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ペニー・レイン  作者: 青木勇気
7/22

【7】

「あのさ、『まるまる焼き』って食べたことある?」

「何それ?」

「この間仕事で巣鴨に行ってさ、地蔵通りのとこに屋台が出てたんだよ。ネーミングが気になったけど、営業の先輩と一緒だったからちゃんと見れなくて」

「鶴岡八幡宮にあるやつとは違うの?」

「あれは『カルメ焼き』だろ。大方お好み焼きを丸めた程度のものなんだろうけど……そう、お好み焼きが価格破壊を起こしてたよ」

響太はいつも話題に事欠くことがなく、あまねの反応を見ながら話を変える。


「安いの?いくら?」

「百五十円。アツいよ、おばあちゃんの原宿は」

「何だかんだ言って、結構チェックしてるじゃん」

「だって、先輩押し黙って死刑囚みたいに歩くんだぜ?『ホントにジジババばっかりですねー』とか言っても、『ああ、確かに』くらいのもんでさ」

「暗い人なの?」

「いや、俺が緊張感なさすぎるのかも。それに営業の人はね、クライアントに会う前に一度スイッチを切るんだよ」

「スイッチ」

「うん。法人営業マンならではのものかな。自分を会社の顔だって思わなきゃならないんだよ。好むと好まざるとに関わらず」

「愛想の良さを作ったりするのが必要ってこと?」

「それもあるけど、何ていうか、自信と謙虚さが共存したような表情を事前に作り上げる感じかな。難しいことだけど、優秀な営業マンは皆それをやってるよ」

「自信と謙虚さの共存。つまり、響太にはできないわけね?」

「ご名答。俺は小判鮫みたいにお供をして、たまにアイデアマンぽい発言をはさむだけ。俺二杯目飲むけど、あまねは?」

「ううん、大丈夫。まだある」


あまねは、すでに軽く酔いが回っていた。恰幅のいいグラスに入った焼酎は、その陶器のような白い肌を照りつけ、店員を呼ぶ響太の声を薄い膜の張った曖昧な音に聞こえさせた。いつの間にか、ガラガラだった店内は少しずつ埋まりはじめ、にわかにざわめき立つようになっていた。


「昔、霧島って力士いたじゃん?これ『黒霧島』ってやつなんだけど、どんな顔だったかなと思って」

響太はそう言うと、指先でグラスをコツコツと叩いた。

「私は寺尾が好き」

あまねは、有益な情報を与えることなく八分目くらいまで飲んだグラスを傾けた。響太がグラスを持ち上げると、喉仏がエレベーターのようにするすると上り下りを繰り返す。耳を近づけて聞いてみたい欲求にかられながら、頬杖をついてゆらゆらと揺れるアルコールを見つめていた。


「ねぇ、初めて飲みにいったこと覚えてる?」

「新宿の西口だっけ?」

「そうそう。あのとき私酔ってないのに、『あまねは酔うと怒りっぽくなる』とか言って」

「ああ、あったね。だって、からかってるだけなのにすごいムキになるから。でも、内心じゃ『この子やっぱいいな』ってしみじみ思ってたんだぜ」

「今は?」

あまねは、イタズラっぽく目を輝かせながら言った。


「今はもう……ねえ?」

響太は、はぐらかすように言って放っておいたつくねに手を出し、一方であまねは、ふくれっ面を見せて薄まった焼酎を飲み干した。

「まだ何か食べる?」

「ううん。もうお腹いっぱい」

「確かに、結構食べたね」

響太は、苦しそうに下腹部を押さえて息を吐いた。


「じゃあ、私の魅力って何?」

「魅力?そうだね、クールなところかな。カナダドライみたいに」

「『カナダドライ』って?」

あまねは、空になったグラスの中の氷をかじり、こもった声で問いかけた。

「ジンジャーエールとか作ってる会社。なかなかあそこまでクールな経営はできないもんだよ」

「私がクール……どのあたりが?」

「腰まわりが、さ」

響太は小さくため息をつき、あまねのほっそりとした人差し指を撫でた。


「ちょっと、ちゃんと教えて」

「実際、うまく言えないんだよ。俺にはないもの、とにかく俺はそれに惚れた。それじゃダメ?」

「ダメじゃないけど。ただなんとなく、確かめたくなっただけ」

「それじゃあ、俺の魅力は?」

「ユーモアかな。いつもうがったこと言うもんね」

「だって、誠実なだけの面白味のない男なんてイヤだろ?」

「それだけじゃないよ。でも、いちいち数え上げたらキリがないしね」

あまねはそう言うと、火照った顔で響太を正面から見据えた。


「そっか。そろそろ出る?」

響太は、うつむいたまま串置き場にしていたお皿に向かってぶっきらぼうに言った。あまねはうなずき、ジャケットを羽織って立ち上がった。


「で、今日はどうしようか」

響太は会計を終えて、背中に活きのいい見送りの言葉を浴びせられながら言った。

「うん、家行くよ?」

「いい提案だね」

あまねは、やっぱり照れ屋なところがいいと密かに思い、響太の腕を取った。ほんのりと温まったさくら色の指先は、古い屋敷に優しく絡まるツタのように、ごつごつとした二の腕を包み込んだ。

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