18ボーグ さようなら、可愛い坊や
「さあさあお二人共、心の準備はよございますね?」
「は、はい」
「んふふ、いつでもいいわよ」
闘技場からアオギさんの遺体は運び出されたものの、まだ生々しい血痕が残っている。
今更だが、俺たちは命の遣り取りをしているのだということをまざまざと実感し、寒気がした。
「それでは準決勝第1試合――始めッ!」
「んふふ、まずはこちらからいかせてもらうわよ」
「――!」
タヂハナさんは右手に持つ鞭で、ピシッと地面を叩いた。
どうでもいいけど、タヂハナさん鞭似合いすぎである。
「今宵はお城でダンスパーティ
わたしのパートナーはハンサムな泥人形
ああどうか夢なら覚めないで
泥人形とのワルツに終わりはない
――土操魔豹【くるみ割り泥人形】」
「ぬあっ!?」
タヂハナさんが鞭で叩いた辺りから、ボコボコと無数の泥人形が湧き出てきた。
『うわっ、キモッ! キーーーモッ!!』
『キモキモうるさいぞ!?』
まあ俺もちょっとはキモいと思ったけど……。
しかも何故か泥人形たちは、みんな髭が生えたようなデザインをしている。
「んふふ、私の可愛い坊やたち、あの坊やのことも遊んであげて」
「「「あうあぁ~」」」
「――!!」
泥人形たちが一斉に、不気味な声を上げながら襲い掛かってくる――。
チィッ!
「ハアアアアアッ!!」
俺は右腕を素数剣に変化させ、泥人形を片っ端から斬り裂いた。
「んふふ、腕を剣に変化させるなんて、随分珍しい魔法ね? でも、いつまでもつかしら」
「……くっ!」
俺がいくら泥人形を倒しても、タヂハナさんの足元から、次から次へと泥人形が湧いてキリがない。
確かにこのままじゃ埒が明かないな……。
『サノウさん、こういうザコの無限湧きイベントは、本体を倒さない限り終わんないもんっすよ!』
『……ああ、そうみたいだな』
俺は意を決して、タヂハナさんに突貫した。
――が、
「んふふ、まあそうくるわよね」
「え?」
タヂハナさんが鞭でピシッと地面を叩いた。
「地の底でくちづけを
――土操魔豹【地獄門】」
「なっ!!?」
突如、俺の足元に巨大な扉が出現した。
そして次の瞬間、その扉がバガンと開く。
扉の下には広大な闇が広がっていた。
う、うえええええええ!?!?!?
――俺は地の底に落下した。
「んふふ、さようなら、可愛い坊や」
「――!!」
落下していく俺に、タヂハナさんがウィンクを投げてきた。
『いやあ、ここにきて落とし穴とは。シンプルですけど、有効な戦術ですよね』
『……確かにな』
多分カモト隊長にもこうやって勝ったんだろうな。
泥人形で攪乱し、本体を狙ってきたところを落とし穴で封殺。
これを躱しきれる人は、そうそういないことだろう。
『まあでも、今のサノウさんにはアレがありますからね!』
『ああ、そうだな』
昨日までの俺だったら、負けてたかもしれない。
「っ!!? そ、そんな……!!」
「どうもタヂハナさん、久しぶりですね。10秒ぶりくらいですかね?」
「……初めて見たわ、飛行魔法なんて」
そう、今の俺は宙に浮いているのだ。
確かに飛行魔法は超貴重だからな。
俺も今まで目にしたことはなかったよ、自分がそうなるまでは。
『説明しよう! これぞエリアルコングの素材を基にバージョンアップされた飛行機能――その名も正弦脚! 圧縮した空気を撃ち出していたエリアルコングと違って、サノウさんは足の裏から自身の無尽蔵な魔力を放出しているので、長時間の飛行が可能なのだ!』
『誰に対しての説明なの!?』
ま、まあいい。
「タヂハナさん、チェックメイトです。……今から闘技場を炎で覆い尽くしますんで、死にたくなかったら場外に逃げてください」
「……んふふ、敵わないわね」
俺は左腕を砲身に変化させ、上空から闘技場を見下ろす。
思えばこの構図、俺が樹海のヌシと戦った時と真逆だな。
やっぱ相手の手が届かないところから、一方的に攻撃するのって単純に強いわ。
「余弦の無限に憧れて
正弦の甘言に惑わされ
余割の飢渇に臍を噛み
正割の等活に反吐を吐き
余接の羅刹に身を喰われ
正接の曲折を経て浄化せん
――煉狱魔砲【正接炎】」
「「「っ!!?」」」
俺の左腕から噴射された業火が、闘技場を埋め尽くす。
タヂハナさん、逃げてくれたかな?
「んふふ、降参よ、坊や」
「あ」
いつの間にかタヂハナさんは、ちゃっかり場外に出て両手を上げていた。
ほっ。
「場外! そこまで! この勝負、ウノウ選手の勝利です!」
『FOOOOOO!!!! コングラチュレイショオオオオンズ!!! 勝利のポーズ……決めっ!』
『久しぶりに聞いたなそれ!』
まあ、バヤシに勝った時はそんな空気じゃなかったしな。
実は意外と空気が読めるのかな、ルイカは?
むしろ本当は読めるのに、敢えて読めないフリをしてるんだとしたら、相当タチが悪いが……。
「それにしても腕を武器に変化させる魔法に、飛行魔法まで! ウノウ選手が今まで無名だったのが、とても信じられません! もしやその覆面の下は、高名な魔法剣士なのでは!?」
「……!」
すいません、超無名な魔法剣士です。
ただちょっとサイボーグってる(サイボーグってる?)だけなんです。
「さあ続いては準決勝第2試合! 最早誰も勝てる気がしないザザキ選手に、チハ選手はどう立ち向かうのか!」
……チハ!
頼むから、無茶だけはしないでくれよ。