本屋
空海は、現代日本で何をする?
本屋
平成二十六年(2014)三月に入った。
空海が突然「本屋に行きたい」と言い出したので、俺は空海を連れて地下鉄に乗って、〇宮へ出て来た。
昼前だったので、とりあえず〇Rの高架下にある『珉〇 〇宮本店』に行って、打滷麺(あんかけそば)を食べて腹ごしらえをした。
「こないだの餃子で、ここを思い出したんや」
俺は瓶ビールを空海のコップに注ぎながら言った。
「昼間やのに、みんな酒呑んだあるな」
空海はコップに注がれるビールを見ながら笑って言った。改装されて以前来た時よりも広くなった店内だが、席は満杯である。俺達も相席で、同席しているのは若いカップルで、餃子三人前とやはりビール。
「餃子の売れ行き凄いな」
空海はそれとなく周りを見ながら言う。
「ここは餃子で有名やからな」
俺は言いながら、打滷麺にコショウを大量にかける。
「そんなにかけたら、味変わってまうで」
「これが旨いねん」
そう言う俺を見て、隣のカップルがクスクスと笑っている。
「是奇怪的人(ヘンな人だろ)?」
空海がそう言うと、二人は更に笑った。
「中国の人か。この店中国人のお客さん多いからな」
俺は言いつつも打滷麺に集中する。あんかけの片栗粉は唾液に反応してトロみが無くなってしまうので、美味しく頂くのは当に時間との闘いなのだ。
と、空海が店のおばちゃんに声を掛けた。
「請給我一个餃子(ギョーザひとつ下さい)」
「是。鍋貼餃子一个(はいよ。焼餃子一丁)!」
「また餃子かいな」
「どんなんか食べてみたいやん」
「ええけど別に。でも中国語で店に馴染むのやめてくれる?」
「何でや?」
「何言ってるか全然判らへん」
食事を終えた俺達は、セ〇ター街の『ジ〇ンク堂書店』へやって来た。
「『淳〇堂』て書いたあるけど、これ本屋か?」
エスカレーターの前に立って、空海が言った。
「そうや。このビルの二階から五階まで、全部売り場やで」
「そんな広いんか。凄いな」
「ほれ行くで」
俺はエスカレーターに乗った。空海も後からついて来る。
二階へ上がると、全面の本棚に空海は目を丸くした。
「これ全部、本なんか」
「ジ〇ンク堂に来た時には、ルートが決まってんねん」
俺は空海を促して、更に上階へ登る。
五階は専門書、四階はマンガや児童書、三階は趣味・スポーツ関係、二階は文庫や雑誌など、とフロア分けされているので、俺は大概四階から下に降りて行くコースなのだが、今日は空海に見せてやる為に五階まで上がった。
空海は、エスカレーターを降りてすぐ前にある「国際状勢」という棚の前に立って、色々と本を手に取っては、しきりに溜め息をついている。
「どしたん空海」
「いや、凄いな思て」
「何がや?」
「俺の時代では、本を一冊印刷するだけでも、活字の選定や紙の確保、製本に至るまで大変な労力や資金が必要やったんや。だから大抵は写本やったな」
「写本て、手書きって事やな」
「そうや。それが、こんな小さな本で、しかも情報量も多い。字もきれいで読み易い」
「何か当たり前のような気ぃするけど、実は大したモンなんやな」
「そうやで。しかも、日本に居ながら世界各国の情報も入手出来るんや。俺なんか、国際状勢の本で言うたら、唐より西の情報源は『大唐西域記』くらいやったで」
「それって…」
「玄奘三蔵の外国視察記録やな」
「あー、『西遊記』のネタ本か」
「堺〇章と夏〇雅子の、面白かったで」
「ドラマからかい」
「俺の時代には、まだ『西遊記』は書かれてへんで」
「そうなんや」
「俺が『西遊記』読んだんは、図書館にあった福〇館書店の奴が初めてや」
「あれは子供の頃に必ず通る、ある種の通過儀礼やな」
「そこや」
「どこや?」
「子供でも本を読める。本が手に入る。何て幸せな事なんや」
空海は瞳を輝かせながら言った。
「そんな幸せな事なんかなあ?」
エスカレーターで下りながら、俺は首をひねった。
「そらそうや。本とか教育とか、一部の特権階級にしか手に入れられない特別な事やったんやで」
「そんな事、林先生もテレビで言うてたな」
「俺は、誰にでも教育を受ける権利がある、と考えて、貴族とか豪族、つまりは金持ちじゃなくても入れる学校『綜藝種智院』を作ったんや」
「凄いな」
「まあ実際には、資金難で維持すんのも厳しかったけどな」
空海は小さく肩をすくめた。
「理想と現実のギャップって奴か」
「それが今では教育も受けられて、本も簡単に手に入って、情報もネットで見放題、良い世の中になったもんや」
空海は言いつつ、買い物カゴに大量の本を入れて、レジヘ持って行った。
「何やそれ?」
俺はカゴの中を覗き込み、目を丸くした。
「マンガか?」
「『拳児』や。この前マン喫で読んで、気に入ってしもたんや」
空海が本屋でマンガを大人買いする姿に、俺は思わず笑ってしまった。
「本屋に来たかった理由はそれかいな」
20190811
註 :
※『拳児』(けんじ) 原作:松田隆智、作画:藤原芳秀による日本の漫画作品。週刊少年漫画雑誌『週刊少年サンデー』(小学館)に、1988年2・3号から1992年5号まで連載された。
中国武術をテーマとした作品であり格闘シーンも頻繁に登場するが、戦闘そのものがメインテーマとなっている一般の格闘漫画とは異なり、主人公・拳児の成長を軸に中国武術の技術論や思想・哲学などを描いた物語となっている。
(Wikipediaより抜)




