恋人の日
空海は、現代日本で何をする?
恋人の日
平成二十六年(2014)二月中頃。巷はバレンタイン一色である。我が『SE〇YU』もバレンタイン商戦の真っ只中だ。女子達が手作りチョコの材料を買い漁るのも、恒例行事である。
外は雪まじりの雨で結構冷え込んでいるのだが、祝日の午前中から店内は女子達の熱気が渦巻いている。
そんな中に、アキちゃんと泰子ちゃんも参戦していた。レジのすぐ横がイベント用ディスプレイなので、手作りバレンタインチョコのコーナーで"キャピキャピ"している二人が自然と目に入る。かく言う俺も、毎年アキちゃんの手作り"義理チョコ"にはお世話になっている。
そんな華やかな集団の中で、その様子を物珍しげに見ている男がいた。『〇ーナン』で揃えた作業着の上下とジャンパー。編み上げの安全靴に頭には白いタオル。どこから見ても立派な工場の兄ちゃんである。俺はその不審な男に声を掛けた。
「空海、どしたんこんなトコまで」
空海は俺に声を掛けられる事を予期していたのだろう、ゆっくりと振り向いて片手を上げた。
「凄いなこれ。バレンタインって、聖ウァレンティヌスの事やろ?」
「空海、バレンタインデー知っとぉんか?」
「一応な。唐の景教寺院で、『ウァレンティヌスから』言うて、何かもろたけど、別にチョコレートや無かったで」
「そうなんや」
「男女の仲を取り持つ守護聖人や言うてたけどな。そもそも俺のいた頃には、チョコレート自体無かったで」
「へえ、実は古いねんなバレンタインデー」
「そもそもはローマ帝国まで逆上る話やからな」
「マジで?」
「まあ、俺はバレンタインはどうでもエエんやけどな」空海は笑って言った。「『SE〇YU』が野菜一番安いねん、今日。今日び葉物は結構高いやろ?安いモン探してここまで来たんや」
「そうか。ご苦労さんやな」
空海と喋っていた俺の前に、買い物カゴがデンと置かれた。
「店員さん。お喋りばっかしてへんで、お仕事してや」
アキちゃんが、泰子ちゃんと一緒に結構な量のチョコレートをカゴに入れて来た。
「今年も"義理チョコ"あげるさかい、待っとってな」
アキちゃんは可愛い顔をほころばせて言った。
「"本命"は誰にあげるんや?変な奴やったら、お父さん許さへんで」
俺も笑って言った。
「誰がお父さんやねん」
アキちゃんは突っ込みながらマイバッグを用意して、次々とレジを通した商品を自分の分と泰子ちゃんの分とで分別しながら袋詰めして行く。
「アキちゃん、二人分やとしても、結構な値段やで」
俺は目を丸くして会計を伝えた。
「義理と人情の渡世やからなあ」
アキちゃんは唇をゆがめてニヒルな笑みを浮かべると、ア〇ックス付きのセ〇ンカードを取り出した。
「ほんじゃ、一回払いな」
俺はカードを通して、アキちゃんに返した。
「ほなお先にえ。お仕事かんばってなヒロシくん。空海さん、またね」
大きな荷物を手に、アキちゃんと泰子ちゃんは店を出て行った。
「ところで弘史。何で『バレンタインデーにチョコレートをプレゼント』なんや?他の贈り物やなくて」
空海が素朴な疑問を口にした。
「何でも、ここ〇戸の『モ〇ゾフ』が最初に『チョコレートをプレゼント』ってキャッチフレーズを考えたらしいわ」
「『モ〇ゾフ』?」
「〇戸の洋菓子屋さんや。チョコレート専門店やったらしい」
「恋人同士の贈り物のはずやけど、用意すんのは女だけやな?」
「今の日本では、二月十四月は『バレンタインデー』で女の子からの贈り物、で三月十四日が『ホワイトデー』いうて、男から女の子に贈り物をする日、言われてんねん」
「わざわざ分かれたあるんや」
「二回商品売れるもんな」
「上手い事しはるなあ」
空海は大きく頷いた。
「まあ今時の日本人は、何かの口実が無いと中々贈り物って出来ヘんし、丁度良いきっかけなんやろな」
話している間にレジが込み合い出したので、話はそれきりとなった。
二月十四日は、〇戸のみならず各地で雪の降る大乱れの天気となった。
午後四時で仕事が終わった俺は空海と共に、アキちゃんと泰子ちゃんの二人に誘われ、笠〇商店街にある『BU〇Z』というショットバーにやって来た。俺は一応意識してカジュアルなジャケット姿だったが、空海はいつも通りの工場の兄ちゃん風である。
店に入ると、アキちゃんと泰子ちゃんは既に来ており、カウンターに席を取っていた。マスターに促されて座ると、空海が女の子二人に挟まれて座る形になった。両手に花だ。
「あれ、父さんは仲間外れかいや」
俺がそう言うと、アキちゃんははにかんだ。
「何言うてんの。そんなんちゃうし」
そう言うアキちゃんは、いつもより気合いの入ったお洒落をしている感じだ。
とりあえずオープニングカクテルで乾杯すると、女子二人が俺の前に立った。
「ヒロシくん、はい。いつもの"義理チョコ"な」
「ありがとうございます」
俺は綺麗にラッピングされたチョコレートを恭しく頂いた。
「マスターも、いつもありがとう」
マスターにも、俺と同じラッピングのチョコが渡された。
「それから、これ、空海さんに」
アキちゃんは、一際立派なラッピングをしたチョコレートを空海に差し出した。
「ありがとうございます。有り難く頂戴します」空海は微笑みながらそれを受け取った。「今ここで頂いても良いですか?」
アキちゃんが頷くのを見て、空海は綺麗にラッピングを剥がすと、中の化粧箱の蓋を開けた。ネコの顔の形をしたチョコだった。
空海は微笑みながらネコの耳を折り、口に運んだ。
「ああ。あまり甘くないから、洋酒のおつまみにもいけますね。美味しいですよ」
「ホンマ?良かった」
「これで毒味も終わったので、今から本命さんとデートですか?」
空海のその言葉に、アキちゃんは小さく息をのんだ。
「こんなに手間隙掛けたチョコレートです。きっと想いは伝わりますよ」
「大丈夫やろか?」
「心配要りません。もしそれが判らないような男なら、アキちゃんから振っておしまいなさい」
「ありがと」
アキちゃんはフフッと艶っぽく笑うと、俺達三人を置いて店を出て行った。
「相手の子な、幼馴染みのええ人なんや。上手い事行って欲しいな」
泰子ちゃんが静かに言った。
「では、アキちゃんの恋の成就を祈念して、もう一度乾杯といきましょう」
空海が優しい表情で言った。
雪のバレンタインデーはこうして過ぎて行った。
20190627




