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空海なら、現代日本で何をする?  作者: 宝蔵院胤舜
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衆生済度と精進

空海なら、現代日本で何をする?



衆生済度と精進



今日は、俺もアキちゃんもバイトは昼までで上がりだったので、近くのマ〇ドで昼ごはんでも、という事になった。

東〇プラザのすぐ隣の、ホテルサーブ〇戸ア〇タビル内にある、マ〇ド新〇田駅前店に入ると、レジ前に立ち尽くしている空海の姿があった。

「あれ、空海何やっとお?」

俺が声を掛けると、空海はビクッと肩を震わせた。

「良い所で来てくれたわ」空海は情けない表情で振り返った。「一ペン試してみようと入ったはエエんやけど、何が何やらサッパリで」

「全然判らんと入ったんかいな?中々チャレンジャーやな」

「ねえ空海さん、マクド初めてなん?」

アキちゃんが小首をかしげた。

空海は小さく頷いた。

「ホンマ?なら一緒に注文しよ。私のオススメでエエよね。どうせヒロシくんの奢りやし」

いつの間にそうなった?


ハンバーガーを頬張りながら、アキちゃんが尋ねた。

「ねえ空海さん。お坊さんって、お肉食べてもええの?」

俺は、目からウロコだった。酒について尋ねた事はあったが、肉に関しては当たり前のように受け入れていた。

「ほら、ちゃんと食べてますよ」

空海は笑って言った。

「いや、ほら、昔テレビで『西遊記』やってたやん。堺マチャアキの」

「アキちゃん古いなあ」

「もお、ヒロシくん黙っといて。でな、三蔵法師の夏目雅子が托鉢に出て、『なまぐさ物は頂けません』みたいな事言ってたやん。なまぐさ物ってお肉とかお魚やんな?どうなんかな思て」

「良い質問ですよ」空海は笑って答えた。「確かに仏教には、『不殺生戒』があります。それに基づいて、肉食を戒めています。ただ、『三種の浄肉』という律もあるのです」

「サンシュノジョーニク?」

「そう。三種類の清浄な肉。ひとつ、殺されるところを見ていないもの。ひとつ、自分に供される為に殺したと聞いていないもの、ひとつ、自分に供される為に殺したのでは無い事の疑いのないもの。見聞疑と略されてます」

「どういう事?」

アキちゃんは首をかしげた。俺も首をかしげた。

「まあ簡単に言うと、このハンバーガーがそうですね。不殺生戒は、自分で殺してもあかんし、自分の希望で誰かに殺させてもあかん。でも、この肉は、私が食べる為にこの牛を殺して肉にしたところを見た訳ではない。不特定多数の消費者の為に食肉としているので、当然私の為に殺したと聞かされる事もない。そんな条件だから、私の為に殺した訳ではない事は間違い無い。そんな肉は、食べても良い、と『四分律』というお経に説かれているんです」

「そうなんや。お肉オッケーなんや」

「昔の、インドのお坊さんは、托鉢でしかご飯を食べたら駄目やったんです。で、托鉢しに行くと、色んな人が功徳を積む為に食ベ物をくれる、つまり『布施』をしてくれる訳ですけど、中には肉とか魚しか布施出来ひん人もおる訳ですね。それを断るのは、その人の功徳を積む機会を奪ってしまうという事で、残り物の肉を頂くのは良い、という事になってるんです」

「なら、マ〇ドもバッチリやな」

俺が頷くと、空海も頷いた。

「見聞疑の上に弘史が奢ってくれた。つまり『布施』ちゅう事やから、完璧や」

空海が話している間、ハンバーガーをモグモグしていたアキちゃんだったが、コーラでそれを流し込むと、再び口を開いた。

「この間な、テレビで『ぶっちゃ〇寺』ての見たんやけど、仏教は『シュジョーキューサイ』が一番の目標って言うてたけど、『人を救う』ってどういう事?」

アキちゃんは率直なギモンで尋ねたようだったが、空海は真剣な顔になった。

「そうやなぁ。では、逆に質問なんですが、アキちゃんは『救われる』てどんな事やと思います?」

「そやな、ゴキブリ出たらやっつけてくれたり、強盗に入られても追い返してくれたり?」

「そう考えるのが自然ですよね」空海は微笑んだ。「それは、『観音経』というお経にも説かれています。アキちゃんが言った通りの事が書いてありますよ」

「ホンマに?」

「ええ。例えば『悪人に崖から突き落とされても、観音様を念ずれば宙に浮かんで救かるよ』とか、『刃物を持った悪人に取り囲まれても、観音様を念ずれば奴らの刃物は砕け散ってしまう』とか」

「スゴい!観音様スーパーマンやん」

「ただ、これには大きな罠があって」空海は悪い顔をして見せた。「救けて貰うには、ひとつ重要な要素があるんです」

「何やろ?」アキちゃんは首をかしげた。「笛を吹いて呼ぶとか?」

「マ〇マ大使かい」

俺は思わず突っ込んだ。

「重要な要素と言うのは」空海には俺の突っ込みは判らなかったらしい。「救けて貰えるのは『念彼観音力』つまり彼の観音力を念ずる時だ、と言うのですよ」

「どーゆー事?」

「観音菩薩は、全ての困っている人を救おう、という誓いを立てて、それを実行しようと日夜努力を続けているのですよ。『念彼観音力』とは、その観音と同じ気持ちになりなさい、という意味なのです」

「それってつまり、自分も努力しなあかんって事?」

「ご名答」アキちゃんの答えに、空海は満足そうに頷いた。「仏教は、基本的に自力(じりき)、つまり『自分で自分を救う』という考えです。念彼観音力、要は自らの不断の精進によって、何か起こった時に冷静に対処出来たり、的確な助力を貰えたりする、と解釈するのが正しいと思いますね」

「そうなんやね。けっこう冷たいねんね、仏教て」

アキちゃんは肩をすくめた。

「そうかも知れません」空海も肩をすくめる。「その代わり、気の済むまで話しを聞いたり、一緒になって悩んだりもしますよ」

「……ああ、そうやね」

この間の事を思い出して、アキちゃんは小さく頷いた。

「まあそんな訳で、弘史の奢りで頂いた食べ物を残さず食べるのも、大事な精進の一環なんですわ」

空海は涼しい顔でそう言うと、胸の前で手を合わせた。


20181027

20190329改


註 : マ〇ド 『マ〇ドナ〇ド』の関西的呼称。

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