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乙女ゲームの腹黒王子は平和的に王権強化します

作者: すばる

 『乙女ゲームの○○に転生したけど』シリーズの前3作とは印象の異なる作品に仕上がっています。シリアスではないと思いますが、コメディでもないです。


 ※地雷持ちの方は回避してください。


 私が初めて彼女に会ったのは婚約式の当日だった。


「お初にお目にかかります。エンフォード公爵が娘、ファティリアと申します。アルフォンス殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 幼い声で、しかし5歳とは思えぬほどはっきりとした口調で挨拶の口上を述べ、彼女———ファティリアは私にカーテシーをした。


「面を上げてください」


 すっ、と身を起こしたファティリアは凛として、流石公爵令嬢と思わせる気品を漂わせていた。……うん、これなら第一王子妃として申し分ない。


 私はファティリアを会場へとエスコートしようと一歩近づく。


 ……ん? 何だろう、動揺?


 ファティリアの魔力が内心を映して激しく揺らめいている。これは、人が何かに動揺しているときの現象だ。


 私の魔力に対する感度は飛びぬけているらしく、その気になればほぼ正確に相手の考えていることが分かる。魔力の『揺らぎ』を感じ取れるのは、この国では今のところ魔術師団長と私くらいのものだ。この言うなれば『読心術』は、国家機密となっているため、この能力について知るものはほとんどいない。


 まぁ何にせよ、今重要なのはファティリアが()()()()()()()()()()()()()ということだ。式典直前にこれではいくら優秀な令嬢であるファティリアでも失敗をしかねない。


 仕方ない。


 ファティリアの瞳の動きや発汗、仕草も参考にしつつ、集中して『揺らぎ』の波動からおおよその心情を割り出していく。


 ……

 …………はぁ。困った。どうやらファティリアはこの婚約がお気に召さないらしい。それだけならまだしも、あわよくば逃げてやろうとも思っているのだろう。

 仮病でも使われて婚約式をふいにされるわけにはいかない。この婚約は国の契約であり、この国の未来のために行われるものなのだから。


 どうしたものか。


 幸いと言っていいのか、ファティリアは表情こそ取り繕っているが内心気もそぞろで、周りがよく見えていないようだ。


 なら———。


「……どうかしたの? さっきから変だよ?」

「へ?」

「あ、もう僕たちの出番だ。ほら、手を出して」

「え、あ、はい」


 ちょうど私たちの出番だったので、それに乗じて『幼い王子』の雰囲気を醸し出しつつファティリアを誘導する。見事にファティリアは引っかかった。


「第一王子アルフォンス様、エンフォード公爵令嬢ファティリア様、ご入場」


 大広間の扉横に控えていた侍従が高らかに私たちの入場を宣言する。


 ファティリアは……呆然とした顔つきでそれを見ていた。しかしすぐに表情を作り、すました顔で私に手を引かれながら赤い絨毯を歩んでいく。……魔力は未だ揺らぎまくっているけど。


 途中、ファティリアはちらりとこちらを伺った。視線を感じて彼女の方を向く。


 ……ここで、逃げる意思を折っておかないとね。


 ファティリアに身を寄せて囁く。


「……まさか、逃げよう、なぁんて、思っていないよね?」


 彼女は一瞬凍りついたようだったが、次の瞬間にはまた取り繕った。


 ———そんなに優秀で面白いから、私のためにも手放すわけにはいかないんだ。ごめんね?


 ファティリアの魔力を再び見ると、『まさか、さっきのって確信犯……?』と疑っているようだったので、最後にもう一押し。


「多分、君の思ってる通りだよ?」

「……」


 彼女は今度こそ逃げる意思を——少なくとも今は——失ったようだった。











 私、第一王子アルフォンスとエンフォード公爵令嬢ファティリアの婚約は、王太子となる可能性が最も高い私に筆頭公爵家であるエンフォード公爵家を後ろ盾としてつけるためのものだ。筆頭公爵家は7年に1度、各公爵家の政治力や経済力を考慮し、議会の話し合いで決まるため、エンフォード公爵家は現在国内で最も勢力を誇る家だと言える。


 ……しかしここで懸念が一つある。


 エンフォード公爵家はここ20年近く筆頭公爵家の位を独占し続けている。現エンフォード公爵、つまりファティリアの父は、実力があり国王に信頼された忠臣、さらに次期公爵となる予定の長男も優秀で、多少短慮な面もあるようだが十分周りの人間が補いうる範囲だ。しかし前公爵は、父親が国王の弟だった(婿入りしたそうだ)ためか、当時の国王を蔑ろにするような言動がちらほら見られたそうだ。


 現国王、次期国王まではいいだろう。だが、その次、そのまた次の国王の代になった時に果たして王家に反旗を翻さないと言い切れるだろうか?


