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空海なら、現代日本で何をする?  作者: 宝蔵院胤舜
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空海は、現代日本で何をする?





平成二十六年(2014)三月末。

俺が昼までのバイトを終えて部屋に帰って来ると、何やら室内が静かである。

今日は空海はバイトも無いので、部屋にいるはずである。起きている時は、空海は五感をフルに使う。タブレットでネットサーフをする時でもテレビやラジオをつけて、そちらからも情報を入れようとする。

寝ている(瞑想)のかな?

そう思ってドアを開けると、空海は起きていた。テレビはついており、彼はでっかいへッドホンをつけていた。俺が帰って来た気配に気付いたのか、サッと右手を挙げた。

テレビの画面を見て、俺は合点がいった。

「そうか。ついに見つけてしまったか俺の宝物を」

俺は溜め息混じりに呟いた。

その時、空海がヘッドホンを外して俺に振り向いた。

「弘史、お前こんな凄いもんを今まで隠しとったんやな」

空海は瞳をキラキラと輝かせている。

空海が今見ているのは、浜田省吾の初映像作品である『ON THE ROAD "FILMS"』のDVD版だ。もともとは1989年に発売されたビデオ版がメディア化されたものだ。これ以後、浜省の映像作品は続々と出ているが、完成度は最初のものが一番だ、と俺は思っている。

「浜田省吾って、カッコええな」

空海が言う。

「そやろ。メッチャカッコええねん」

俺は満面の笑顔で答えた。

「いやな、何か映画観たろ思て、DVDを漁ってたら、全然ちゃう場所から見つかったんや、これが」

「これは特別やねん」

「判るわ。言葉の持つ力をこれ程まで有効に使ってはる人、初めて見たわ」

「そうやな」俺は大きく頷いた。「浜省って、メッセージ色の強い歌が多いんやけど、押し着けがましくないのんがええんや」

「そうやな」空海も頷いた。「歌詩がきちんと物語になっている所もええんやろな」

「ところで空海、それ、どないしたん?」

俺は、空海の頭に掛かっているへッドホンを指差した。

「ああ、これな」空海は笑った。「このDVDを見つけて、一ぺん通して観たんや。そしたらこれやろ?もう一ぺん、今度は大きな音量で観てやろう思たんやけど、あんまり大きくすると、隣近所に迷惑やろうからな。で、そこのヤ〇ダ電機に行って()うて来たんや」

「行動早いな相変わらず」

「『善は急げ』言うやろ」

「その通りや」

「浜省の琵琶みたいなの、それともセタールか、あれもええな」

そう言う空海の言葉を俺が理解するのに、少々時間が必要だった。

「あ、ギターの事な」

「ギター言うんか、あの弦楽器。見た目は琵琶みたいやけど、(ばち)は使わへんねんな」

「フツーは指で弾くけどな、ロックのギター奏者は大体ピックっていう小さいプラスチックの板みたいなの使てるで」

「そうやろな。あんだけ弦を掻き鳴らしてたら、指ケガするもんな。それに、あの長髪の男が吹いてる角笛みたいなのも、ええ音出すな」

「長髪…ああ、古村か。サックスやな」

「色んな楽器があって、それを合わせて複雑な音楽に仕上げるんやな。素晴らしい音や」

そう言って空海は大きく頷いた。

「『疾走するロッカー』の音のセンスは伊達やないで」

「拍子も早い。胡人(ソグド人)の胡旋舞みたいやな」

「エイトビートや」

「都の音楽はゆっくりやったからなあ。俺は早いリズムの方が性に()おとるわ」

「ラジオで他の人の歌も聞いた事あるやろ?」

「ある。でもな、あまり言葉に力を感じる事は無かったな」

「やっぱり言葉なんや」

俺は腕を組んだ。確かに、浜省の歌はテキトーに聞き流すには重たい感じはする。

「物事を形作るのは、言葉やからな。『何だかよく判らない曖昧模糊としたもの』を理解するには、言葉は不可欠や。"名前"が一番端的なものやな」

「なるほど。名前がない物は、結局何だかよお判らんもんな」

「名前という呪は、モノを形作る最も強い言葉やからな。俺達は、名前によってこの世界を区別し認識出来るんや」

「大事やねんな名前って」

「名前、そしてそれを表現する言葉、言葉を上手く扱えれば、悟りを得る事も可能や」

「悟れるか」

「言葉で意識を誘導する事で、悟りへの階梯をより早く見つけられるって事や」

「そう言うもんか」

「まあ簡単ではないけどな」空海はそう言って笑った。「そもそも浜省の歌詩聴いてると、しっかりと情景が浮かぶやん。それこそ一編の物語を観ているようや」

「浜省で悟りまで語れるんや」

「ええもんは、やっぱりええねん」

空海はそう言うと、へッドホンを耳に戻してテレビに向き直った。

「あ、晩飯どうする?」

俺は空海に声を掛けたが、反応は無かった。既に浜省ワールドに浸りきっている。

レンチンの炒飯でもするか。

俺は冷蔵庫の前に立って、ふと考えた。

この扉が、実は『どこでもドア』だったら、どうなるかな?

冷凍庫の扉を開けた。

やっぱり冷凍庫だった。

「そらそうや」

思わず呟いた俺は、ある事実に気付いた。

「あ、炒飯この間食べたっけ」

冷凍庫はほぼ空っぽだった。




20191008

浜田省吾へのリスペクトの為、伏せ字無しにしております。


敬称略

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