八〇代村怪談(や〇よむらくゎいだん)
空海は、現代日本で何をする?
八〇代村怪談(や〇よむらくゎいだん)
平成二十六年(2014)三月十六日。
俺と空海は、アキちゃんと泰子ちゃんを食事に誘った。まあバレンタインデーのお礼なのだが、ホワイトデーは本命の彼氏と忙しいだろうから、と少し日にちをずらしたのだ。
アキちゃんは肉を食べたい、と言うので、近所の行きつけの焼肉屋「唐〇亭」へ招待した。この焼肉屋は少々変わったシステムで、焼き肉の後、必ず「唐〇鍋」というホルモン鍋がセットで出て来るのである。しかもスープが辛い。播州鍋というカテゴリーらしい。
俺と空海は、試行錯誤の末「八番」の辛さで定着した。ちなみに普通の客は「三番」で音を上げるらしい。
泰子ちゃんは少々辛さに手こずっているようだが、アキちゃんは平気な顔で辛い鍋を頬張っている。
「そう言えば、播州で思い出したわ」俺は熱々の豆腐を飲み込んでから口を開いた。「ちょっと恐い話やけど…。季節外れかな?」
「全然問題ナシやで」アキちゃんが笑って答えた。「恐い話はオトメのたしなみやもん」
横で、泰子ちゃんも笑って頷いている。
「俺もちょっと興味あるわ、その話」
空海は何だか真面目な顔で言った。
俺は、ビールで唇を湿らせてから口を開いた。
「これな、俺が幼馴染みの子と、車で出掛けた時の話なんやけどな…」
平成二十三年(2011)秋頃やったか。
俺の小学校からの腐れ縁(幼馴染み)の伊藤雅志が、「車を買い替えたからトライブに行こう」と誘って来た。俺は丁度『ピザ〇ット』のバイトを辞めたばかりで時間はあったので、二つ返事で承諾した。何でも平成十四年(2002)製の『〇菱〇ジェロ』を五十万円(経費込)で購入したらしい。
奴が以前持っていた『ホ〇ダシ〇ック』でもやっていた事なのだが、目的を決めずに出発して、大きな交差点で、
「右か?左か?」
と適当に決めながら、ひたすら地道を走る、という超無計画なドライブである。
国道〇号線から国道一〇五号(通称イナゴ)に乗り、〇東の地名を見て、何となく左折し、西〇・〇西と西方向へ向かって適当に走り続けた。
黒〇庄を過ぎて多〇町のあたりで、伊藤が「〇屋」という地名を見付けた。
「そう言えば、〇屋ダムって聞いた事あるか?」
急に伊藤が話を振って来た。
「知らん」
「何でも、近畿では有名な『心霊スポット』らしいで」
伊藤は人より少々霊感が強いらしく、たまに妙なモノを見てしまったり、という事があるらしい。本人は別にそういう話が好きという訳でもないのだが、奴がオカルト体質なのは同級生内では有名なので、皆が奴の元にそういった類の話を持って来るらしい。
「そうか。別に興味無いけど」
俺はサラッと流した。正直、俺はオカルト系は好きじゃない。
「折角近くまで来たし、様子見てみよか?」
伊藤が妙な事を言い出した。
「何でわざわざそんなトコ行かなあかんねん」
俺はメンド臭そうに返したが、奴は俺がこの手の話が苦手なのは良く知っている。それに、車のハンドルは奴の手の中にある。
十分後には、俺達は翠〇湖という〇屋ダムのダム湖の上に掛かる橋の上に居た。両側が山に挟まれた土地に堰を作っているので、周辺の田畑や民家より高い所に水がある。両側はうっそうと森が茂り、何だか陰気な雰囲気である。
「うわー、めっちゃ気持ち悪いな、ここ」
車から降りて、伊藤がしみじみ言う。
「判ってて来たんやろが」
俺はビクビクとしながら周りを見回した。森の重たい感じと、水の黒さが気味の悪さを増幅させる。
「もう行こうや」
俺はさっさと車に乗り込んだ。
「行こか。ここ、ホンマにヤバいわ」
伊藤も素直に乗り込んだ。