 万が一そうなった場合、国内最強の公爵家たるエンフォード公爵家の力は王家をも凌駕しうる。そうなれば確実に武力での争いとなり、結果国は荒れ果て、民は飢え、他国からの侵入を許すこととなる。仮に無血で謀反が成功したとしても王族は処刑や暗殺で皆殺しだろう。



 ……うん。ファティリア達には悪いけど、エンフォード公爵家にはほんの少しだけ力を落としてもらおう。

 私が王太子に立つにはエンフォード公爵家の力は必須、その上現在私と年のつり合いがとれる令嬢たちの中でファティリア以上に優秀な者はいないから、彼女が王太子妃に立てるよう潰したり大きな傷をつけたりすることはしないけど。


 エンフォード公爵家本家の近しい親族で脱税をしたり賄賂を受け取った者がいないか調べてみるか。






 あれから可能な限り手を尽くして調べてみたが、いかんせん子供の身では信頼できる配下の数も権限もないので、今のところあまり成果は上がっていない。

 まぁ、まだファティリアと結婚するまで10年以上はあることだし、気長に密かに進めていこうと思う。



 ……もっと。もっと強くなって、力をつけなければ。






 ファティリアが王子妃教育(実質王妃教育)の合間を縫って会いに来てくれた。


「お久しぶりです、殿下」

「久しぶりだね、エンフォード公爵令嬢」


 ……。ああ、なんだ。彼女は自発的に私のところに来てくれたわけではないのか。

 おそらく、公爵に言われたのだろうな。



 ……少しだけ、残念だ。



 そんな内心を押し隠して微笑みかけた。


「婚約者なのだからアルフォンスで構わないよ。私も君のことは名前で呼ぼう」

「……はい、アルフォンス殿下」

「折角だから、庭園でお茶にしよう。———誰か、お茶の用意を」




 ファティリアの手を引いて庭園に出る。


 今の時期は薔薇が満開で、宮廷庭師達が丹精込めただけあってその眺めは壮観だ。もちろん、他の花も咲いてはいるのだが、王宮の庭園に訪れる者たちは大抵この花を目当てにして来ていた。


「なかなかの絶景だろう?」


 そう言ってファティリアの方を振り返ると、いつもの()()()()高慢ともとれる微笑みを向けてきた。


「ええ、とても美しいですわね」


 一見頬を染め、滅多にみられない薔薇の大群に驚き感動しているように見える。

 しかし彼女の魔力は、見た目ほどの喜びようではないことを告げている。全く感動していないわけでもないようだが。


 何がいけないのだろう。




 ふ、と一瞬だけ、彼女の視線が鉢植えに植わった小さな薔薇に向いた。その一瞬、ファティリアの魔力は輝く鱗粉を纏い、瞳も煌めいた。



 ……もしかして。



「ファティリアはどんな薔薇が好き?」

「ピンクの大輪のものが好きです」

「……そう」


 嘘だね。いやに返答が早かったし、初めから質問を想定して返答を考えていたんだろう?


 ファティリアに信用されていないのは婚約式で脅し過ぎたせいだろうとは思うけれど、それにしてもなぁ……。

 どうせ私のことは『腹黒王子』とか思っているんだろうな……。


 まぁそんなことは置いておいて。


「花束にして持って帰るかい?」

「い、いえ、お気遣いなく」

「それならこっちのはどうかな? 父上には好きにしていいと仰せつかっているから、鉢植えごとあげる」

「え、で、ですが」


 流石のファティリアもこの申し出には戸惑ったのか、うろたえている。……素が見えているよ?


