっちゃけ俺は、ルイカには然程感謝してない。
昨日だって夜寝る時、『せっかくだから好きな子の話とかする?』って言って邪魔してきたし。
しねーよッ!!
何がせっかくなんだよ!!
「フッ、何にせよこれで、準備は整ったな」
「――!」
ミネさん……!?
「そ、それは、俺を人間として世間に認めさせる準備ができたってことですか?」
「ああ、そういうことさ」
おお!
やったッ!
これでやっと、チハのところに帰れる!
「あ、でも、具体的にどうやって認めさせるかは、まだ聞いてなかったんですけど……」
「フッ、それはね――これさ!」
「っ!?」
ミネさんはその豊満な胸の谷間から、一枚のチラシのようなものを取り出した。
どどどどどこに仕舞ってるんですか!?!?
『ブフゥ! ダメですよマスター。そういうのは、童貞男子には刺激が強すぎますって』
「オ、オイ、ルイカ!」
どどどど童貞ちゃうわ!(……童貞だけど)
「フッ、それはすまなかった。まあこれを読んでくれ。君もよく知っているものさ」
「え? ――こ、これは!?」
それは場売闘奴の参加者募集チラシだった。
――場売闘奴は、俺たちの住むトォツェギ領で年一回開催されている、王立魔法剣士団主催の武闘大会の名前だ。
因みに去年の優勝者はザザキ(俺も一応参加はしたものの、あえなく予選落ちだった……)。
「……これが、何か?」
「フッ、本当はもう察しがついているんじゃないかい? この場売闘奴に、君が参加して優勝を掻っ攫うのさ!」
「――!?」
俺が、場売闘奴で優勝――!?
……確かに、今の俺ならそれも不可能じゃない、か?
「でも、それと俺を人間と認めさせるのとは、何の関係が……」
「フッ、優勝賞品の欄をよく読んでみるといい」
「え? 優勝賞品の、欄?」
『サノウさんて、誰かの言ったこと復唱する癖ありますよね』
「う、うるさいな!?」
いちいち茶々入れんなよ!
話が進まないだろ!
……言われてみれば、自分とは関係なさすぎて、場売闘奴の優勝賞品のことなんかあまり気にしたことなかったな(どの道今年は参加しないつもりだったし……)。
えーと、どれどれ?
今年の優勝賞品は、と。
「――! こ、これは――!」
『「こ、これは――!」っていうリアクションも多いですよね』
「頼むから黙っててくれないか!?」
そろそろ『お前を消す方法』をミネさんに訊くぞ!!
「フッ、そう、優勝賞品は、『領主に可能な範囲で何でも一つ願いを叶えてもらえる』こと」
「……つまり、これで領主様に、サイボーグの人権を認めてもらうってことですか」
「イグザクトリー、そのとおりさ。王立魔法剣士団のトォツェギ支部長でもある領主が認めれば、それは国としての決定と同義。君の人権は確固たるものとなるだろう」
「なるほど」
確かにこの上なく理に適ってはいるな。
……本当に俺が優勝できればの話だが。
「しかもザザキへの復讐も兼ねられる。一石二鳥だとは思わないかね?」
「――!!」
そうか……。
今年もザザキは参加するはず。
であれば、その場で、ザザキを――。
「――っ!」
途端、昨日ザザキに呪詛を浴びせられながら、何度も腹を刺された記憶がフラッシュバックし、俺の数少ない生体部分である心臓が、ドクドクと早鐘を打った。
――くっ! ザザキ――!!
「……参加します、俺。それで必ずザザキを倒したうえで、人権ももぎ取ってみせますよ!」
「フッ、その心意気や良し! では今すぐ出発だ!」
「え?」
今、すぐ……?
「大会日程の欄を読んでみたまえ。――予選は今日の正午からだ。予選会場はビダ山脈の麓」
「――!!?」
な、なんだってー!?!?
「い、今何時ですか!?」
「フッ、10時をすぎたところだね」
「あと2時間!?」
ここからビダ山脈までは、馬で飛ばしても5、6時間はかかる――!
絶対間に合わない――!
「何でそんな悠長にしてるんですか!?」
「フッ、それはね、今からでも余裕で間に合うからさ」
「え?」
と、言うと?
「さあ、これの後ろに君も乗りたまえ」
「――!」
俺をその場に残して家の裏手に回ったミネさんは、謎の二輪の物体に跨がって帰ってきた。
……何、これ?
「フッ、これは私が趣味で作った『バイク』という乗り物でね。馬とは比べものにならないくらいの速度が出る優れモノさ」
「マジっすか!?」
これも科学の力!?
科学万能すぎない!?
そしてそんなとんでもないモノを趣味で作っちゃうミネさんは、最早神に等しい存在なのでは!?
どちらかと言うと邪神の類かもしれないが……。
「ああそうそう、ヘルメットの着用も忘れずにな」
「ヘルメット?」
そう言うなりミネさんは、俺にフルフェイスの兜のようなものを手渡してから、自身も同じものをすっぽりと被った(因みにどういう構造なのかは謎だが、そこからバニーガールの耳だけはぴょこんと出ている)。
ヘルメットっていうのかこれ。
兜に比べると大分軽い。
これもミネさんの手作りなのかな?
ただ、ミネさんのヘルメットは丸みがあってスタイリッシュなデザインなのに対して、俺のはギザギザの派手な装飾が付いていて、随分仰々しい。
「フッ、やはり変身ヒーローのヘルメットは、派手でないとね!」
「はぁ」
その理屈はよくわからないが、まあ、気にするだけ時間の無駄、か。
「あとこの服も着てくれ」
続いて簡素な服を渡される。
手袋と靴もセットだ。
「その服とヘルメットで全身を覆えば、傍目からは君は普通の人間に見える。中身がサイボーグだとは誰も思わんよ」
「ああ、なるほど」
俺がサイボーグだとカモフラージュする目的もあるのか。
確かに機械の身体を剝き出しのまま、人前に出るのはマズいもんな。
俺はその場でそそくさと服を着て、ヘルメットを被った。
そしてバイクのミネさんの後ろに跨がる。
「フッ、しっかり私に掴まっておくんだぞ」
「は、はい」
とはいえ、どこに!?
……やはりここは、無難に肩かな。
「し、失礼します」
俺が恐る恐るミネさんの肩に手を置くと、
「ああ違う違う。それじゃ危ないからここに手を回すんだ」
「っ!?」
俺の手を掴んで、自身のお腹を抱え込むような体勢にさせたのだった。
ふおおおおおおお!?!?
ミ、ミネさんのお腹柔らけえええええ!!!
お、女の人とこんなに密着したのは、生まれて初めてかも……。
『ブフゥ! さてはマスター、童貞男子をからかって遊んでますね』
「フッ、何のことかな?」
どどどど童貞ちゃうわ!(…………童貞だけど)
「では行くぞ! いざビダ山脈!」
『FOOOOOO!!!! ヒィィウィィゴーッ』
「うおっ!?」
ミネさんがバイクの取っ手を捻ると、バイクは瞬時にあり得ない速度で走り出した。
は、速ええええええええ!?!?!?