ダム湖を回って表の道ヘ出た。左に曲がって森の中を走る整備された農道を走ると、十字路に当たった。そこから道が急に細くなり、左は田んぼ沿いの道、正面は集落の中を通る道、右は森の中を登る林道のような道だった。
「こっちかな?」
伊藤は呟きながら、右にハンドルを切った。
森の中の薄暗い道を、峠を越えてしばらく下ると谷あいの集落に出た。両側を山に狭まれて、細く扇状に開拓されており、下の方まで田んぼが続いている。
その扇の要に近い所にある廃屋に目が行って、俺達はそこで車を停めた。
「お、廃屋や」
伊藤が楽しそうに言った。立派な建物で、瓦吹きの家屋と、茅吹き形をした銅瓦屋根の家屋の二棟があり、周りはすっかり森に覆われているような状態で、すぐ横に屋根の二倍くらいの高さの木がそびえている。
「何か、趣きのある廃屋やな」
何故か、俺はそう思った。
「ホンマやな」
伊藤もそう思ったらしい。
車を停めている道路から側道がついていて、少し下ると用水路に掛かった小さな橋があり、そこだけキレイに周りに生い茂る草が無く、轍がはっきりとした道がその廃屋まで続いている。
「結構道キレイやな」
「行ってみるか?」
何故かそんな話しになり、伊藤は停めていた所から少しバックして、その側道へ車を乗り入れようとした。
その時二人の耳に、パリンと薄いガラスが割れるような音が聞こえた。
次の瞬間、車がガクンと傾いた。俺と伊藤が前を見ると、なだらかに見えた側道は車の腹を道路の縁に擦りそうなほどの急角度で、橋もコンクリの打ちっ放し、更に廃屋へ向かう道は両側から覆い被さるような雑草と轍を埋める下草でほぼ埋まっていた。とても通れるような状態ではない。
「えっ?ついさっきまでキレイに見えてたのに…」
俺はそう呟きながら、背筋に寒い物が走った。
「ヤバイ!俺達誰かに騙されたんや」
伊藤が慌ててギアをバックに入れた。
「誰かって誰や?」
「知らんけど、アカン奴や!」
伊藤は勢い良くバックで道路に戻ると、一目散にその場を離れた。
「何やったんや今の?」
俺は上ずった声で尋ねた。
「判らんけど、あそこ何かおるわ。俺ら誘われたんや」
伊藤は鋭い声で答えた。
俺はミラーで後ろを見た。ミラーに廃屋が映っており、銅瓦屋根の上から、巨大な老いさらばえた老婆のような手が、手招きをするように掌をこまねいるのが見えた。
伊藤は直接振り向いて後ろを見ていた。
「あいつか」
伊藤が呟いた。
「バアさんの手がこまねいてんで」
俺は後ろを見られずミラーを凝視しながら言った。
「白髪の長髪のバアさん見えへんか?」
伊藤がすぐに視線を前に戻しながら早口で言った。
「俺は手だけや」
「良かったな。アレはヤバい。見えへんで正解や」
伊藤は言いつつ、細い道をかなりのスピードで逃げ出した。
「とまあ、こんな話があったんや」
俺は話し終えると、ビールを一口呑んだ。
「いややー、何それー」
「めっちゃ恐いやーん」
女子達には好評だ。
「多分そいつ、今はかなり弱ってる思うで」
空海がそんな事を言う。
「何で判るん?」
アキちゃんがつぶらな瞳で尋ねた。俺はイヤな予感がした。
「俺が弘史の部屋に世話になった最初の頃、台所の隅に、白髪で長髪のお婆さんが座っとってな。俺、弘史のお婆さんやと思て、挨拶してしもたもん。ただ、ずーっと踞ったままやったから、おかしい思て何回か払たんや」
「もしかして…?」
「そう。台所の隅が汚れてた事、何回かあったやろ?ただ、今年の一月末くらいから、完全に姿が見えへんようになったんや。多分…」
「力が弱まったんや」
アキちゃんは興味深々である。
「もしかしたら、廃屋で何かあったんかもな。屋根が落ちたとか」
女子達と空海は、そこからその廃屋の話で盛り上がっていたが、俺は何だか後味の悪い気分を味わっていた。
あいつ、最近まで近くにおったんかい!
20190910