 私が指したのは先ほどの小さな白い薔薇。周囲の薔薇を引き立たせるために置いていたのだろう。そう珍しい種類ではなく、市井でも手に入るくらいのものだ。鉢植えも大人の手のひらに乗るくらいの大きさなので、公爵家にこのまま持ち帰ることも可能だ。


「これでも私たちは婚約者同士なんだ。贈り物の一つや二つ、必要だろう」


 ファティリアは戸惑っていたようだが、十分に素顔に近い表情で嬉しさを垣間(かいま)見せながら「ありがとうございます」と礼を述べた。



 ……。

 …………私も、ファティリアに負けぬように精進しなくてはな。











 あれから早いもので10年が経った。


 私もファティリアも王族としての教育の山場は終え、仕上げの段階に入っている。私は更に王立学園入学後に立太子することが内定した。


 ファティリアは相変わらず私を警戒しているようだが、たまに気が緩むのか高慢な令嬢の仮面が剥がれて面倒くさがりやな一面を見せるようになった。


 一方で頭脳労働はあまり苦にしていないようで、いつの間にか国内有数の商会を取り込んでのけていた。経営が破綻しかけていたとはいえ、自分のもとにつかせ、その上立てなおして見せた手腕には惚れ惚れする。


 ただ、その商会から手に入れた宝飾品やドレスを身に着けることが増えたのはなんとなく気に食わなかったので、黒い微笑みで『似合ってるよ』と褒めると、ファティリアは分かりやすく怯えてくれて、その表情を見て私は留飲を下げていた。



 本当に面白いなぁ。







 ……でも。彼女はどうやら私のものにはなってはくれないようだった。


 継続して行っていたエンフォード公爵家の調査。その調査で先代公爵についての驚くべき事実が明らかになっのだ。



 先代公爵は、我が国と競争関係にある国と()()()()()()()()()()つながりを持っていた。そして王座を奪い取る計画を立てていたのだ。


 それは、脱税や賄賂なんて軽い罪ではない。言うなれば、この国そのものに対する反逆の罪。


 先代が急死し、計画に一切関与せず、反対していたファティリアの父が当主となったことで計画は破棄されたようだが、これが明らかになれば、先代はもう亡くなっているとはいえ、エンフォード公爵家はどんなに軽くても取り潰し、最悪、一族郎党処刑(周りの貴族からの『潰し』を考えるとむしろこの可能性が高い)だ。……ファティリアが王太子妃になるなど、夢のまた夢だ。


 ———黙っていれば———


 そうも考えたが、『私が配下を使って何か調べている』ということは父の耳にも入っているようなので、じきに父の知るところとなるだろう。


 どうしたものか……。




 とりあえず、現公爵には私が先代公爵の罪について知っているということをそれとなく示すことにした。おかげでここのところ公爵と顔を合わせるたびに睨み合いになる。睨み合いといっても、『社交用の笑顔(※ただし目は笑っていない)』の応酬だが。






 そうこうしているうちに学園の入学式を迎えた。


 ファティリアと共に学園の並木道を歩く。彼女は道の両側に植わったこの時期に満開になる、ほんのり薄紅色の花が好きなようで、私が隣にいることも忘れて目を輝かせている。


 なんとなくその瞳に惹かれて横目でちらちらと見ていると、目の前でふわふわした茶色い髪の女子生徒が見事に転んだ。流石に目の前で転ばれたのに助け起こさないわけにもいかず、その少女に駆け寄った。


 手を差し出して引き起こすと、女子生徒は私を眩しそうに見てほんのり頬を染めて丁寧に礼を述べた。


 ……見ない顔だな。地方貴族の令嬢だろうか。



 ふと、近くの生徒たちの会話が耳に入った。


『まぁ。なんて転び方かしら。きっと周りをよくご覧になっていなかったのね。どこの田舎貴族かしら』

『あら、違うわよ。彼女、ちょっと前に噂になった子爵令嬢よ』

『え? あの、優秀な庶子だとかいう?』

『そうらしいわねぇ。でも、よりによって殿下の目の前で転ぶなんて……』


 そういえば、確かに少し前にどこぞの中立派の子爵が庶子の令嬢を引き取ったと噂になっていたな……。



 ……何かに使えるかもしれない。


 そう思って子爵令嬢に別れを告げてその場を後にした。






 件の子爵令嬢の家はやはり中立派で、子爵自身、うまく立ち回って権力から遠ざかることができる実力のあるもののようだ。加えて、令嬢も私とファティリアに次ぐ第三席で学園に入学しており、優秀との噂は事実のようだった。


