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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のあつい日

あの日私は数々の者を見てきた

炎の中で踊り狂う淑女 

鬼の形相をした下半身のない憲兵



あの日は朝から暑つかった

そんな日に限って私は運悪く高熱を出したのだ

うなる暑さの上に体は熱くだるい

友と笑っている時は時間が早く過ぎるのに、こういう時は逆に長く感じるのもまたいやらしい

この時間がとてもその時の私には苦しかった 


私はお国のために出兵した兄二人に申し訳なく感じた

私は家で布団の上に寝かされていたが兄達はどうだろうか

今も戦地で戦っているのではないだろうか

そう考えると申し訳無さに私は額に置いてある手拭を外した

そうして何かが変わるわけではない

私の気持ちの問題だった


気がつくとあたりは緋色に染まっていた

いつの間にか私は寝ていたらしい

暑さも朝よりかは落ち着いていた

ふと額に冷たさを感じると手拭が置かれていた

母に戻されたのだろう

いつの間にか尋常小学校に通っていた弟と妹も帰ってきていた

隣の茶の間で騒いでいる


私は水が飲みたくなり布団から出ようとした

その瞬間だった 

地を這うような唸る音が響き渡った

これは空襲警報だ!

私は熱を出している事も忘れて兄弟の元へ向かった


またb-29が通り過ぎるだけだ

そうは思っても無事を確認しなければいけないと思った

茶の間で兄弟はあっけらかんとしていた

そして弟と妹はいつもの事だと言った

そういつもの事だ

窓の向こうで遠くで飛んでいるb-29がみえた

その時、私の胸は高鳴った


高鳴る胸を抑えて私は防空壕へ行こうと言った

だが弟と妹は大丈夫だといった

二人には幼さからだろうか危機感が無かった

私は身振り手振りをしながら何度も防空壕へ行こうと言うが二人は大丈夫とまた言った

置いていくわけにもいかない

しかし聞く耳ももってはくれない

母は家には居ないようだ

どうすればいいのか私にはわからなかった

一人でも防空壕へ行けばいいのか?


ドーンと空襲警報とは違う、とてもとても大きな音が聞こえた

窓の外を恐る恐るみると遠くで赤く紅く染まっていた

夕日ではない

炎だ


空の上からb-29から降り注ぐ物体をみてゾッとした

しまった!

そう思った時には上から沢山の焼夷弾が落ちていく


すぐに弟と妹に頭巾を被せた

ここは危険だ

今すぐ逃げなければ

早く、早く防空壕へ逃げなければ


炎を見て泣く妹と呆然としている弟の掌をしっかりと握り家を飛び出した

辺りは騒然としていた

誰も彼もが慌てふためいている

空から降る焼夷弾に誰も彼もが驚き怯え逃げ惑っている


私は兄弟の掌をギュッと握りしめて安全な場所を探した

しかし安全な場所はないとb-29は嘲笑う

沢山の焼夷弾が落ちては人々を家を襲う

炎の熱さは私達を嘲笑う


私は怖かった

死ぬのが怖かった

とても怖かった


しかし私は私自身の怯えを叱咤した

兄弟を誰が安全地帯へ逃がすのか

私ではないのか?

私は長兄と約束した

生きると

生き抜くと


怯えを隠し汗ばむ掌を握り直して私は必死に逃げた

誰かが川へ向かえ!と叫んだ

だから私も向かうことにした

兄弟にそう伝えると私達は押し進んだ


燃える家々を伝いながら必死に逃げた

誰もが逃げ惑い誰も私達を助けてはくれない

だから必死に逃げた


そこは地獄だった

だから余計に兄弟以外はどうで良いとさえ思ってしまった


だから何度も泣く幼子の鳴き声を聞きながら御免なさい御免なさいと思いながら通り過ぎた


さっきまで同じ方向に逃げ惑っていた綺麗な淑女

その体に一瞬で炎が舞い上がった

炎の中で踊り狂う淑女

その姿に怯える妹を叱咤して逃げた

御免なさい御免なさいそう思いながら逃げた



数メートル先で爆発が起きた

何人もの人々の体が吹き飛んだ

鬼の形相をした下半身のない憲兵

憲兵の目がこちらを睨んでいる様で恐ろしかった

私は目を反らして逃げた


爆発音が

パチパチと燃える音が

叫び声が私に恐怖を植え付ける


気を抜いてたのだろうか

その瞬間、近くにb-29が間近にみえた

しまった!

そう思ってももう遅い

その瞬間に目の前にいた弟の脹脛は売れた果実の様に弾けた

そして血と肉片が私の顔にへばりついた

その事へ対して、今までの現象で馴れたのか私は悲鳴も挙げられなかった

弟の私の耳を劈く悲鳴と嗚咽を聞いてはっとした

すぐに妹に覚えてないが何かを私が言ってから妹の掌を離した

そして泣き喚く弟を抱き上げた


痛い痛い痛いと叫んでいるが私に医学の知恵はない

肉は抉れ骨の見えている

痛いに決まっている

だから触らないようにした

しかし私が走り振動が伝わるたびに弟は痛いと叫んだ

そんな弟へ慰めも言えなかった

慰めても治るわけではない


さっきまで白かったシャツは弟の血により赤く染まっていく

生ぬるい液体が私のシャツを濡らしてそれが貼り付く度に気持ちの悪さに怯えそうになる


だからか、それとも地獄に震えたのかしらない

いつの間にか妹が側にいなくなっていた


私は叫んだ

必死に妹の名前を叫んだ

何処だ

何処に居るんだ!

叫んでも叫んでも誰も返してはくれない


何故なんだ

どうしてだ

どうしてなんだ

どうして


その時強い力に抱きしめられた

顔を上げると母だった

その顔に私は涙が溢れた

母は弟の足をみるとすぐに私の腕を引っ張り逃げようとした

私は妹がいないと叫んだ

しかし母は私の頬を打った

逃げるよ!と強く叫ぶ母に逆らえなかった


私は妹を見捨てた


母に手を惹かれてから数分後にはb-29は消えていった

火災などが消えるまで2日

すべてが解決するまでに数ヶ月は掛かった

それまでに終戦もした


妹は最後まで見つからなかった

それを母は責めなかった

長兄は戦死してしまったが次兄は帰ってきた

帰ってきた次兄も私を責めなかった

それが家を出るまでの私には辛かった


 

ああ、今日は弟の葬式だった

歩行に少し支障でる後遺症は残ったが怪我は治った

そんな弟も若い頃は事務員をして頑張っていた

しかし老いには勝てなかった


遠くで蝉の音が聞こえる

ああまた

また夏が近くなる

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