12ボーグ 一切手加減はしないから、そのつもりでね
「ふぅ……」
『おぉー、絶景かな絶景かな!』
「なかなかの景色だろ?」
そうして俺が一人でやって来たのは、ツノミヤの夜景が一望できる、高台にある小さな公園。
子どもの頃から、嫌なこととかがあった時は、よくここでぼんやりと夜景を眺めてたっけ。
とはいえ俺のサイボーグの目には、この夜景も昼間同様鮮明に見えるので、正直あまり情緒はないのだが……。
「あ! あなた昼間の!」
「――!」
その時だった。
俺の後方から聞き慣れた声がした。
振り返れば、案の定そこにはチハが佇んでいた。
そういえばチハも、嫌なことがあったらよくここに来てたっけな。
「よ、よお、昼間はどーもな」
「……こちらこそ」
チハは感情が読めない表情で俺の横に立つと、無言で夜景をジッと見つめる。
何とも気まずい空気が俺たちの間に流れた。
う、うーん、何か話さないと。
あ、そうだ!
「……なあチハ、昼間予選会場で、『私は必ずこの大会で優勝するわ』って言ってたけど、何でそんなに優勝したいんだ? 何か欲しいものでもあるの?」
「――!!」
途端、チハの表情が、寒気がするほど険しいものになった。
あ、あれ?
オレ何かやっちゃいました?
「……私の大切な人がね、昨日フェジ樹海で行方不明になったの」
「――!」
チハは胸元の血に染まったペンダントを握り締めた。
そ、それって、俺のことだよね?
「その彼と同行してた人は、彼は樹海のヌシに襲われて死んだなんて言うんだけど、私は信じない。彼はきっと今も生きてて、誰かが助けに来るのを待ってるはずよ」
「……」
まあ、生きてるのは事実だけど、既にお前の目の前にいるんだけどね。
「……本当は私一人でもすぐに駆けつけたかったんだけど、昨日の一件で、フェジ樹海は一級危険区域に指定されてしまったの」
「っ!?」
そうだったのか……。
王立魔法剣士団から一級危険区域に指定された場所は、原則何人たりとも近付くことを禁じられる。
おそらくこれもザザキの差し金だろう。
トォツェギ支部のエースであるザザキが進言すれば、すんなり通っただろうしな。
これで仮に俺の遺体がヌシに喰われてなかったとしても、真相は闇の中ってわけだ。
どこまで周到なんだよ、まったく。
「だから私は場売闘奴で優勝して、その報酬として、フェジ樹海の一級危険区域を解除してもらおうと思ってるの。そうすれば堂々と、私がサノウを迎えに行けるから」
「えっ!?」
つ、つまりチハが優勝を目指してるのは、俺のため……?
『かーっ、この果報者がッ! 一級危険ラノベ主人公!』
『一級危険ラノベ主人公!?』
いったい……!?
「……ゴメンねこんな重い話して」
「あ、ああ、いいよ。……訊いたのは俺だし」
「ふふ、何故かあなたの前だと、口が軽くなっちゃうわ」
「――!」
刹那、俺がそのサノウだと伝えたい衝動に駆られたが、すんでのところで思いとどまった。
もしもサイボーグの人権が不確かな今の状態でチハに俺の生存を明らかにし、その挙句俺が危険対象と見なされ駆除されてしまった暁には、チハの心は壊れてしまうかもしれない……。
それだけは避けなければならない。
これは何が何でも、明日の決勝トーナメントで優勝するしかなくなったな。
たとえチハとトーナメントで当たってしまったとしても……。
「さて、と、明日もあるし、私はもう帰るわ。――明日はお互い、いい勝負をしましょ」
「……ああ」
「言っとくけど、一切手加減はしないから、そのつもりでね」
「――!」
チハは俺の鼻先にピッと指を向けてきた。
うん、やっと少しだけいつものチハに戻ってきたな。
「……負けないよ、俺も」
絶対に負けるわけにはいかないんだ。
「ふふ、おやすみなさい」
「おやすみ」
覚悟を滲ませながら去っていくチハの背中を、俺はいつまでも見つめていた。