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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オレ魔王軍兵士、今日から魔王城警備に配属

作者: やまおか

 魔王城勤務が始まった。緊張する。

 家ではいつもだらだら過ごしていた。母ちゃんはオレの顔を見れば文句をいってくるので、しかたがなく魔王軍に志願した。

 国を守るという立派な仕事を始めたのに、なんで軍隊なんかにといい顔をされなかった。


 

 これでもいちおう考えている。

 魔王城勤務になるために試験もすごくがんばった。

 前線勤務はとてもきついらしい。今は人間の国と戦争状態だった。

 前線で手柄を立てて出世したという話も聞くし、みんなから尊敬もされるのだろう。でも、危険だし大変そうだ。

 安全な魔王城勤務になれてよかった。


 

 割り振られた仕事は城内の見回りだ。二人一組で三階まで異常がないか確認する。

 役割を与えられて責任を持つということで、自分が仕事をしているんだと実感する。

 先輩に教わりながら順路を覚えていく。先輩は丁寧に教えてくれて、質問にも答えてくれる。この人と同じ職場でよかったと思えた。

 しかし、そりの合わない同僚もいる。

 門番担当と敬礼を交わすが、あいつらがオレを見る目はいやな感じだった。重要な場所には上位魔族が配置されるので、変な階級意識を持っているらしい。


 

 上位魔族のやつらから、オレのかぶっているヘルメットを笑われた。

 たしかに傷だらけで修理跡が目立つ中古だ。就職祝いに母ちゃんが無理して買ってくれた鉄帽だった。

 先輩は歴戦の防具だと褒めてくれた。やっぱりいい人だ。


 

 今日はとても驚いた。

 人間がいた。この魔王城に。

 食堂で働いている給仕係。彼女がそうだ。

 金色の髪をじろじろ見ていると、困ったように笑っていた。

 先輩は気にするなといっていたが、オレたちの戦っている相手は人間だ。


 

 やっぱり彼女の立場は魔王城内ではあまりよくないみたいだ。遠巻きに見ているのが大多数で関わろうとしない。話しかけているのは先輩ぐらいだろう。

 そういえば、オレに最初に話かけてくれたのも先輩だった。この城内で一番尊敬できる相手だ。


 

 新しいことがわかった。人間の名前はエミルというらしい。彼女の母親も城内で働いているそうだ。彼女達は人間の国から逃げてきたのだと先輩から聞いた。

 理由を聞こうとしたが、知りたいなら本人から教えてもらえといわれた。


 

 馬鹿なことをした。

 エミルという人間が上位魔族たちに囲まれて小突かれている場面に遭遇した。

 先輩の真似をしたかったのかもしれない。

 ゴブリンがミノタウロスに勝てるわけないだろ。


 

 ガーゼや包帯まみれの姿で出勤すると、職場の雰囲気が変だった。話しかけても避けられる。

 いつも通りなのは先輩ぐらいだった。どうやら上位魔族にたてついたことが知れ渡っているらしく、『おまえ馬鹿だなぁ』と笑われた。オレも『そうっすね』と笑った。


 

 最近、視線を感じる。エミルという人間だった。

 なんだろうかと思っていたけど、一人になったとき話しかけられた。

 何の用かと思ったけど中々話そうとしない。思い当たるとすれば、この間のことだろう。


『余計なことしたって思ってるよ』


『そんなこと、ないですっ!』


 食い気味に応じると、そのままの勢いで言葉を吐き出した。

 ああいうからかいはいつものことで黙って耐えていれば終わるはずだった。だけど、誰かが助けてくれるのは初めてで驚いたらしい。


『待て、ちがう』


 聞き捨てならないことがあったから、途中でさえぎった。おまえのためにしたわけじゃない。上位魔族が気に入らなかったからやっただけだった。そのはずだ。

 


 なんとなく、なんとなくだけど、エミルと話すようになった。

 どうして人間なのに魔王城に来たのかということから聞いた。人間の国はいつも争いがなくならないらしい。傭兵や山賊、騎士、そんな連中が奪っていく。エミルはそんな連中から逃げてきた。

