バイト
空海なら、現代日本で何をする?
バイト
「なあ、弘史、俺バイトするわ」
空海が突然そんな事を言い出したので、俺は驚いた。
「どしたん、バイトて」
バイト発言もさる事ながら、"空海"がアルバイトをする、という異常事態に驚いていた。
「いやな、今、俺無収入やろ。弘史に悪いな思て」
真面目な顔で言う。最近タブレットで何やら求人情報みたいのを調べていたと思ったら、そういう事だったのか。
「バイト言うたかて、何か出来る事あるんか?」
「どうやろ?大概の事は出来ると思うけど」
「でもなあ、最近はバイトでも資格や免許いる事多いで」
「資格かあ。朝廷の定額僧ぐらいかなあ」
「それはそれで凄い思うけど、バイトには役立たへんやろな」
「内職であらへんかな、代筆みたいなん。俺、字はそこそこ書けるで」
「あんたより字ィ上手い人の方がおらんやろ」
俺は思わず笑ってしまった。俺が高校時代、三ヶ月だけお世話になった書道の先生は、『風信帳』を手本にしていた。
「でもなあ、ネットで調べてみても、今時は筆よりワープロ使う方が多いらしいしなあ」
空海は溜め息をついた。
「バイトなあ…」
そう呟いた俺だが、ふと気付いた事があった。
「そう言えば、空海って、お坊さんやんな?」
「一応、本職やで」
「なら、お寺でバイトしたら?」
「寺でバイトなんてあんの?」
空海は目を丸くした。
「知らんけど」俺は肩をすくめた。「ダメ元で聞いてみたらどうやろ?」
空海と俺は、近所の光〇院という寺に行ってみた。俺の記憶が正しければ、ここは真言宗の寺のはずである。
いきなり訪問した二人に、住職は快く対応してくれた。ざっくばらんな感じで、俺はちょっと安心した。
「悪いけど、ウチは手ェ足りてんねん。でもな、いつも人手が欲しい言うとおトコあるから、そこを紹介したるわ」
住職はそう言うと、その場でスマホを取り出し、何やら話し出した。
「明日、副住職が午前中は空いてるそうやから、行ってみ。須〇区にある、須〇寺ってトコや」
光〇院を出て、アパートへ帰る道すがら、俺は空海に言った。
「ごめん、俺、明日どうしても抜けられへんねん」
「バイトやろ。判ってるて」空海は笑った。「ここまでツナギ付けてくれただけでも十分や。後は自分だけで大丈夫やで」
「電車とか大丈夫か?」
「何とかなるて。アカンかったら歩いたらええねん」
「須〇まで?」
「グーグ〇マップで見たら、九里半(約六キロメートル)くらいやろ。近いもんやん」
屈託無く、空海は笑った。
翌日、俺がバイトから帰ると、空海は既に帰っており、肉を焼いてグリーン〇ベルで一杯やっていた。『肉のマ〇ヨネ』の袋があったので、少なくとも帰りは歩いて来たらしかった。
「どうやった、須〇寺の面接は」
「ええ人やったで、副住職」空海は上機嫌だった。「去年から寺に入ったらしいけど、まじめで熱心やな。ほとんど正体不明の俺の事、雇てくれはるて」
「ホンマか。そら良かったな」
俺もグリ〇ベを開けながらテーブルに着くと、肉を頂いた。ハラミだった。
「和牛のハラミやて。中々入らんらしいわ」
空海はそう言ってビール(発泡酒)を呑み干した。すぐ次を開ける。三本目だった。
「いつから仕事行くん?」
俺も何だか機嫌が良くなって来た。
「とりあえず、今度の二十日、二十一日が縁日で忙しいらしい。まずはそこからや」
「もう来週やないか」そう言ってから、俺は笑ってしまった。「その日、確か『お大師さんの縁日』やったと思うで」
「誰やお大師さんて」
「あんたやで」
「俺、大師号もろてへんで」
「俺もよう知らんけど。とにかく、おめでとう」
「ありがとう」
俺は、空海とグリ〇ベでカンパイした。
20180412