 ……。これなら、いけるかもしれない。


 先代公爵の罪を王家が無かったことにし、代わりにファティリアを私の婚約者から外す。そして私の『絶対的な後ろ盾』となってもらう。密約ではあるが公爵家が隠蔽するのではなく()()()『そんな事実はない』と認めたならば、周りの貴族が真実を知ったとしても、公爵家を罪に問うことはできない。

 空いた私の婚約者の座は子爵令嬢に座らせればいい。


 そうすれば、ファティリアを最小限の傷で生かしてあげられるかもしれない。



 誰も死なせずに、平和的に王権が強化できるかもしれない。いや、してみせる。






 私はその日から子爵令嬢にまとわりつき、好意を持っている演技をした。


 子爵令嬢は嫌がっていたが、まぁ、些末(さまつ)なことだ。どうせ生贄は確定だし。


 ファティリアはこれ幸いと逃げようと、子爵令嬢に嫌がらせをすることで自分の悪評を広めて王太子妃候補から降りようとしている。


 私としても、ファティリアを婚約者から外す理由が必要だったので、特段注意はしなかった。決定打に欠けるので、そのうち、『嫉妬から子爵令嬢を殺害しようとした』とかなんとか罪を着てもらうことにした。……ファティリアが処刑されて死ぬよりはましだから。


 嫌がらせに対して周りは過敏に———特に男子生徒が———反応していたため、計画通りに(こと)(はこ)んでいった。






 ある程度噂が広まり、計画の詰めに入ることにした。


 子爵令嬢を呼び出し、私の計画について伝える。


 子爵令嬢は嵌められたことを知ってこめかみをひくつかせつつも私のことを呆れた面持(おもも)ちで見やった。そして、少しゴネたものの、私の『説得』に最終的に納得してくれた。


 物分かりが良くて助かる。どうやら結婚してもよい関係が築けそうだ。



 子爵令嬢がげんなりとして部屋を出ていくと、そばに控えていた従者———腹心だ———は、何か言いたげにこちらを見た。


「……なんだ?」

「私の申し上げたいことは(おおよ)そお分かりなのでは?」

「さあな」


 婚約式のすぐ後から10年来の付き合いの従者は、私の言葉を聞いて眉をぐっと寄せた。———まるで、痛ましいものを見るかのように。


「あのお方を、ご正室は無理としても、ご側室として迎え入れることもおできになったのではないですか」

「……」

「後悔は、なさらないと?」


 私は(しば)し目を閉じた。ほんの一瞬、(まぶた)の裏にあの日王宮の庭園で見た『彼女』の嬉しそうな様子が映る。しかし再び目を開き、その時にはもう、自分の為した決断に対して砂粒ほどにも後ろ髪を引かれるようなものは残っていなかった。


「今更だな」




 この前、ファティリアにつけていた隠密からの報告書を読んだ。そこには、屋敷をこっそり抜け出したファティリアが、王都のとある雑貨店で楽し気に店主と屈託なく談笑する様子が書かれていた。それは、私が今(まで)目にしたことの無いファティリアの姿だった。


 きっと、ファティリアを無理に私のもとに留めても、彼女を本当の意味で幸せにすることはできないのだろう。




 ならば———。



 君に幸あらんことを、玉座から願おう。




 君を愛していたよ、ティリア。











 第一王子アルフォンスが立太子された日、同時に第一王子の婚約者であるファティリア=エンフォード公爵令嬢は、王子の想い人である子爵令嬢を殺害しようとした罪で断罪された。公爵はこれを恥じて、子爵令嬢とも仲の良かった長男に公爵の座を譲った。公爵令嬢は婚約を破棄され、平民に降格されることとなった。