 魔王城に来てからは、毎日ベッドもごはんもあるから幸せだといっていた。


 

 母ちゃんから手紙が来た。この前送った仕送りについてだった。感謝の後は、心配と小言ばっかりでうんざりする。

 そんなことを愚痴交じりに先輩に話した。


『手紙の返事書いとけよ』


『わざわざ書かなくても大丈夫っすよ』


『だめだ、ちゃんと書いとくんだぞ』


 先輩にしてはめずらしく念押しされた。両親と手紙のやりとりなんてこそばゆかった。


『故郷ってのはいいよな。俺も古代樹の森で木こりやってた頃がなつかしいよ』


 戦争が始まる前、先輩は古代樹の森で暮らしていたそうだ。友好関係を築いていたはずの人間からの唐突な侵攻に、森で暮らしていた獣人やオーガ、エルフたちは散り散りとなった。そして魔王城へと逃げてきた。

 だから、同じような境遇のエミルに似たものを感じたらしい。

 なつかしそうに話す先輩を見ながら、考えていることがわからなかった。そんな目にあわせた人間が憎くないのだろうか。


 

 先輩がいなくなった。

 配置転換だった。人間軍の勢いを止めるために前線の砦に戦力を集めているらしい。

 エミルが心配そうにしていたが、大丈夫に決まっている。先輩ならあの丸太みたいな腕で敵兵をなぎはらうはずだ。


 

 魔王城勤務から半年で初めて四天王の一人に会った。

 二階から三階に上がる昇降機を待っていたときなんだけど、暗黒騎士様と乗り合わせてしまった。

 最敬礼して見送ろうとしたけど手招きされた。

 心を読んでどんな太刀筋も見切るという噂で、下手なことを考えることもできず直立不動で立っていた。


『これからもエミルと仲良くしてくれ』


 えっ? と思ったけれど聞き返すことなんてできるわけない。兜の隙間から聞こえた声はくぐもっていて、そこにこめた感情はよくわからなかった。


 

 城内がいままでで一番緊張している。

 前線の砦が陥落したらしい。

 “勇者”という名前ばかりがあちこちでささやかれている。魔王様と同じぐらいの魔力を持つ人間。もうすでに四天王の二人が討ち取られている。

 砦から撤退してきた兵士が魔王城に戻ってきた。でも、その中に先輩の大きな背中は見つからなかった。


 

 勇者は少数精鋭で進撃しているらしい。その進路の先はこの魔王城。

 防衛のための準備が進められていく。城下では市民の避難が始まった。城内で働く非戦闘員も家族と一緒に出て行く。

 そんな中、エミルは残ると言った。彼女は頑固だった。説得はいつからか言い合いになり『勝手にしろ』とケンカ別れになった。


 

 勇者の足取りの報告は続き、あと数日で魔王城に到達すると予想された。

 そんなとき、暗黒騎士様に呼び出しを受けた。

 緊張しながら扉をノックした。

 幹部用の個室は広く頑丈そうな机に部屋の主は座っていた。おそるおそる用件を聞くと、エミルのことだった。


『戦いになったときあの子を連れて脱出してくれ』


 意図がわからず、それは命令なのかと聞いた。


『個人的な頼みだ。あの子は頑固でな。恩のある城の人たちと一緒に残るというのだ』


 どうして、とは聞けなかった。もしも答えを聞いたらいけないだろうから。

 それは暗黒騎士様の秘密につながる。その漆黒の兜の下に隠された素顔は誰も見たことがなかった。


 

 結局、暗黒騎士様のお願いにはちゃんとした返事をしなかった。

 オレにはオレの仕事がちゃんとある。城を守り勇者を撃退するのがオレの役目のはずだ。

 だけど、勇者は答えが出るのなんて待ってくれなかった。

 足音と鎧の金属音ばかりが聞こえる中、所定の位置につく。鼠一匹ももぐりこむことができないほど厳重な警戒態勢だった。これならちゃっちゃと撃退して終わりのはず。絶対そうだ。


