20ボーグ オイオイ、何だその身体は
「チハッ!!」
ザザキの【雄牛から生まれる蜜蜂】から解放されたチハに、俺は慌てて駆け寄る。
惨たらしいことに、チハの全身は酷く焼け爛れていた……。
くっ……、ザザキ……!
よくも女の子の肌に、こんなことを……!
「チハさんのことは私たちにお任せください!」
「フッ、その通り、君は決勝戦に専念したまえ、サノウ君」
「っ!」
ワタさんとミネさんが、担架を持って駆けつけてくれた。
いつの間にかこの二人も、すっかり名コンビって感じだ。
「……はい、チハのことを、よろしく頼みます」
「最善は尽くします」
「フッ、傷一つ残らないよう治してみせるさ」
「……あと、あれだけ止められてたのに、俺の正体をバラしてしまってすいませんでした、ミネさん」
「フッ、なあに、問題はないよ。あとは決勝戦を残すだけだしね。――それに、あそこで駆けつけなかったら、ヒーローじゃない」
「――!」
……ミネさん。
「頑張りたまえ」
「……はい!」
「フッ」
ミネさんはいつもの不敵な笑みを浮かべると、ワタさんと一緒にチハをそっと担架に乗せ、医務室へと運んで行った。
チハ……。
お前の受けた傷は、100万倍にしてザザキに返すからな――!
「そろそろ茶番はいいかな? 早くボクも終わらせたいんだよね、この消化試合を」
「ああ、それは俺も同意見だよ」
珍しく気が合うじゃないか。
俺はザザキと相対した――。
……不思議な感覚だ。
腹の中じゃザザキに対する怒りがマグマみたいに煮えくり返ってるのに、一方でそんな自分を冷静に俯瞰している俺もいる。
これがサイボーグになったことによるものなのか、それとも感情が極限まで昂った際に至る、人間本来の機能なのかは判然としないが、まあ、今はそれはいいだろう。
「さあさあさあさあ!! 泣いても笑ってもこれが最後です!! これで本年度最強は誰かがハッキリします!! ――お二人共、お覚悟はよろしいですね?」
「……はい」
「ああ、とっくにね」
今は目の前のザザキを全力でブッ飛ばす――。
それだけを考えていればいい。
「場売闘奴決勝戦――始めッ!!!」
「ハアアアアアッ!!!」
俺は右腕を素数剣に変化させ、ザザキに斬り掛かった。
いきなり決めてやる――!
――が、
「ハハ、愚かな」
「っ!?」
ザザキに魔剣で、それを難なく受け止められてしまう。
――なっ!?
樹海のヌシをも両断した、素数剣が!?
……くっ!
「オラオラオラオラァッ!!!」
それでも俺は、何度も何度も素数剣を振るう。
が、やはりその全てを、ことごとく受けきられてしまった。
『そ、そんな……。ザザキの魔剣は、素数剣と同等の性能だってのか……?』
『いえいえ、性能は圧倒的に素数剣のほうが上ですよ。こう言っちゃなんですけど、これは単に『腕』の差ですね』
『――!』
クソッ……!
そうだよな……。
いくら武器のスペックが反則級に高くなっても、俺自身の技量が上がったわけじゃない。
やはり俺じゃ、サイボーグになってすら、ザザキには敵わないのか……?
――いや、それなら文字通り手を変えるだけだ。
俺はザザキから距離を取り、左腕を砲身に変えた。
「余弦の無限に憧れて
正弦の甘言に惑わされ
余割の飢渇に臍を噛み
正割の等活に反吐を吐き
余接の羅刹に身を喰われ
正接の曲折を経て浄化せん
――煉狱魔砲【正接炎】」
「ああ、それは一度見たからな」
「――!!?」
俺が【正接炎】を放った刹那、ザザキは俺の背後に回り込んでいた。
そして背中から俺を斬り付ける。
「ぐあっ!?」
俺は背中に鈍い痛みを感じ、思わず後退った。
――い、痛い!?
それは俺がサイボーグになってから初めて、痛覚を認識した瞬間だった。
バ、バカな……!
今までどんな攻撃でも、傷一つ負わなかった、俺の身体が……。
『安心してください、はいてますよ――じゃなかった、かすり傷ですよ。戦闘継続には、何ら支障はありません』
『あ、ああ』
それでも完全無敵だと思っていたサイボーグの身体が、決してそうではないのだと実感してしまった以上、俺の数少ない生体部分である心臓の鼓動が、嫌に速くなった。
「へえ? 今ので血すら出ないとは、その服の中に、余程硬い鎧でも着てるのか? まあ、それなら斬れるまで、何度でも斬り刻めばいいだけだがなぁ!!」
「――!!」
くっ!
一旦退避だ!
俺は正弦脚で、上空へと逃げた。
よし、ここならザザキの攻撃も届かない。
『あーあサノウさん、それは悪手ですよ』
『え? 何で?』
「ハハ、愚かな」
「っ!?」
ザザキは右手の魔剣を逆手に持ち、左手を刀身に添えた。
――あっ!!
「九頭の雄牛を生贄に捧げよ
九日の後に更に十八頭捧げよ
然すれば雄牛から無限に蜜蜂が湧くだろう
――蟲生魔蜂【雄牛から生まれる蜜蜂】」
「ぐあっ!?」
ザザキの刀身から放たれた無数のミツバチたちが、俺の身体に纏わり付いてくる。
しまった!
これの存在を忘れてた――!!
「ぐううぅ……!」
全身が焼けるように熱い――!
チハはこんな苦痛を、あんなに耐えてたのか……!
「さてと、これでトドメだ」
「っ!?」
ザザキはおもむろに剣を引き、切っ先を俺がいる上空に向けた。
あ、あれは――!!
「暗愚な姉は嘘で着飾り
傲慢な母は花を踏む
蒙昧な姉は蜂に出逢う
僭上な母も蜂に出逢う
二人の胸に孔が空く
二度と消えない孔が空く
――閃杭魔蜂【熊蜂の緋光】」
「――!!!」
ザザキの剣の切っ先から、緋色の光の渦が射出された――。
しかもアオギさんに放った時とは比べものにならないくらい、光の渦が大きい。
俺の全身を覆い尽くすレベルだ。
アオギさんの時は、まだ本気じゃなかったのか……!?
「うわあああああああ!!!」
【雄牛から生まれる蜜蜂】で拘束されている俺は、モロに【熊蜂の緋光】の直撃を受けてしまった。
堪らず俺は地面に落下する。
まさかこんなところでも、樹海のヌシと真逆の構図になってしまうとは……。
『ううむ、これは若干マズいっすね。損傷率12%。まだまだイケますけど、あと何発か今のを喰らったら、ザ・エンドかもしれません』
『そうか……』
そこは『ジ・エンド』じゃないのかとツッコミたいが、今はそんな気力はない。
これは進退窮まったな……。
『それよりも問題なのは――』
『え?』
「オイオイ、何だその身体は」
「は? ――あっ!!」
今のザザキの攻撃で俺の服が消滅し、サイボーグの身体が表出してしまったのだった――。