 公爵令嬢が市井に下る日、彼女の顔は不思議と晴れやかだったと言われている。


























《従者視点》


 子爵令嬢が遠い目のまま優雅に一礼して部屋を出ていくと、アルフォンス殿下は目を伏せ、少し温くなったであろう紅茶を口にされました。


 そのお姿が、国を背負われる者としてどうしようもない哀しみをたたえていらっしゃるように見えるのは私の気のせいでしょうか。


 殿下の10年以上にも及ぶ長い初恋をおそばで目にしてきた身としては、国のため、ささやかな幸せさえ許されない殿下があまりにも痛ましくてならないのです。


 同時に、この状況を作り出した元凶であるエンフォード前公爵への怒り、この国のために殿下と共に犠牲となるあの子爵令嬢への同情心、本来背負うはずの責務から逃げることを許されたエンフォード公爵令嬢への苛立ちなどがぐるぐると渦巻き、私はそのどこにぶつけることもできない、名伏しがたい感情を持て余しながら殿下を見つめました。


 殿下は私の視線にお気づきになると、そんな私の内心など全て見通されたような———いえ、実際ご存じなのでしょう———目をこちらに向けられました。


「……なんだ?」

「私の申し上げたいことは(おおよ)そお分かりなのでは?」

「さあな」


 殿下が瞳の奥に血の滴るような傷を見せながら平然として『王子』そのものといったご様子で微笑まれるので、私はたまらず申し上げました。


「あのお方を、ご正室は無理としても、ご側室として迎え入れることもおできになったのではないですか」

「……」

「後悔は、なさらないと?」


 そう、いくらエンフォード公爵家が王家に対して脛に傷持つ身で、正室は無理だったとしても、側室や愛妾としてならば、エンフォード公爵令嬢を迎え入れることは、殿下の優秀さを考えれば十分に可能であったはずなのです。


 確かに、あの方はアルフォンス殿下に対して恋や愛といった意味での好意はお持ちになっておられませんでした。けれども、少なくとも殿下に情はお持ちになっていたと思われます。でなければ、殿下が珍しく風邪を引かれたとき、殿下が寝付かれるまでそばについていらっしゃったり、殿下が陛下から密かに出された課題に苦しんでいらっしゃるとき、わざと強引に庭園に連れ出したりはなさらなかったでしょうから。


 あの方はそんなことはたいして気にも留めていらっしゃらないのでしょうが、肉親でいらっしゃるはずの両陛下ですらそんな気遣いはなさったことはないのですから、アルフォンス殿下が公爵令嬢を大切に思われるのは当然のことでしょう!!


 あの方の気が緩んだ時の面倒くさがりを、心から嬉しい時の内側から煌めくようなほのかな微笑みを、殿下の読心術に少し怯えながらも見せる呆れたような表情を、アルフォンス殿下は幸福(しあわせ)そうに愛おしんでいらっしゃいました。



 それなのに、国が第一で、陛下や王妃様すら味方とは言えない状況で、得られるかもしれないささやかな幸せよりも、あの方の自由(一番の幸せ)を望まれるのですか。



 そんな私の心の声を聞かれたのでしょうか、(しば)し黙考して目を閉じていらっしゃった殿下はぽつりと、しかしきっぱりと仰いました。


「今更だな」











 目を閉じれば、(まぶた)(にじ)むはある日の光景。



 アルフォンス殿下と、エンフォード公爵令嬢が王宮の庭園を散策なさっており、私はその後を少し離れてついて回っています。



 殿下は白い小さな薔薇の鉢植えを指さし、何か仰っています。公爵令嬢はそれを聞いて驚いたような顔をなさいましたが、やがてかすかに、しかし心から嬉しそうに微笑まれました。




 ああ、この方々が次代を支える立場になられるのか。

権謀術数蔓延(はびこ)る宮廷だ、きっと苦しまれることもあるだろう。けれども、せめてこの小さな幸せは守って差し上げたい。









 そう自分に誓ったあの日はもはや遠い。







 

 2019/11/20/11:32 ご指摘に伴い、本文の表現を一部修正しました。


 2020/2/8 従者視点を付け足させていただきました。従者君はアルフォンス殿下に心酔しているので、かなり殿下に肩入れした内容となっています。アルフォンス殿下が嫌いな方はすみません。


 もしかすると本編も含めて改稿したのち、ファティリア視点以降を連載形式として再投稿させていただくかもしれません。その場合、活動報告や各作品のあとがき欄でお知らせします。


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