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空海なら、現代日本で何をする?  作者: 宝蔵院胤舜
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三密

空海は、現代日本で何をする?



三密



※2019年12月、中華人民共和国湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として最初の症例が確認されて以降、武漢市内から中国大陸に感染が拡がり、中国以外の国家と地域に拡大していった。2020年1月31日に世界保健機関(WHO)は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (PHEIC)」を宣言し、2月28日にはこの疾患が世界規模で流行する危険性について最高レベルの「非常に高い」と評価し、3月11日、テドロス・アダノムWHO事務局長はパンデミック相当との認識を表明した。

(Wikipediaより抜粋)




令和二年(2020)の四月中ば頃。

新型コロナウイルス感染の猛威は全世界を席巻して、日本でも四月七日に〇玉県、千〇県、〇京都、神〇川県、〇阪府、福〇県、そして俺達の住む兵〇県にも緊急事態宣言が発令された。

人との接触を八割減らす、いわゆる『密閉、密集、密接の3つの密を防ぐ』事が必要だ、として、色々な行事・イベントが中止され、『SE〇YU』バイトも時間差出勤や出勤日数を減らす等の対策が取られた。

「それにしても、自宅待機いうのも大変やな」

俺は、鍋を振りながら言った。コロナのせいでバイトが極端に減った上に、極力外出を控えるよう言われているので、この所食っちゃ寝生活が続いている。

今日の昼は、『菊〇』の生麺を使ってラーメンを作っている。スープは『〇覇(ウ〇イパー)』を使った正油ベースの鍋振りラーメンだ。

「何言うてんねん」空海は笑った。「テレビやDVD、本やネット、デリバリー、何でも手元に揃ってるんや。暇する暇も無いやないか」

「まあそうなんやけどな」俺は肩をすくめた。「何かこう、拘束されると窮屈やろ?何か不自由に感じてまうねんな」

「普段は"休みたい"言うてても、いざ休みが多いと"不安や"てなるんやな」

「仕事は収入と直結しとるからなぁ。心配になるのも判るで」

「弘史は平気そうやな?」

「俺は生まれつき呑気やからな」

「イライラせえへんのはええ事や」

空海は笑って言った。

麺を湯切りしてどんぶりに入れると、野菜をてんこ盛りにしたスープを注ぎ、上に温玉を乗せて、荒挽きコショウをガリガリかけて、野菜ラーメンの完成である。

ラーメンを食べながらテレビをつけると、どのチャンネルでも連日のようにコロナウイルスの感染者の数を伝え、危機感を煽るような報道が操り返されている。

「密閉、密集、密接の三密があかん、て言われると、やっぱり外出しにくいな」

俺がそう言うと、空海は片方の眉を上げて言った。

「"三密があかん"て言い回しがちょっと気になるな」

「何がや?」

「真言宗では『三密』を大事にしてるんや」

「どういう事や?」

「その昔、お釈迦さんは『生きる事は苦しみや』と喝破したんや」

「そっから始まるんや」

「その苦しみはどこから来るのか?それは煩悩からで、その煩悩を引き出すのが(とん)(じん)()の三毒。この三毒は俺達の行動や言葉、想いで導かれ、増殖して行く。この行動、言葉、想いを(しん)()()三業(さんごう)と表現した訳や」

「三業か。業って、『業が深い』とか言うあの『業』か?」

「そうや。業というのは行いと、その行いに対する結果を指すんや。因果応報て言うやろ。その因果というのが『業』という事や」

「ええ事したらええ報いが、悪い事したら悪い報いがあるって奴やな」

「そうや。元々『業』という言葉に善悪の意味は含まれてはいないんや。ただ、人間はどうしても三毒に影響を受けてしまう。やから、三業というのは悪因悪果の代名詞みたいになってしまったんや」

「そうやなあ。自分の欲望を満たそう思たら、ええ事ばかりやってられへんもんなあ」

「三業で罪を作るから、人間はなかなか成仏出来ひん、というのが顕教(けんぎょう)、まあ一般的な仏教の解釈やな」

「いつぞや『三却成仏』とか言うてたな」

「そうや」空海は満足そうに笑った。「何度も輪廻転生して修行を積まなあかん、という訳や。しかし」

「しかし?」

「密教、我が真言宗は違う。この身このまま仏になれる、即身成仏という考え方なんや」

「即身成仏てあれか、東北の方の、ミイラになる奴」

「出〇三山のは即身仏や。あれは別モンや。即身成仏は、生きてる間に仏になる事やからな」

「生きてる間に仏になれるんか?」

「なれる。その為の修行が、身口意を清浄に保つ事なんや。身口意を清浄に保つとは、自分が仏である事を意識する事や」

「俺ら、仏にはほど遠いで」

「遠いと思い込んでるだけなんや。俺らの中には『仏性』があって、本来は仏と同じ存在なんや。で、自分が仏である事を意識しながら身口意を働かせれば、"三業"は"三密"になる訳や」

