単車
空海は、現代日本で何をする?
単車
一月十七日の家呑みはまだまだ続いている。
「そういえば、今日の昼過ぎぐらいやったんやけどな」
俺は新しいグリラベを開けながら切り出した。
「今日、何か事件があったんか?」
空海も新しいグリラベを開けた。
「今日は俺、奥で在庫確認やっとったんやけどな、三日にいっぺん必ず来るお婆ちゃんがおんねん。『ハルちゃん』いうんやけどな。そのハルちゃんが、忘れ物したいうてレジ係がわあわあ言うとってな」
「ほう」
「ハルちゃん、元々は新〇田あたりに住んどったらしいんやけど、震災で〇水区〇屋町辺りに引っ越しとおねん。で、忘れ物いうのが保険証とか診察券とかポイントカードをまとめた奴やったんや」
「そりゃあたちまち困るやろな」
「やろ?家までは敬老パス使て帰ったから忘れ物に気付かへんかったみたいやけど、三日間カード類なかったら不便やし、病院にも行かれへんやん」
「そやな」
「そんで、ハルちゃんに電話して、届けたげよいう事になったんや。なにせハルちゃん九十二才やし、取りに来てとも言い難いしな」
「凄いご長寿やな」空海は目を丸くした。「俺の周りはほとんどが四十代から五十代までやったで」
「それで、俺がハルちゃんの家の場所を知っとったから、お届け役を買って出たんや」
「何で知っとったん?」
「前に買った野菜が重たいゆうて、運んだった事あんねん」
「なるほど」
「で、職場の単車借りて、〇水まで行ったんやけど、二号線走ったらすぐやと思とったんやけど、俺原付しか乗れへんし、それやと結構時間が掛かるんやな。なるべく急いで行こう思て、飛ばしてたんやけど、そしたらほら、おったんや、白と黒の車が」
「何やったっけ?」
「パトカーや」
「あ、検非違使の乗り物か」
空海は膝を打った。
「須〇浦の辺りでウーッて鳴らされてな、セルフのガススタの前、信号のすぐ横で停められたんや」
「えっ、捕まらはったん?」
「そやねん。パトカーから若い警官が出て来て、俺に近付いてくんねん。年かさの先輩警官はパトカーの横で見てはんねん」
「嫌な状況やなそれ」
「でな、若い警官が『よお出てましたねぇ、スピード。急いではったん?』とか聞いてくんねん。俺は一応『おばあちゃんに大事な忘れ物を届けに行くんや』て説明はしたんや。でも『急いではんのは判るけど、原付は時速30㎞ですよ』とか言いながら、違反キップを出そうとしたんや」
「それを書かれたらアカンのやな」
「そや。万事休すや。でもな、その時に丁度信号で停まってた軽にセダンが突っ込んだんや」
「事故か」
「凄い音したで。ドカーンて。軽、停止線の向こうまで吹っ飛ばされとったもん」
「えらいこっちゃやな」
「で、事故車が一車線ふさいでしもたから、先輩警官が飛んでって交通整理を始めたんや。機敏な反応やったで」
「先輩、有能やったんや」
「現場は大騒ぎになってな。若い警官もキップ切ろうか先輩手伝おうか迷って、先輩の方見たら、先輩が『行かせてやれ』て」
「まあ、キップどころやないわな」
「若い警官が『これから気ィ付けて下さいね』言うて、放免してくれてん。俺思わず『ありがとう』言うてもた」
「結局違反にはならなかった訳やな。良かったやん」
「ホンマ、助かったで」
俺は大きく溜め息をつきながら言った。
「もしキップ切られてたら、どうなっとったん?」
「二点取られて罰金一万円」
「えぐいな」
「で、とりあえずハルちゃんとこ行って、忘れ物届けて、お茶淹れてもおて雑談して、帰る時に同じとこ通ったら、パトカー三台消防車一台救急車二台来てて、一車線規制して大変な事になっとったわ」
「結構大変な事故やったんやな」
空海は、そう言いながらニヤニヤ笑っている。
「何 笑てるん?」
俺は首をかしげた。
「俺な、そん時ガソリンスタンドにおってんで」
「マジで?何で?」
「須〇寺の職員さんの用事に付き合って出て来とって、ガソリン入れてたとこやったんや。弘史ヘルメット被ってたやろ。せやからすぐには判らへんかったけどな。話聞いてたら、あぁあれやったんや思て」
「話の内容判ってて黙って聞いてたんかいな。人悪いわ」
「でも、詳しい事情は知らへんかったしな」
俺は肩をすくめた。
「まああれや、弘史」
「何や?」
「弘史がええ事しよったから、今回は神仏が見逃してくれたんやで」
「ホンマかいな?」
「知らんけど」
「知らんのかい」
「でもそう考えた方が、ちょっと心が豊かになるんちゃうか?」
空海はそう言って笑った。
20190423
註:
検非違使(けびいし、けんびいし)は日本の律令制下の令外官の役職である。「非違(非法、違法)を検察する天皇の使者」の意。検非違使庁の官人。佐と尉の唐名は廷尉。京都の治安維持と民政を所管した。また、平安時代後期には令制国にも置かれるようになった。
平安時代の弘仁7年(816年)が初見で、その頃に設置されたと考えられている。当時の朝廷は、桓武天皇による軍団の廃止以来、軍事力を事実上放棄していたが、その結果として、治安が悪化したために、軍事・警察の組織として検非違使を創設することになった。当初は衛門府の役人が宣旨によって兼務していた。官位相当は無い。五位から昇殿が許され殿上人となるため、武士の出世の目安となっていた。by Wikipedia




