新世界Ⅰ-流れ星と恋模様-
北海道の大雪・・・嫌になる。
新世界Ⅰ-流れ星と恋模様-
「今日は雲ひとつなく奇麗な夜空だな、レイラ」
満天の星々が輝く夜空の空の下二人の男女が歩くロマンチックな風景。だが、歩く二人の身なりは決してロマンあふれるものではない。
二人は馬にまたがり、身につけているのは服ではなく甲冑。腰には剣がぶら下げている。日本人が目にしたらどこかの映画のセットで見る様な騎士の甲冑を二人は着ていた。
「エスト。深夜の見回りで気が抜けたことを口走ってんじゃないの!まったく!民や騎士たちの羨望とされる選騎士が呆れるわ。少しは自覚を持ちなさいよ」
若干、苛立った声を上げる女騎士。黒い髪を後頭部に纏め上げおり、瞳は淡い紫色。顔つきは凛々しさと美しさが合いまった麗人といえよう。身にまとう鎧も白をベースとした金色の装飾が施されている。まるで、彼女を含めて美術品と捉えてもおかしくはないだろう。
そんな女騎士に追随しているのは、無骨なプレートアーマーを男性の騎士。
髪は短髪の茶色で、緑色の瞳をしており、少したれ目気味な目つきがいかにも優しそうな男性だった。
男性騎士の名は〝エスト〟でもう片方の女騎士はレイラと呼ばれていた。二人とも同世代の騎士なのか、二人は気ままな談笑をしていた。
のだが……
(は~あ。二人っきりの巡回だってのに、なかなか機会が訪れない)
実はエストと名乗る騎士は今夜、一世一代の大勝負に出る気概でいた。大勝負―――つまりはレイラへの告白である。
エストの肩にかけている革袋の中には、準備しておいた花束がしまわれている。そして、幾つもある花の中には、本命とされる大変珍しい花もあった。
アマト草・別名〝恋人草〟。
夏に花を咲かせ、その花弁は白を下地にうっすらとしたピンクの紋様が浮かんでいて、万人が見惚れるほどの綺麗な花。
昔に病に耽る女に一人の男がアマト草を元にした薬で完治した際に告白した後、幸せな家庭を気付いたと言った逸話がある。
「それにしても、この間の休日に瀕死で帰って来た時は驚いたわよ。一体何しにミッシェル山脈まで行って来たのよ」
「えっと、知り合いの頼みでちょっと化け物退治に・・・」
「もしかして・・・危険種?あんたってバカ?たった一人でどうにかなる訳ないでしょ!ちょっと功績が上がったからって、調子に乗るんじゃないわよ。ったく」
馴染みの無謀だろう行動に腕を組み、苛立ちを募らせるレイラに苦笑するエスト。
(自分だって、無謀だって思ったさ。でも、お目当てのモノがあったからな~)
休日で酒場に訪れたエストが酒場で偶然聞いた噂。アマト草が危険種と呼ばれる化け物が根城にしている洞窟内部に咲いていると言う。それを聞いたエストは先に取られまいと、すぐさまその噂の場所へと向かった。単身で危険種の住処に乗り込み、命がけで(逃げ抜いて)一輪のアマト草をエストは手に入れた。
この花さえあれば、普段は運が悪い自分にも好機が巡ってくるだろうと勇んでいた。しかし、アマト草にはエストが知らないもう一つの話が合った。
逸話でもあるようにアマト草はとても優秀な薬を生成できる。その薬に必要なアマト草の球根は優に一年以上は遊べるだろう高値で取引されている。その理由もあって、アマト草は乱獲されて、今では希少とされている。
国の開発局か、薬剤師に売れば高額で取引され、宝石や指輪でも余裕に買えただろうに・・・酒場の人達の話を話半分に聞き、すぐさま駆け出したエストはその情報を知らないのである。
それはさておき、エストが今夜練りに練って考え付いた作戦名が〝星々の下での告白〟である。
(手に入れた花の為にも今日こそはレイラに告白しないと。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ!)
