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ペニー・レイン  作者: 青木勇気
21/22

【21】

あまねは言葉に詰まると、魔法瓶に入れてきた温かいミルクティーを体に染み込ませた。濃いめに出してシナモンスパイスを加えたそれは、凝り固まろうとする文体を優しくほぐしてくれるように思われた。


ただ一方で、書き進めるほどあらゆる記憶は甦り、じわじわと胸を締めつけた。鳶色がかった彼女の瞳からは、涙が雫のように流れ出て、薄手のカーディガンの袖口を黒く濡らす。


あまねは、涙を拭く代わりに小さく二つ息を吐き、苔生した幹に寄りかかった。


ーーーーーーーーーー


この間、響太を責めて、それでもまだ責め足りなかった。


だけど、私の小さなプライドで責めるだけ責めて泣くだけ泣いて、さよならするのはイヤだった。きっと、後悔すると思ったから。


三年分の感謝をして、ちゃんとお互いのためにさよならしたかった。だから泣かないって決めた。(今日の私、泣かずにさよならできてた?)


今、明治神宮のあの木の下でこれを書いています。どんなに背伸びをしてみてもやっぱり、この木に比べて私の根っこはもろいと思います。


これから起こる出来事や感じたことを響太に伝えたくて、聞いてほしくて、そして、響太に起こる出来事や感じたことを聞きたくて、苦しくなるときもあるでしょう。


でも、それでも私は、あなたのいない毎日をがんばって生きていくよ。お互い幸せでいようね。


こんな風に私を愛してくれた人がいたこと、大切にします。


今まで本当にありがとう。さようなら。


あまね


ーーーーーーーーーー


あまねは一通り読み返し、ボールペンを置いて深いため息をついた。それは、ケーキ作りの最中にバニラエッセンスがないと気づいたときに出るような、独特の失意を含むものだった。


迷った挙句、赤ペンを取り出し、「さようなら」の上に二重線を引いた。それは、表現のうちに美化や陶酔が垣間見えたからではなく、書き上げたように見える手紙がまだ響太に渡す段階に至っていないと気づいたからだった。


あまねは、便箋に封をして手紙にしてしまうことを純粋に怖れたのだった。


その後は、可織の手紙を書くのが先決と気を取り直したものの、ペン先はへそを曲げたように鈍く滑りはじめた。あまねは、それでもしばらくは便箋に齧りついてみたが、思いの外疲弊している自分を認めて早々と木漏れ日を後にした。


帰り際に子供たちに目を向けると、相変わらずボールを追いかけ回している。あまねは、書くのを諦めたことに対するアンチテーゼのように繰り返されるボール遊びを横目に、ぼんやりと砂利道を引き返した。


「さようなら」という言葉を咀嚼するには、有り余るほどの孤独な時間が必要だった。

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