１９ボーグ 反吐が出るわ
「さあさあさあお二人共！ よござんすね、心の準備は！？」
「ええ、いつでもどうぞ」
「……私もです」
……チハ！
正直ザザキのことは、俺がこの手で直接ブッ飛ばしたい。
……でも、チハにも負けてほしくはない！
くっ、複雑だぜ。
い、いや、何言ってんだよ、俺。
ここはチハを応援するに決まってんだろ。
「が、頑張れ、チハー！」
「……そんな隣に彼女を侍らせてる人から応援されてもね」
「えっ！？」
「んふふ、そうよぉ。私というものがありながら、他の女の子を応援するなんて酷いわ」
「タヂハナさん！？！？」
隣に座るタヂハナさんが、俺に身体を密着させながら甘い声で囁いてくる。
何か試合終わってから、距離感更に近くなってないですか！？！？
「私強い男が好きなの。ね？ だから、いいでしょ？」
「は、はぁ」
いいって、何が？
『ここは慎重に答えろよ小僧。ここの選択肢次第じゃ、タヂハナルート確定だぞ』
『タヂハナルート！？！？』
なにそれこわい！
「それでは準決勝第２試合――始めッ！」
「あ！ す、すいませんタヂハナさん！ 試合始まったんで！」
「んふふ、いけず」
『ラノベ主人公特有の悪運の強さ』
今だけはラノベ主人公でよかった！
「あなたに捧げましょう
愛ゆえの束縛を
愛ゆえの不自由を
愛ゆえの諦観を
愛ゆえの虚無を
愛するがゆえの絶望を
――花操魔苞【茨姫の抱擁】」
「「「――！！」」」
開幕【茨姫の抱擁】！
いきなり決めにきたな、チハ！
無数の茨がザザキの全身を拘束する――。
「ハハ、チハさんから束縛されるのはやぶさかじゃないけれど、ね」
が、当のザザキは涼しい顔をしている。
「……強がりはよして。私が格下だとナメて油断したわね。もうあなたの負けよ、ザザキ」
チハはマンジュシャゲの切っ先をザザキに向ける。
こ、これは、勝ったか！？
「ハハ、ナメてもらっちゃ困るのはこっちだよ、チハさん」
「え」
「フン」
「「「っ！！」」」
なっ！！？
ザザキは特に魔法を使った素振りすらなく、単純な膂力だけで茨を引きちぎった。
そ、そんなッ！！？
「……うそ」
「どうだい、これでわかったろう？ キミじゃボクには１００回生まれ変わっても勝てはしないよ。――お願いだから素直に降参してほしい。それがキミのためなんだ」
「う、うるさいッ！」
っ！
……チハ。
「私は絶対に諦めないわッ！ 絶対に優勝して――サノウを迎えに行くんだから――！」
――！！
……くぅ！
「はああああああッ！！」
チハは微塵も臆することなく、マンジュシャゲを構えザザキに突貫した。
――が、
「……フゥ、あまりボクをイライラさせないでくれないかなぁ？」
「っ！？」
ザザキは難なく、魔剣でマンジュシャゲを遥か彼方に吹き飛ばしてしまった。
ああっ！！
「……くっ！」
「ふぅん？ この状況で、まだそんな反抗的な目をするんだね？ ――これは少し、オシオキが必要みたいだね」
「――！」
何！？
ザザキは右手の魔剣を逆手に持ち、左手を刀身に添えた。
「九頭の雄牛を生贄に捧げよ
九日の後に更に十八頭捧げよ
然すれば雄牛から無限に蜜蜂が湧くだろう
――蟲生魔蜂【雄牛から生まれる蜜蜂】」
「「「――！！！」」」
魔剣の刀身から、夥しい数のミツバチが放出された。
な、何だありゃ！？
「きゃ、きゃあっ！！」
ミツバチたちは瞬く間にチハに取り憑き、その首から下を覆い尽くした。
チハッ！！
「あああああああああああああッッ！！！！」
チ、チハッ！！？
するとチハの身体から煙が立ち上った。
チハは絶叫しながら、苦痛に顔を歪めている。
「ミツバチは大勢で敵を取り囲み、蜂球という塊を作って敵を蒸し殺すんだ。だがボクの【雄牛から生まれる蜜蜂】で作られたミツバチは特別性で、その温度は『蒸す』なんて生易しいものじゃない。――早く降参しないと、全身が焼け爛れて、最悪死ぬよ？」
そ、そんなッ！！
嗚呼、チハ――！！
「チハ！！ もういい！！ 降参してくれッ！！」
お前が死んだら、俺は……！！
「……い、嫌、よ……」
――！！
チハ……！
「私は……絶対に……降参は、しない……。サノウを……。必ず……、サノウを……」
――！！！
…………チハ。
「…………まったく、サノウサノウサノウサノウ。――サノウサノウサノウサノウサノウサノウサノウサノウ……！！ バカの一つ覚えみたいに、いい加減ウザったいんだよおおおおおおお！！！！」
「「「――！！！」」」
その時だった。
ザザキが俺を刺し殺した時みたいに、鬼の形相に豹変した。
あ、あいつ……！？
「サノウは死んだって、何度言えばわかるんだ、アァン！！？」