幼い頃から家族付き合いで一緒だった二人。その中でエストはレイラに心を寄せていた。だが、勝ち気なレイラと相反して弱気なエストは今日まで告白できないでいた。
理由はふたつある。
ひとつは身分差である。レイラは貴族の一人娘であり、エストは農民の一人息子。どう考えても、婚約など無理。しかし、運よくも二人が暮らす〝ラルズ〟は実力を重んじる国であり、農民の出でありながら戦場の功績により、騎士の位をエストは得た。
(俺もついに爵位を手に入れたんだ。レイラとは・・・多少、つり合いはとれて・・・ると思うんだけど)
以前、ラルズ国の豪族たちが起こした反乱があった。その戦には貴族が指揮する1000の軍勢が戦場に赴いた。当初の豪族たちの軍の総数は500人程度とされていた。だが、戦闘の半ば、反乱に加わってない他の豪族たちの新たな500人以上の軍勢が敵軍に寝返り、最悪の伏兵とな戦場に現れた。
敵軍の奇襲を受けて、貴族勢は総崩れとなり、挙句の果てに指揮していた貴族は敵前逃亡。指揮官が逃げ出した軍の命令系統は崩壊し、ラルズの軍勢は壊滅寸前となる。
しかし、その事態を収拾したのは団長として、配属されていたエストだった。地形と騎馬を利用した一撃離脱に援軍を待つ為の時間稼ぎ。壊滅寸前だった戦線を建て直して、後にレイラが率いる援軍が敵軍を強襲。そして、反乱軍との戦は幕を閉じた。その時の功績でエストは準伯爵の身分を得た。
「エストが出世したのも私のおかげでもあることをあなた忘れてない?私たちの隊が少しでも遅れていたら全滅してたのかもしれないのよ」
「ああ、それには感謝してる。事前に各地の豪族の動きが怪しいからと、軍を待機させてたのは驚いた」
「気付かない方がどうかしてるのよ!あの馬鹿貴族!いま思い出しただけでも腹が立つわ!なにが『野蛮人の策など恐れるに足らず』よ。足元を掬われて、仲間をほっぽって逃亡!終いには尻拭いをされたエストに責任を押し付けようとするなんてどういうことよ!」
当時の事を思い出したのか、レイラは夜空に向け怒りの丈をぶつけた。平原にすむ小動物や鳥たちが、驚いては一目散に逃げていく。
「ま、まあ、あの時は俺を庇ってくれてありが・・・」
「誰も庇ってなんかいないわよ!それに罰則が降格だけですって!剥奪ぐらいしなさいよ、国王!ああっ、あのひ弱貴族のボンボンに一発とは言わずに連撃くらわせとけばよかったわ」
(あれはすごかったなあ……殴られて錐もみ一回転で吹っ飛ぶなんて初めて見たよ。狂犬の異名は伊達じゃなかったなあ)
そう。鎮圧後の重鎮たちの会議の際で敵前逃亡した貴族の指揮官が、情報不足だったことを理由に第一師兵団のエストに罪を被せようとした。間近で聞いていたレイラが指揮官の言い訳を聞き終える前に鉄拳制裁。レイラは口よりも先に拳が語る。
指揮官だった男は会議中、速医務院に直行。症状は頬骨に顎が崩壊、歯全損、眼球陥没と酷いありさまだった。そして、本人がいない前で戦時の不祥事に対する罰則が決定された。内容は一般兵への降格に財産の強制接収、保有地の分割と義務付けられた。接収されたそれらは功績を上げたエストに寄贈されることになった。
(レイラ達を養うには十分な資産や土地も手に入れた。残りの問題は例の制約かあ)
問題のふたつ目……これが最大の難関である。男譲りな性格であるレイラだが、見目は端麗で通り過ぎる男性は誰しもが目を向けるほど。レイラの美貌は自国でも5本の指に入るほどであり、彼女に婚約を求める男性は数え切れないほどいた。だが、当の本人は求婚を煩わしく感じていて、求婚を求められた時には、苦虫を百匹は噛み潰したような表情をしていた。
そして、ある時にあまりにもしつこい貴族の男が付きまとわれた際にレイラは遂に堪忍袋の緒が切れた。交際を迫った相手に剣を突き付け、衆人の目の前で堂々と宣言した
『私より弱い者を夫とするつもりはない!私が欲しいのなら、実力で・・・剣で奪ってみせろ』と実に男らしい謳い文句だった。
それからと言うもの、今まで婚約を迫る男性に決闘を言い渡しては、文字通りの意味で叩きのめしてきた。婚約を迫る者の中には『権力や財力も自分の力の内だ!』と屁理屈をこねて、雇った傭兵や荒くれ者をレイラにぶつけてくるのもいた。そんな雇い主は自分の兵を全滅された後に『こんっの、玉無し男がっ!』との罵声と共に股間を蹴り上げられて、言葉通りの悲惨な目にあった人物もいた。
騎士や貴族、侯爵に至るまで。レイラは彼らの婚約の一切を例外なく断り続けている《難攻不落の美女》なのだ。
(今日は決して轢かないと誓ったのだ。ましてや、俺たちは騎士だ。今後はもうこんなゆとりも取れないやもしれない)
平民の出だったエストは兼ねてからの才能と武勲に免じて、領主から騎士の称号を得た。そして、つい先日に大型危険種の討伐で功績を上げたエストは準男爵の地位さえ得たのだ。
