免許
空海は、現代日本で何をする?
免許
平成二十六年(2014)六月の後半戦。
「おい、弘史、これ、捨てちゃあかん奴やろ?」
ある朝、資源ゴミとして新聞を整理してくれていた空海が、俺に声を掛けて来た。
見ると、兵〇県公安委員会からの運転免許証更新のお知らせハガキだった。
「お、それ探しとってん。どこにあったん?」
「新聞の間に挟まったあったで」
「間違えて捨ててまうとこやったな。あぶなかった」
俺は空海の手からそのハガキを受け取った。
「それは何や?」
空海が首を捻った。
「これは、自動車免許の更新の案内や。俺はこんたびからようやく一般運転者講習対象者になるんや」
「何がどう違うんや?」
「一般運転者講習対象者ってのは、過去五年以内に三点までの違反が一回だけやと、次の更新は五年先になるんや」
「普通やと何年なんや」
「三年やな」
「五年になると、何かええ事あるんか?」
「更新手続きが楽になるな」
「そんだけか?」
「いや。あと更に五年、無事故無違反で過ごしたら、ゴールド免許になんねん」
「ゴールド?」
空海は首をかしげた。
「ああ、いきなり色の話になったな、悪い」
俺は言いながら、サイフから免許証を取り出した。
「これ青い帯があるやろ。フツーはこの色やねん。ちなみに、初心者は三年間緑色なんや」
「ああ、あの"若葉マーク"て奴やな」
「そうそう。で青色は普通やねんけど、五年間違反一回、もう五年間無事故無違反やったら、ここの帯が金色になんねん」
「ほう。ゴージャスやな」
「やろ?で、ゴールド免許やったら、色々とお得やねん」
「何がそんなにお得なんや?」
「先ず、更新が五年後になる」
「それなら青の五年と同じやないか?」
空海はまた首をかしげた。
「それがな、ゴールド免許は『優良運転者』て事で、手続きが楽になんねん」
「どんだけ楽になるんや?」
「〇石の免許更新センターに行かんでも、〇宮で出来んねん。メンドくさいんや〇石行くの。電車で行ってバスに乗り換えなあかんし。〇宮なら、地下鉄の駅降りてすぐやし」
「交通の便がええのは助かるな」
「あと、普通やと二時間講習を受けなあかんねん。五年でも青やと一時間受けるんやけど、ゴールドなら三十分でええねん」
「成る程、優良やから、もういちいち講習受けんでも大丈夫て訳か」
「まあそう言う事やろな」
「十年掛けて『優良運転者』になるんやもんな。そら信用ある言う事やな」
「そのお陰で、自動車保険も、ゴールドなら割引があんねん」
「保険て、起こるかも知れない事故に対して掛ける担保の事やな」
「そうや。ゴールドなら事故も起こり難いやろうし、保険を使う可能性も低いから、保険会社としても良い客て事なんやろな」
「まあ、十年間何事も無いて大変な事やろうからな」
空海はしたり顔で言った。
「結構大変やねんで、十年て」俺はあえて真面目くさった表情で言った。「兵〇県内では、年間二万件以上の交通事故が起こって、百人以上の人が死んでんねんからな」
「人の命を預かってるんやから、ホンマ大事なもんやな運転免許って」
空海は大きく頷きながら言った。それを聞いて、俺も改めて自分の責任の大きさを感じた。
「俺もな、幾つか免許を持ってるんやけど、一番責任が大きいんは、唐で恵果和尚から貰った、密教第八世の印信やな」
空海は吐息混じりに言った。
「何や印信て?」
「簡単に言えば、『密教の全てを引き継いだ証』や。印信を渡す言う事は、自分の知識や経験を全て伝えた、という証明やから、渡す方も責任重大やねん」
「そうやな」俺は大きく頷いた。「その弟子がアホやったら、何やってんねん先生ってなるわな」
「そやから、そんな免許を持ってる弘史は凄いんや、と改めて尊敬するわ」
そう言って微笑む空海から、俺は顔を背けた。何だか気恥ずかしくなったのだ。
「そんな大したモンちゃうて」
俺は肩をすくめて言った。
「免許持ってる事が、凄い事なんやて」
空海はそう言って大きく頷いた。
20210905




