【22】
可織が勤務する最後の日、あまねは鶯谷を乗り過ごして上野で降りた。今日は遠回りしてゆっくり歩いていこう、そう思ってのことだった。
浮き足立つ構内を出発点として恩賜公園を通り抜けるコースは骨が折れるものの、その分季節の移り行きを眺めることができる。上菱のれん街横の似顔絵書きのいる階段を上り、鳩の群がる踊り場に出ると体がほんのりと温まってきて、試行錯誤の末に書き上げた手紙と焼き菓子の入った袋がゆらゆらと揺れた。
あまねは、風景と一体化した西郷隆盛像と上野の森美術館の立て看板を通過して、山吹色に染まった銀杏並木に迎えられる。そのまま道なりに行き、弥生時代の前方後円墳と言われるモミジ山と化した擂鉢山を越えると、誰もいない少しぬかるんだ野球場があり、西洋美術館とその周りに無造作に置かれたロダン作のオブジェが見えてくる。ここでちょうど半分くらいだった。
噴水前広場に行き着くと、途端に視界が開けて静けさが漂う。そこには、リーゼント頭で踊り狂う男たちも動物園に駆け込んでいく子供たちもいない。あまねは、槇村とのレッスンさながら軽く目をつぶって大噴水沿いに歩いてみた。
1、2、3……「初めは、こんなものです」
槇村の言葉を思い出しながら、できるだけ堂々と前を向こうと試みた。足元に転がる小石はいつもより意地悪く感じられ、冬の気配を含んだ冷たいそよ風が頬をさらい、景色の中へと溶け込んでゆく。
結局、あまねは二十二歩目で枝の折れる不吉な音に怯えて目を開けてしまった。立ち止まったその視線の先には、ライトグレーの不機嫌な空と、年老いたビーグル犬と、覇気のない花壇がある。それは、何の変哲もない日めくりカレンダーのような朝の公園だった。
《可織さん、どんな人と結婚するんだろう?》
腕時計に目をやると、九時を大きく回っていた。あまねは、今日は泣かないようにしなきゃ、そう自分に言い聞かせてそっと歩みを速めた。
(了)




