17ボーグ うん、悪くない威力だ
「さあお二人共、心の準備はよろしいですね?」
「ああ、いいよ」
「いつでもどうぞ」
舞台上で対峙しているアオギさんとザザキは、どちらも余裕すら感じる佇まいだ。
流石の貫禄だな……。
「それでは1回戦第4試合――始めッ!」
つ、遂に始まった……!
「ハァ……、フゥ……」
「っ! チ、チハ!」
そこに、今さっき試合を終えたばかりのチハが、辛そうに顔を歪めながら観客席に現れた。
チハは俺から少し離れた席に腰を下ろした。
「……大丈夫か、チハ?」
「……心配は無用よ。私とあなたは敵同士なんだから。――あなたこそ、彼女と一緒に観戦なんて、いい御身分ね」
「か、彼女!?」
って、タヂハナさんのこと!?
「ご、誤解だよ!」
「んふふ、そうよぉ。私と坊やは、まだ何の関係もないわ。今はまだ、ね」
「タヂハナさん!?」
この先もずっと関係はない予定ですけど!?
『FOOOOOO!!!! 盛 り 上 が っ て ま い り ま し た』
『俺はむしろ盛り下がってるよ!!』
「……どうでもいいけど、早速アオギさんが仕掛けたわよ」
「えっ!?」
そ、そうだ!
今は大事な試合の最中だった……!
舞台に目を向けると、アオギさんが双剣に魔力を込めているところだった。
「妖精の森は今宵も唄う
王から女王へ
女王から臣下へ
臣下から民へ
民から王へ
盃は廻り廻る
宴は続く
夜は続く
総ては闇夜に融けてゆく
――幻操魔倣【夢幻演舞】」
「「「――!!」」」
一瞬だけアオギさんの姿が揺らいだかと思うと、舞台上には10人のアオギさんが現れた。
おお!
これぞアオギさんの十八番、【夢幻演舞】!
質量を持った残像が10人同時に襲い掛かる、えげつない魔法だ!
去年の決勝では、ザザキも相当これに苦しめられてたんだ。
「ザザキ! 今年こそ勝たせてもらうぞ!」
10人のアオギさんが、一斉にザザキに突貫する。
ザ、ザザキ……!
「ハハ、愚かな」
「何!? ――なっ!?」
「「「――!?!?」」」
あまりの出来事に、会場中が声を失った。
一瞬でアオギさんの分身たちが、一人残らず搔き消えてしまったのだ。
「い、いったい何をした……!」
「特別なことは何も? ただ単に、この剣で分身を斬り裂いただけです」
ザザキは右手に握る魔剣を、プラプラと振った。
「そんな……、バカな……! そんな素振りは微塵も……!」
いや、ザザキの言っていることは本当だ。
普通の人には見えなかっただろうが、俺のサイボーグの目にはハッキリと映った――。
ザザキが超高速の剣捌きで、分身たちを斬り伏せる光景が。
『おそろしく速い手刀、オレでなきゃ見逃しちゃうね』
『手刀ではなかったけど!?』
とはいえ、いくら何でもザザキが強すぎる……!
去年はここまでの実力差はなかったはず――。
ひょっとして去年は手を抜いていたとでもいうのか……?
それとも、たった1年でここまで成長したとでも……?
「さてと、ではボクも、最近習得した魔法を、特別にお見せしますね」
「な、何だと!?」
最近習得した魔法……!?
ザザキはおもむろに剣を引き、切っ先をアオギさんのほうに向けた。
「暗愚な姉は嘘で着飾り
傲慢な母は花を踏む
蒙昧な姉は蜂に出逢う
僭上な母も蜂に出逢う
二人の胸に孔が空く
二度と消えない孔が空く
――閃杭魔蜂【熊蜂の緋光】」
「「「――!!」」」
ザザキの剣の切っ先から、緋色の光の渦が射出された――。
「――ガッ、ハ……」
「「「――!!!!」」」
そしてその光の渦が、アオギさんの胸を貫いた――。
ア、アオギさんッ!!!
アオギさんは糸が切れた操り人形みたいに、その場に崩れ去った。
「そ、そこまでッ!! 勝者ザザキ選手!! ワタさん! ワタさんを呼んでくださいッ!!」
「ここにッ!」
いつの間にか闘技場のすぐ側に控えていたワタさんが、アオギさんの下に駆け寄る。
……が、
「……くっ」
ワタさんは奥歯を嚙みしめながら、心底悔しそうに首を振った。
……アオギさん。
「うん、悪くない威力だ」
――!
そんなワタさんをよそに、ザザキは剣を撫でながら満足気に頷いた。
ザザキ……!
やはりお前は本物の悪魔だ――!
多分ザザキを止められるのは、俺だけだ。
俺が必ずお前をブッ飛ばして、アオギさんの仇を討ってやる――!
『うわぁ、流石のザザキファンたちも、今のには若干ヒいてるみたいですねぇ』
『……そりゃあな』
チハも両手で口元を押さえながら、わなわなと震えている。
対してタヂハナさんは、まったく動揺した素振りすら見せず、いつも通りの妖艶な笑みを浮かべたままだ。
……やはりこの人は得体が知れないな。
だが一つ気になるのは、今までずっと猫を被ってきたザザキが、何故ここにきて急に本性を隠さなくなったのかということだ。
あるいは隠す必要がなくなった……?
「え、えー、お亡くなりになったアオギさんには大変気の毒ですが、これも無情な勝負の世界! これより準決勝を開始いたします! さあ注目の、第1試合対戦カードは――」
コトウさんが抽選ボックスから、1枚のクジを引く。
「おおっと! 第1試合はこの方が当たるジンクスでもあるのでしょうか! ウノウ選手です!」
「っ!?」
また俺が最初!?
「そしてそして、その対戦相手は――」
……。
できればチハとは戦いたくないが……。
「これは激戦が予想されます! タヂハナ選手です!」
「なっ!?」
「んふふ、お手柔らかに頼むわね、坊や」
「……はぁ」
タヂハナさんは俺の肩にポンと手を置きながら、ウィンクを投げてきた。