 

 勇者の力は予想以上だった。

 城内がゆれたと思ったら、正面門が突破されたという声が響いた。

 どんな力を当てたのかわからないが、頑丈な鉄の門がひしゃげていた。

 既に戦闘は始まっている。混乱の中、もぐりこんだ勇者たちがどこにいるかつかめない。あちこちで報告の声が飛び交う。

 通路には主戦力である上位魔族の死体がころがっていた。手に持っていた戦斧は柄だけが残り、胴をざっくりとななめに斬られていた。同じようになった自分の姿を想像しそうになって、慌てて頭から追い出す。


『兵達は玉座の間の前に集結せよ、勇者を迎えうつ!』


 暗黒騎士様の声だった。振り向くと兜の奥と目が合った。

 何が正しいかなんてわからなかった。気がつけば、食堂に向かっていた。


『エミルっ!!』


 いなかった。

 彼女の名前を叫びながら探し回った。


 

 どうしてオレの脚はこんなに遅い。もっと大きな身体、一歩でも前にいける長い足がほしかった。

 あたりは血と鉄の匂いばかり。転がる死体の中に金色の髪が混じっていないことを祈った。

 おかしいだろう。魔族が神様に祈ったんだ。

 視界の端に動くものがうつった。

 彼女だった。

 地味な給仕服は血に赤で染まっていた。まさか、怪我をしたのかと慌てる。


『止まらないんです、血が……。みんな……動かなくなって』


 怪我をした兵士たちを助けようとしていたらしい。

 ひざまずく彼女の下でうめき声をあげているのはミノタウロスだった。エミルをいじめていた相手のはずだった。

 オレにとっても彼女にとっても嫌な相手である。だけど彼女は助けようとした。


『くそ、重いな。無駄にでかい図体しやがって』


 医療班のところに連れて行くことにした。助け起こして肩を貸そうとしたとき、急に突き飛ばされた。

 しりもちをつき文句を言おうと身体を起こしたところで、開きかけた口が途中で止まる。

 光り輝く長剣をもった人間の男がいた。そのかたわらには弓を構えた人間もいる。

 視線を横にむけるとミノタウロスの胴に矢が突き立っていた。


『ガアアァァァッ!』


 雄たけびを上げ、ミノタウロスは勇者たちへと武器を振りかぶりながら突進する。

 二本目、三本目と矢が増えるが巨体が進む勢いはとまらない。武器を握る腕に力がこめられ血管が浮き上がる。嫌いなやつだけど、やっぱこいつすげぇと思った。

 だけど、武器を振り下ろす前に勇者の右手が光って網膜を焼いた。

 目を開くと、動きを止めたミノタウロスはびくんと痙攣しその手から武器が零れ落ちた。ぶすぶすと肉の焦げるいやなにおいの中、ずしんと地面に倒れた。

 呆然としていると、勇者たちの視線がこちらに向いた。


 

 このままエミルを引っ張って逃げるのは無理だろう。すでにつがえられた矢の先端がこちらに向けられている。


『おい、ニンゲン! こいつは人間だ!』


 オレの声を聞いた勇者が眉をひそめる。そして傍らの仲間に何かを囁いた。


『だから―――』


 言葉を続けようとしたがいやな予感がした。エミルの腕をひっぱると、さっきまで彼女が立っていた場所に矢がつき立った。

 こちらを見る視線には一片の心もこもっていない。ゆっくりと弓の弦がひきしぼられていく。今度はどこによければいいかわからなかった。


 

