永遠(とわ)の別れ
空海なら、現代日本で何をする?
永遠の別れ
俺がバイトしている、新〇田の東〇プラザB1にある「SE〇YU」で、同じくバイトしているアキちゃんは、東〇ブラザが「ジョ〇プラザ」と呼ばれ、大〇が入っていた頃からのレジマスターである。俺がまだマ〇ドやシ〇ゴピザで配達をしていた時に、セーラー服姿でレジに立つ彼女を見た事がある。今は立派な〇戸女子大生で、レジバイトを事実上統括している。
そんな彼女が、バイトを三日休んだ。久し振りに見たアキちゃんは、目の周りを赤く腫らして、ずい分と憔悴して見えた。
「アキちゃん、大丈夫?もう少し休んだ方がええんとちゃう?」
「ありがとうヒロシくん。でも、落ち込んでてもアカン思て」
アキちゃんは気丈に笑った。彼女と仲が良かった叔父さんが、交通事故で亡くなったらしい。
「ヒロシくん、ごめんな。この間、バイト替わりに入ってくれて」
「そらしゃーないわ。気にしんでな」
俺は勢一杯のいたわりの気持ちを込めて言った。なので、いつもの事ながらの、「彼女の方がひと回り以上歳下だけどタメ口」なのは今日はあえて解禁で。
レジに立って昼前ぐらいになった時、空海がやって来た。スキンヘッドにタオルを巻いて、ジャージに雪駄という出で立ちなのに、チンピラ風に見えないのはやはり人徳か。
丁度レジがすいていたので、俺は空海に声を掛けた。
「おーい、空海、どしたん?何か買い物か?」
「おお、弘史。お疲れ。お仕事ご苦労さん」空海は笑って言った。「いや、弘史がどんな風に仕事してるんかな思て」
「まあレジ打ちやけどな」
「人の買い物の金額を計算すんのやろ?責任重大な立派な仕事やで」
空海は真顔で言った。隣のレジにいたアキちゃんが、何か感心したように目を見開いていた。
そこへ、どっと客がなだれ込んで来た。
「邪魔したな」
空海はすっと身を退くと、買い物カゴを持って店内を歩き出した。
人の流れが少なくなった所で、交代のパートさん達が来てくれたので、アキちゃんと俺は控え室へ戻った。昼はまかない弁当なので、アキちゃんと二人で弁当を取ると、そこへ空海が入って来た。
「良くここが判ったなあ」
「尾行て来た。一緒にお昼しよう思て」
空海はしれっと言うと、レジ袋からここで買った弁当を取り出した。
「ねえヒロシくん、このイケメンさん、誰?」
アキちゃんが、空海をまじまじと見ながら尋ねた。
「失礼。申し遅れました」空海が自ら口を開いた。「私は高野山の僧侶で、空海と申します。今は訳あって、弘史の部屋に居候させて貰ってます」
「えっ?居候?」
アキちゃんは目を丸くした。
「ヒロシくんもしかして」アキちゃんは声を潜めた。「BL的な感じ?」
「いや全然ちゃうし」
俺は強く首を振った。
「衆道に関しては、私はあまり詳しくはありませんが」空海は艶然と微笑んだ。「人が人を好きになる、というのは美しい事だと思いますよ」
「ビミョーに誤解を招く表現やなそれ」
俺は肩をすくめた。
談笑しながら弁当を食べ終えて、お茶を飲んでいると、アキちゃんが空海に向いて姿勢を正した。
「ねえ、空海さん。空海さんは、お坊さんやんね?」
「一応そうですよ」
「じゃあ、教えて。何で人は死んでまうの?ずっと一緒にいて欲しいと思てる人でも、何で簡単にいなくなってまうの?」
アキちゃんは涙目で尋ねた。やはり叔父さんの死が堪えているのだろう。
「そうですね」空海は、優しい口調で言った。「いて欲しい人ほど、目の前から消えてしまうものですね」
「空海さんも、そんな事があったん?」
「ええ。智泉という年若い甥っ子だったんですが、稀に見る天才で、私の後継者は、彼しかいないと思っていました。でも、彼は病気で亡くなってしまった」
そう言う空海の顔は、見た事の無い寂し気な表情だった。
「私はね、僧侶として人に『死を受け入れよ』と説いて来ました。人は生まれた以上、必ず死ぬのです。それは、釈尊ですら避けられなかった明確な事実です。でも、智泉の死で、受け入れる事の難しさを実感しました。でも、新たに判った事もありました」
「なあに?」
「大事な人、私の場合は智泉ですし、アキちゃんなら叔父さんは、自分の中で生きているって事です」
「生きている?」
アキちゃんは首をかしげた。
「ええ。確かに姿を見たり、声を聞いたりは出来なくなりましたが、一緒に過ごした記憶、話した言葉、教わった事など、その人の色んな事が自分の中に残っていて、何か判断が必要な時に、その声が聞こえて来るんです。同じ世界には居ないけど、見守ってくれているって感じられるんです」
「私もそう思えるやろか?」
アキちゃんが、そっと涙をぬぐいながら言った。
「大丈夫。その為にこそ四十九日の中陰の期間があるのだと思いますよ。亡くなった人と共に、残された私達も一緒に修行するのですよ。でもね、アキちゃん」
「はい」
「寂しかったら、泣いても良いんです。皆で泣いて、少しずつ受け入れて行けば良いんですよ。憶えていてあげる事が、一番の供養なんですから」
「…ありがとう空海さん」アキちゃんは泣き笑いの表情で頷いた。「すぐには出来ないかも知れへんけど、ちょっと楽になった」
アキちゃんは立ち上がって空海にちょこんと頭を下げると、バイトに戻って行った。その足取りは、心なしかさっきより軽くなったように見えた。
「さて、俺も戻らんと」
俺も、お茶の最後のひと口を飲み干して、立ち上がった。
「なら、俺帰るわ」
空海も立ち上がった。
「あのさ、空海」俺は笑いながら言った。「さっき、空海が『お坊さん』に見えたで」
「しばくでホンマ」
空海も笑って答えた。
20181020