「う、そ……よ。私は……信じない」
「いいや真実だね！ ――何故ならあの無能は、ボクがこの手で刺し殺したからさッ！！」
「「「――！！！！！」」」
なっ！！？
こいつ、遂に自分から！？
「……そ、そんな。……何故」
「ウザったかったからさ！ 大した魔法も使えない無能のクセに、キミが好意を向けてるアイツが、心の底からずっと気に食わなかった！ だから殺したんだよ！ つまりサノウを殺したのは、チハ、キミなんだよッ！！」
「あ……、ああ、あ……」
何だよその無茶苦茶な理屈はッ！！？
俺を殺したのは、間違いなくお前だろうがッ！！
「ゆ、許さない……。私は絶対に、あなたのことを死んでも許さないわよ……！ 絶対に、地獄に落としてやるわ……！」
「ハハ、それは無理だね。キミの技量的な問題もあるが、そもそもボクの殺人は法では裁かれなくなるからね」
「……は？」
何！？
どういうことだ、それは！？
「ネギス支部長」
「フム、何かね」
――！
そこでザザキは、おもむろにネギス支部長に水を向けた。
「ボクが優勝した際に叶えてもらいたい願いを、先んじてここに宣言いたします」
「ホウ、言ってみたまえ」
何考えてるんだあいつ！？
そしてネギス支部長も、何故こんな状況であんな落ち着いてられるんだ……！？
「――ボクが優勝した暁には、アナタの支部長と領主の座を、ボクに明け渡していただきたい」
「「「――！！！」」」
はあああああああああ！？！？
「ボクは今この場にいる誰よりも強い。つまりアナタの理屈によれば、ボクはこの場にいる誰よりも正しく、そして偉いということになります」
「フム、確かにそうなるね。君が本当に誰よりも強いのなら、だが」
その時、一瞬だけネギス支部長が、俺のほうに目線を向けた気がした。
ん？
「それはボクが実際に優勝して証明しますよ。――ではボクが優勝したら、ボクが新しい支部長兼領主ということでよろしいですね？」
「ああ、いいだろう」
「「「――！！！！」」」
ええええええええ！？！？
正気ですかネギス支部長！？！？
「と、いうわけだよチハ。つまりボクはこのトォツェギ領の支配者であり、秩序そのものになるのさ。誰もボクを裁けなくなる。ボクだけが正義なんだよッ！」
「あ、ああ……。そんな……、そんなことって……」
クソッ！！
ザザキの狙いは最初からこれだったのか――！！
だから決勝トーナメントが始まってからのザザキは、本性を隠さなくなったんだ……。
「さあ、これでわかっただろう、チハ？ 素直に降参して、キミにはボクの補佐官として、ずっと側にいてほしいんだ。いいだろ？」
「ハ、ハハ……」
――！
チ、チハ……？
「――死んでもお断りよ。いつまでもその臭い口をこっちに向けないで。反吐が出るわ」
「……くっ、このクソアマがああああああああ！！！！！ 調子に乗るなああああああああ！！！！！」
っ！！！
激高したザザキが、魔剣をチハに振りかざす。
「……今私も行くね、サノウ」
――！！
――チハ！！
「待ちやがれ、ザザキイイイイイィィ！！！」
「「「――！！！」」」
俺はヘルメットを脱ぎ捨てて、闘技場のすぐ側に下り立った。
「――あ、ああ！ サノウ……？ サノウがいる……。ゆ、夢じゃない、よね……？」
「ああ、夢じゃないさ。俺は生きてここにこうしているぞ、チハ」
『サイボーグの状態を生きていると定義していいのかは、議論が分かれるところですけどね』
『今だけは邪魔をするんじゃない、ルイカ』
いい加減キレるぞ、俺も？
「……バカな。お前はボクがこの手で、確かに殺したはず」
「蘇ったんだよ。――地獄の底からな」
「……フウン」
ザザキはさして興味がないかのように、昆虫のような感情のない瞳で俺を見下ろしてくる。
「今まで黙っててゴメン、チハ。いろいろ事情があったんだ。――でもこの通りもう大丈夫。後は俺に任せて、ゆっくり休んでくれ」
「……うん、わかった。後、は……頼む、ね……」
チハは母に抱かれる幼子みたいに、穏やか顔をしながら意識を失った。
「そ、そこまで……！ チハ選手戦闘不能につき、こ、この勝負、ザザキ選手の勝利です……！ よって決勝戦は、ウノウ選手……、じゃなかった、サノウ選手対ザザキ選手の、同期対決となりました！」
さあ、これで最後だ。
俺たちの因縁に決着をつけようぜ、ザザキ。
2021.7.14追記
「サカキショーゴ」様からサノウのファンアートをいただきました！
誠にありがとうございます！！！
サカキショーゴ様の
「紫煙伝‐清雲高校怪氣事件簿‐」
https://ncode.syosetu.com/n0005gh/
も、是非ご高覧ください！