 だけど、その矢はあさってのほうに飛んでいった。


『ニンゲンが……死ね』


 倒れていたはずのミノタウロスの手が弓手の足をつかんでいた。驚愕に目を見開く人間を床にたたきつけた。湿った音を立てて、そいつは動かなくなった。

 勇者たちを威嚇しながら、ミノタウロスがチラリとこちらを見た。

 その視線の意味がなんだったのかは知らない。知ったこっちゃない。それはむこうも同じだろう。

 だから、オレは自分が正しいと思ったことをするだけだ。


『逃げろ、ここからすぐに離れろ』


 頭の鉄帽をエミルにかぶせてやった。オレの代わりに守ってくれるだろう。


 

 そこからのことは知らない。

 オレはまだ生きていた。体の感覚はほとんどない。

 ぼんやりとなつかしい風景が見えていた。

 果てなく青い草原。牛がのんびりと草を食んでいる。

 すぐにああこれは夢なんだとわかった。

 さっきまで何もなかった場所に家が見えている。

 玄関を開けると母がこちらを見た。そのまなざしは優しかった。


『おかえり、大変だったでしょ』


 たとえ夢でも親しい相手に出会えた。聞いてほしかった。


『うん……。すごく大変だったけど、でも、好きな子のためにがんばれたんだ』


 母は目を丸くしたあと、それからうれしそうに笑った。


『どんな子なの?』


『普通の女の子だよ。ちょっと頑固なところがあるけど、優しい子なんだ』


『じゃあ、そんな優しい子を泣かせたらだめよ』


 そう言ってもう一度笑った。


 

 気がつくと景色が変わっていた。さっきまで誰かと会っていたような気がするけれどうまく思い出せない。

 視界がハッキリしてくるとそこが魔王城の食堂だとわかった。自分が寝そべっているのはテーブルの上らしい。まさか、これからオレは夕食のおかずにされるのか。

 冗談じゃないと逃げようとするが体は動かない。というか体中が痛い。

 痛みにうめいていると、影が覆った。食わないでくれと命乞いをしようとしたら、それがエミルだとわかった。

 なぜか彼女はためらうように何度も口をひらきかけて途中でやめていた。しばらくして、ぽつりぽつりと水滴が降ってきた。

 変な夢である。食われそうになったり、雨が降ってきたり。


『よかった……よかったぁ……』


 エミルの泣き声を聞いて、ようやく理解する。

 どうやら、オレは生きているらしい。


 

 動けるようになってから魔王城の中を見て回ると、中はひどい有様だった。吹き飛んだ扉がひび割れた壁に立てかけられ、怪我人を治すためにあちこちでドライアードが蔓をのばしている。

 食堂も一時的な治療室となっていた。

 エミルも救護班として忙しそうにしている。

 ようやく歩きまわれるようになったオレだけれど、今は任務からもはずされている。エミルを手伝おうとしたらやんわり断られた。

 故郷の村にいようと魔王城にいようと、やっぱり似たようなことをしている。

 何やっているんだろうか、オレは……。

 つぶやいて歩みを進める。唯一の用事を片付けにいく。

 着いた先は暗黒騎士様の部屋だった。動けるようになったら来てくれと伝えられていた。

 

 緊張しながら扉を開く。

 この前の戦いについて労いの言葉をかけられた。勇者達を足止めした間に戦力をまとめることができたらしい。

 しかし、ここで疑問。別に今回の功労者はオレだけではない。にもかかわらず、自分ひとりだけを呼び出した。ミノタウロスも生きていた。一応見舞いにいったら包帯まみれ姿で舌打ちをされたのを思い出す。


『エミルとはどうだ?』


 唐突な質問に、今度こそ『えっ?』と聞き返してしまった。

 それから、よくわからないまま会話は終わり部屋を出た。

 暗黒騎士様とエミルに何かあるのはわかっているが、これ以上考えるのは面倒くさい。真実とか秘密とかそういうものに手をのばそうとは思わない。

 だらだらと生きていきたいのだ。単純作業のように。

 足が止まる。そして思考する。


『あー……ちくしょう……』


 それは、まるで生きているだけ、動いているだけの空っぽだ。先輩やエミルと出会う前、オレには本当に何もなかったように思う。


 ただ、なんとなくエミルの隣に行こう。そう思った。


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