震災の記憶
空海は、現代日本で何をする?
震災の記憶
平成二十六年(2014)一月十七日の金曜日。
〇戸は、朝から慰霊の行事が行われていた。
平成七年(1995)一月十七日の火曜日、午前五時四十六分。中二だった俺は、この頃兵〇区浜〇町に住んでいたのだが、剣道部の朝練に行く為に家を出た直後に激しい揺れに襲われた。M7.3。震度七。後に言う「阪神淡路大震災」である。慌てて飛び出して来た母親のすぐ後ろで、二階建ての家の一階部分が潰れた。父親は前日から関東に出張していたので、地震には巻き込まれなかったが、交通網の麻痺でしばらく〇戸に帰って来る事が出来なかった。
しばらくは近所の寺の会館で避難生活を送っていたが、三月末頃に運良く公団住宅の空き部屋の抽選に当たり、〇区〇栄台に引っ越した。
そこで高校を卒業したのだが、その年、平成十一年(1999)は所謂「就職氷河期」で、求人倍率0.48倍という絶望的な就職難であり、俺は当世流行りの「フリーター」になった。
親から借金をする形で運転免許を取り、色々なバイトを渡り歩いた。マ〇ドナ〇ドやケン〇ッキーや〇カゴピザ、〇ーソンやセ〇ンイレ〇ンなどを経て、平成二十一年にジ〇イプラザの大〇にレジ係兼集配係としてバイトに入った。
「なかなか紆余曲折な経歴やな、弘史」
空海はそう言うとグリラベをあおった。今日一月十七日は、俺も空海もバイトに出ていて、夜七時に部屋で合流した。俺が買って来た手羽中を塩焼きにしたものと、昨日空海が作った肉じゃがの残りとを肴にして部屋呑みと相なったのである。
「やろ?結構大変やったんやで、これでも」
俺もグリラベをあおった。
「何か商売でもやったら良かったんちゃうか?」
「平成十一年から十二年までが一番景気の冷え込んだ時やったんやで」俺は首を振った。「才能もない素人が手ェ出して、何とかなるもんちゃうで」
空海は黙って肩をすくめた。
「アキちゃんのお父さんも、震災で亡くなったらしいわ」俺は沈痛な面持ちで言った。「今日はお父さんの命日やし、叔父さんの百ヶ日にも当たるらしいわ」
「寂しい話やな。アキちゃんのお父さんとこは、兄弟二人とも亡くならはったんやな」
「ホンマやな。その分、アキちゃんには元気で楽しく暮らして欲しいな」
「そやな」
二人で無言でグリラベを差し上げて、献杯の替わりとした。
「そう言えば」空海は何かを思い出すような遠い目をした。「俺も若い頃に地震に逢おたなあ」
「ホンマか」
「駿河の国(静岡県)あたりで、富士山が噴火しよってん」
「マジで?」
「確か延暦十九年六月くらいやったかな」
「えんりゃくじゅうきゅうねんって何時の話や?」
「グレゴリオ暦なら800年かな」
「めっちゃ昔やな」
「俺、隣の浅間山の麓におって、火砕流に巻き込まれかけて、死ぬか思たで」
「よお助かったなあ」
「お陰さんでな」空海は笑った。「大地は生きてるて実感したわ」
「そん時、周りはどないやったん?」
「そらむっちゃ被害出たわ。地震よりも、むしろ火山灰が無茶苦茶降りよってな。東海一体の田畑は全滅やった」
「今も昔も、災害が起こったら大変やなあ」
俺は溜め息をついた。
「この辺も被害あったんやろ?」
空海は言いつつ二本目のグリラベを開けた。
「ああ。軒並み倒壊しとったな。古い木造が多かったしな。でも火が出なかったのは助かったわ」
「火ぃ出たら恐いな」
「火ぃ出たところもあったからな」
「えらい被害出たやろな」
「まあ、今ではだいぶ復興したけどな」俺は肩をすくめた。「災害なんて、無いに越した事ないわいや」
「そらそうや」
「ところで空海、須〇寺でも震災の法要したんやろ?」
「俺は経木供養やったけどな。職員さん達は朝五時半と十時からの二回してはったで」
「ちゃんと続けてはるんやな」
「塔頭の蓮〇院の住職は亡くなりはったんやて」
「そうなんか」
それは初耳だった。
「須〇寺って、本坊と三つの塔頭で出来てるんやけど、正〇院は無事やったけど、蓮〇院と桜〇院は本堂が倒壊したんやて」
「えげつないな」
「今はどっちも再建されたけどな」
「それは良かったな」
「桜〇院の副住職が言うてはったけどな」空海は笑いながら言った。「桜〇院の本堂が倒壊した時、自家用車のベ〇ツも瓦礫に埋まってしもたんやて。とりあえず掘り出したんやけど、それ以来副住職はそのベ〇ツを『曰く付きの掘り出し物』て呼んでたらしいで」
俺は返事をするのに少し間を取った。
「それ、笑い所なんか?」
「そうらしいで」
空海はニンマリと笑って言った。
20190415