「でも、身口意って、普段の生活でフツーにしてたら、そんな仏教的な事なんか考えてられへんで」

「そらそうや。そんな事してたら窮屈で仕事にならへんしな」

「どしたらええん?」

「常に三密を意識するのは難しいやろうけどな、例えば一日五分だけとかやったらどうや?」

「それなら出来るかもな」

「朝起きた時とか、夜寝る前とか、そんな一時で出来る三密修行があるで」

「どんなんや?」

「『阿息観』や」

「あそくかん?」

「まず座る。半跏座でも、正座でも椅子でも良い。背筋を伸ばして、合掌、礼拝」

「合掌、礼拝もせなあかんか?」

「日常から区別をつける為に、やっといた方がええな。意識の切り替えや。で、次にへその前で法界定印を結ぶ」

「ほーかいじょーいん?」

「大日如来を表す印契やな。左掌の上に右掌を乗せて、親指と掌で軽く円形を作る感じやな」

「ほう。それで?」

「で、こっから『阿息観』や。まず深呼吸。口から息を吐き切る。腹を凹まして、もうあかんって所まで吐く」

「深呼吸って吸う所から始まるんちゃうんや」

「とりあえず体内の汚れや淀みを出す事から始めるんや。吐き切ったら、鼻から吸う。吐き切ってるから、自然に空気が入ってくる筈や」

「なるほど」

「これを三回やって、息を吸ったら、そこから『阿息観』を始める。息を吐く時に、微音で『ア』と発しながら吐くねん」

「アー、て声を出すにも、何か意味があるんか?」

「阿字は、大日如来を表す梵字や。自分が、大日如来のように心静かに居られるように念ずるんやけど、判り難かったら、何も考えんでもええで」

「無念無想とかいう奴か?」

「そんな難しく考えんでもええで。フツーにしてたらええわ」

「そんなんで大丈夫なんか?」

「大丈夫や。最初はめっちゃ雑念が湧くけど、だんだんと勝手に落ち着いて来よるわ」

「そんなもんか」

「息が続くまで吐く。自然に吸う。これを十回操り返して、終わったら、合掌して三回深呼吸して、礼拝して終了。五分では終わらんかもやけど」

「そんな簡単に出来るもんか?」

「ああ。やる事はそんなに多くないしな。そしてこの、手に印契、口に阿字、心に平安、これこそが身口意の三密の体現なんや。で、これを続ける事によって、普段から無意識に三密を働かせられるようになる、という訳や」

空海がそう言った時、突然部屋の扉が開いた。

「こんばんはー、お邪魔するでー」

入って来たのは、二つ隣のワタルくんだった。今年で大学四回生なのだが、コロナ禍で大学の新学期が始まらないので、今だ自宅待機中である。

「ワタルくん、ノックが先ちゃうか?」

俺は笑いながら言った。

「『ノックは無用』て昔の人も言ってるやん」

ワタルくんも笑いながら言う。

「横山ノックかいな」

そう突っ込んだ俺をスルーして、ワタルくんは空海の前までやって来た。

「ちょっと写経させてくれる?」

ワタルくんの口から出たのは、意外な言葉だった。

「勿論ええけど、どしたん急に」

空海が穏やかな表情で尋ねた。

「いやね、この所家におるしかなくて、する事なかったんで、You〇ube観てたんや。そしたら、須〇寺の副住職さんの動画があったんや」

「ああ、小〇さんな」

俺は頷いて言った。小〇副住職が、You〇ubeで法話を配信している、というのは、空海から聞いていた。

「その動画の中で、『自宅写経のすすめ』いうのがあってな。『コロナ自粛で家に居らなあかんのなら、家で出来る事をしたらええ。折角の機会やから、般若心経を写経して心落ち着けて、コロナ終息のお祈りしてくれ』て。須〇寺のHPから手本をダウンロードして、写経したらいいて言うてたから、一ペンやってみよかなぁて」

見ると、手にはコピー用紙二枚と筆ペンを持っていた。コピー用紙には般若心経が薄字で印刷されている。

「ええやないか。でも、何でウチに来たんや?自分トコでやった方が落ち着くんちゃうか?」

空海がそう言うと、ワタルくんは大きくかぶりを振った。

「俺が写経するって言ったら、ウチのオカン、何て言ったと思う?『熱あるんちゃうか?』やて。姉ちゃんも『ようやく今までの悪行を悔い改める気持ちになったか』とか言うねん。とてもやないけど落ち着いてなんていられへんて」

「踏んだり蹴ったりやな」

俺は思わず笑ってしまった。ワタルくん家の女連中は舌鋒鋭い事で有名である。

「写経も、三密の修行にもって来いやで」

空海は俺を見ながら言った。

「で、動画で言うてたんやけど」ワタルくんは言葉を続けた。「お大師さんが書いた『般若心経秘鍵』ていう本があって、その本に、ある年に疫病が流行った時に、お大師さんが嵯峨天皇に疫病終息祈願の写経を勧めたんやて。で、天皇が一巻写経したら、すぐに疫病が治まったんやって。こんな折やし、俺もちょっとでも何か出来たらな思て」

「そうか。ええ心掛けやないか。ここ使(つこ)てええから、がんばりや」

空海はそう言いつつ立ち上がると、俺に近付いた。ワタルくんは、テーブルを占拠して写経を始めた。

「なあ弘史、実はな」

空海は小声で話しかけて来た。

「何や?」

「俺な、この間須〇寺の副住職から、さっきのワタルくんの言ってた写経の話、聞いたんやけど」

「ああ」

「俺、確かに『般若心経秘鍵』は書いたけど、疫病云々のくだりは書いてないんやけどな」

空海はそう言って、小さく肩をすくめた。




20200518

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― 新着の感想 ―
[一言] コロナの三密は回避しないといけませんが三密修行はこういうご時世だからこそ大事ですね。 >「俺、確かに『般若心経秘鍵』は書いたけど、疫病云々のくだりは書いてないんやけどな」 おっと、次は般若心…
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