ファルセーヌで最高戦力とされる聖騎士のレイラに多少の見劣りはするだろうが、周りを納得させる肩書は手に入れた。残る最大の難関はレイラへの交際に繋がる決闘となる。エストは汗ばむ手で鎧の中の花束を握りしめる。
(告白したら、一騎当千を相手か~。好きな相手に剣を向けるのもどうかと思うけど、レイラの決意を揺るがすには勝利するぐらいできないと)
ドクンドクンと波打つ鼓動が胸を打つ。そして、エストは覚悟を決めてレイラに告白を切り出そうと声をかけようとした。
「ねえ、エスト」
「は、ハイィ~~」
刹那、レイラの声がエスト声に重なった。
「何か言おうとしてた?」
「いやいや、何でもないよ!それよりもどうかした。敵の斥候?それとも、盗賊?はたまた危険種でも見つけたのかい。だったら、すぐにでも街に戻って討伐隊の編成を・・・」
エストは手を左右に振って、矢継ぎ早に言葉を交わす。そんな彼の様をレイラは目を細めて訝しげに見つめた。
「何をそんなに慌てふためいてるのよ。ここらの危険種なんて隊を編成しなくても、私一人で……って、違う違う!アレよ、アレ」
レイラの無茶ぶり発言に若干頬を引き攣らせるエストだが、興奮気味のレイラが指さす夜空に目を向けた。
空には満天の星空―――そして、一際光り輝くひとつの星があった。
「あれは何かしら……星にしては光りすぎてるわよね」
「星は光って当然……じゃないな。星の光じゃない。それに移動だってしてる」
「流れ星でもないわ。流れるというよりもまっすぐ落ちてる。いえ!落ちてくる!」
エストたちが見つけた星は夜空に一本の線を描くように落ちていた。しかも、目で測れる距離で地上へと落ちていく。
「この距離だと【グラスの森】へと落ちるわ。【グラス】にある村から幾分かは離れてるけど、楽観はできないわね。とにかく、現場へ向かうわ」
「ああ。増援を呼ぼうにも時間はなさそうだしね」
軽口を躱す二人だったが、一瞬にして表情が引き締まり、星が落ちるであろう【グラス】方面に駆けだす。目的地へと向かう夜道は獣たちが獲物を探して徘徊しており、そんな獣は通り過ぎる獲物を見過ごすわけがなく、二人に襲いかかる。
野犬、大型蝙蝠、大蛇などと出くわすが、どれもが二人の疾走を一瞬たりとも止められずに首を跳ねられ瞬殺されていくのだった。
奔っているうちに目的地である【グラス】が目前となる。星がよりはっきりと見て取れ、二人は星の変化を目にする。
「星……というよりも小さな太陽みたい」
「ああ、率直に言うと光の塊だ。いったい、なんなんだろうねアレ。もしかして、帝国の最新兵器だとか」
「否定できない所が怖いわね」
帝国と呼ばれる国家はこのグランディード大陸では一つのみ。
【セルザイム帝国】―――人口と技術力、兵士としての資質でグランディード大陸での最大の軍事国家とされている。そんな大国ならばあのような未知なモノを造っていても納得もできよう。
「徐々に速度も落ちてきてるみたいね」
「まあ、実際には流れ星の速さに追いつける訳ないしね。この速度ならアレを見失うことはなさそうかな」
「あまり気分がよさそうなモノでもなさそうだし、エリスは村の人たちに適当な話をつけて避難させておいて」
「ちょっ!一人で行くつもりなのか、レイラ。まだ、あの光の塊がどれほど危険なのか、わからないんだぞ。俺も一緒にいぶぐわはっ」
エストがそう発言すると同時にレイラが横で並走しているエストの鳩尾に裏拳を放った。一見ツッコミのような気軽さに見えるが、エストが纏う厚いプレートメイルの表面が凹み、体勢をくの字にして横に吹き飛ぶ様はレイラの一撃がどれほど強烈で重いのかを証明している。
「ぐおおおおぉぉ」
流石のエストもこれには腹を抱えて蹲る。地響きのような小さな悲鳴を上げ悶絶するエストにレイラは指し示しては怒鳴りつけた。
「私を誰だと思ってるのよ。私はアンタの上官なんだから黙って村の避難誘導をしておきなさい!これは上官命令よ。じゃっ」
蹲っているエストに要件を簡潔に伝えるとレイラは森の方へ突っ走っていった。よろよろとふらつきながらもエストは立ち上がる。
「いちち。相変わらず手が出るのが速いな。でも、ここは分担するのが正しいか。まったく、猪突猛進なのに判断はいつも性格なんだよな」
一人愚痴を吐き苦笑するも、すぐに顔を引き締め、エストは村に行く方向に駆けだす。
(頼むから俺が告白する前に死ぬなないでくれよ)
エストは心からそう願う。ふと、頭に浮かんだ願掛けモノに心の中で苦笑する。
(無事を願う相手を危険に晒そうとしているのが、本来願いを聞き届けるべき流れ星だとは皮肉だな)
そう思った時だった。エストは目にした光景に思わず足を止めた。今でも信じられない現象だというのに、更なる目を疑う光景が出てきた。
落ちてくる光の塊がまるでエストの願いを受け止たかのように、森の上空でピタリと停滞したのだ。
次回に主人公再登場?