湯治
空海は、現代日本で何をする?
湯治
平成二十六年(2014)四月末頃。世の中は、既に大型連休に突入している。
空海が生還してから一週間ほどが過ぎた。十日ほど絶食の期間があったので、まだ完全復活とまでは行かないようだが、普通に起き上がり、食事もほぼ元通りになった。
「何か心配掛けたな」
あったかいお茶を飲みながら、空海が頭を下げた。
「別に。無事にそこにおったらそれでええねん」
「アキちゃん達にも迷惑掛けたしな」
「色々してくれたで。体調が完全に戻ったら、何かお礼せなな」
「そうやな」
「ところで、一体何やったんや、あの不調の原因」
「よう判らへんけど、"リセット"やったんかなあって」
「リセットて。するってえと何かい、毎年、旧暦三月二十一日にはあんな事になる言うんか?」
思わず変な言葉使いになってしまった。
「まあ状況としてはそうやろな」空海は平然として言う。「ただ、今回は初めての事でこっちも準備が出来てへんかったから、完全に倒れてしもて皆に迷惑掛けたけど、次からは大丈夫や」
「どう大丈夫なん?」
「判っていれば、断食と一緒や、あっさりとやり過ごせるわ、多分」
「多分かいな」
俺にもようやく笑って返せるだけの余裕が出て来た。
「何だが、ちょっと前より感覚が鋭くなったような気ィするで」
空海も笑って言った。
「スー〇ーサ〇ヤ人みたいに、死にかけたら前より強くなるんか?」
俺はそう言ってみたが、空海に素で返された。
「ご免ちょっとそれ良く判らへん」
昼過ぎ頃に、俺のスマホが鳴った。着信音は岡本〇夜の『TOM〇RROW』だ。
「何や、アキちゃんや」
俺は呟きつつスマホを取った。
「もしもし。どしたんアキちゃん、今日仕事ちゃうん?」
『そおやで、ヒロシくん休みやから、その分倍は働いとおで』アキちゃんは笑い声で言った。『今お昼してたんやけどな、泰子ちゃんが来てんねん』
「泰子ちゃんが?どないしたん?」
『あのな、泰子ちゃんがな、空海さんとヒロシくんと一緒に有〇温泉行かヘんかって』
「有〇かあ」俺は空海に顔を向けた。「アキちゃん達がな、有〇温泉行かヘんかて」
「ええなあ。本格的な湯治やなあ」
空海は笑顔で頷いた。
「空海も乗り気やで」俺はアキちゃんに返した。「でも、どおやって有〇行くん?」
『泰子ちゃんのお父さんの車、借りれるんやて』
「それ助かるわ。バスとか北〇線とかやと、乗り継ぎとか結構面倒やもんな」
『私も最近知ったんやけど、有〇に「太閤の湯」ってスーパー銭湯みたいのがあるんやて。駐車場もあるって泰子ちゃんが言うてた』
「ヘえ。何か楽しそうやね」
『五月一日、ヒロシくんも休みやんね?お風呂は十時開館やから、一日の朝九時頃にお迎え行くね』
「はい、待ってます」
『じゃあね』
通話は軽快に切れた。
「有〇か。久し振りやな」
「空海、有〇行った事あるんか?」
「まだ若い頃にな。摩〇山に登った時に、足を伸ばして有〇まで行ったんや」
「摩〇山てどこ?」
「今は再〇山(ふた〇びさん)言うらしいな」
「ああ、大〇寺な」
「俺が唐に行く前と、行った後に登ったんで、その名前になったらしいわ」
「空海発信やないんや」
「何でも俺発信ちゃうで」
俺の問いに、空海は肩をすくめた。
五月一日の朝、九時には出発の用意を済ませてマンション下の歩道に立っていた空海と俺との前に、一台の自動車が停まった。黒いス〇キ・タ〇トだ。
助手席のパワーウィンドが開いて、アキちゃんが顔を出した。
「お二人さん、おはよう!いい天気で良かったね」
「ホンマやな。絶好の行楽日和や」俺は車の中を覗き込んだ。「泰子ちゃん、今日はよろしく」
「任せて。さ、二人とも乗って」
泰子ちゃんが言うと、スライドドアが自動で開いた。
「凄いな。VIPみたいや」
俺は言いつつ空海を促して奥に座らせた。
「空海さんとお付きの人、乗りましたか?」
アキちゃんがそんな事を言う。
「乗りました。よろしくお願いします」
穏やかな声で空海が答えた。
「じゃ、出発進行ーっ!」
アキちゃんがテンション高く宣言して、タ〇トが動き出した。
タ〇トはマンション前を通る高〇線を走り、東〇池八丁目、マッ〇スバリュ〇田南横を右折すると、北上して国道〇号線を横切り、J〇高架を潜って、〇田神社前を左折して県道二〇一号を走る。すぐに右側の側道から地下に降りて〇神高速三〇一号・神〇山手線に乗る。しばらく地下トンネルを通り、妙〇寺あたりで地上に出ると、右車線で〇神高速七号北神〇線、三〇・宝〇方面へ分岐した。後は有〇口ICまで一本道である。高速は山の中を通り、途中のトンネルを考慮しても、中々の開放感である。
「泰子ちゃん、これCD入ってんの?かけるで」
アキちゃんが言いながらボタンに手を伸ばした。
「あ、やめといた方が…」
泰子ちゃんの言葉が終わる前に、アキちゃんがステレオをONにした。
♪ 男の俺が選んだ道だ
たとえ茨の道だとて
車内に、大音量で歌声が響いた。
「…いいよって言おう思たのに」
泰子ちゃんは肩をすくめた。
「『暴れん坊〇軍』のエンディングやん」
音量に目を丸くしてアキちゃんが笑った。
「『炎の男』 北〇三郎やね」
俺も笑って言った。
「うちのお父ちゃんがサブちゃん好きやねん」
泰子ちゃんが済まなそうに言った。
「私は演歌好きですよ」
空海は真面目な顔で言った。
タ〇トは有〇口で高速を降り、出口で左折して県道五〇一号を走り、有〇温泉街に入った。太閣橋を右折したら、もうすぐである。
「どんなんかな?『太閤の湯』」
アキちゃんが瞳を輝かせた。
「楽しみやね」
泰子ちゃんも笑顔である。
やがて、タ〇トは『太閤の湯』の駐車場に入った。
「とうちゃくー!」
アキちゃんが上気嫌でバンザイをした。
結果から言うと、ゴールデンウィーク中で家族連れが大量に訪れており、芋洗い状態でとてもゆっくり温泉に浸かる、という雰囲気では無かった。ただ、空海の周りだけはなぜか少し空間が空き、彼自身はゆっくりと有〇の金泉銀泉を堪能出来たようだ。
20191222
太閤の湯は、阪急阪神グループの「有馬ビューホテルうらら」に併設された、大きな温泉施設です。2018年5月7日~2019年3月31日まで大規模改修工事の為休館し、2019年4月1日に大改装グランドオープン。ホテルも「有馬きらり」になりました。




