メガネ
空海は、現代日本で何をする?
メガネ
平成二十五年十二月も中頃である。
テレビではクリスマス商戦の真っ只中であり、俺がバイトに行っている「SE〇YU」も売り場はクリスマス一色である。
今日は眼科検診の為に、〇田区東〇池の国道沿いにある「奥〇眼科」に来ていた。この所、目がかすむ感じがして、年末に心配を残さない為に診てもらおうと思ったのだ。
眼科に入ると、待ち合い室にアキちゃんが座っていた。
「あ、ヒロシくんどないしたん?目ぇの調子悪いん?」
「アキちゃんこそどないしたん?」
「私な、コンタクトやから、定期的に検査せなあかんねん」
「アキちゃんコンタクトやったん?」
「知らんかった?」
「アキちゃんは謎だらけや」
俺はそう言って笑った。
「根岸のおばちゃんやろ?ここ教えてくれたん」
アキちゃんは笑いながら言った。
「そやで。何で判ったん?」
「私もそやったから」
「あ、ホンマ」
根岸のおばちゃんというのは、同じ「SE〇YU」のパートさんで、「ジョ〇プラザ」時代からいる世話好きの物知りおばちゃんである。
「で、どないしたん?」
「何か目がかすむもんやから、ちょっと診とってもらお思てな。何かビョーキやったらイヤやろ?」
「そうやね。『備えあればうれしい』言うしな」
「ビミョーに違う気がする」
アキちゃんの屈託の無い笑顔を見ながら、俺は首をかしげた。
アキちゃんは瞳孔を開く為の目薬を打たれて、目をつぶっている。俺は名前を呼ばれたので、アキちゃんの肩をポンポンと叩いて、中待合に入った。そこで待つ間に視力検査を受けてから、診察室に入った。カーテンで周りを囲ったそこは、何だか薄暗く、暗室のようなイメージである。
「どうしました?」
先生は穏やかな声で尋ねた。
「目がかすむんです」
「お仕事は?」
「パートでレジ打ちと在庫管理を」
俺の答えを聞いて、先生は俺の下瞼を親指で下へ引っ張った。
「伝票の整理とかしてはるの?」
「そうですね」
俺の答えを聞いて、先生はにこやかに言った。
「疲れ目やな」
「そうですか。別に変な病気とかじゃ無いですか?」
「特に異常は無さそうやで」先生は受け合った。「寝る前にスマホ見てへんか?」
「ゲームとかしてます」
「寝る一時間前には、控えた方がええよ」
俺はあっさりと解放された。
俺が診察室から出て来ると、丁度アキちゃんが中待合に入って来た所だった。目は閉じたままである。
「ほな、アキちゃんお先やで」
「あ、ヒロシくんどやった?」
「疲れ目やって」
「何も無くて良かったな」
「ありがとう」
「空海さんによろしくな」
「あの人な、今シンナー中毒やねん」
俺はそう言って笑った。
「写メ見たわ。めっちゃ誤解を招く表現やね」
アキちゃんも笑って言った。
今、空海はプラモデル作りにハマッている。この間、笠〇商店街に行った帰りに、電池を買いに立ち寄った「ヤ〇ダ電機」のおもちゃ売り場で見かけた「遣唐使船」のプラモを衝動買いして、一気に作り上げた。その写メをアキちゃんに送ったのだ。
そのすぐ後に「海王丸」を買って来て、製作に取り掛かっていたが、細かな部品に四苦八苦していた。
俺が眼科から帰ると、やはり部屋の中は、ボンドのシンナー臭で満ちていた。
「ただいまー」
言いながら扉を開けた俺は、一瞬凍り付いた。プラモを作っている空海の顔に、何か掛かっている。
「やあ、弘史、お帰り」
「何や空海、それ、顔の」
「メガネや」
「メガネ?」
「メガネ凄いな。手元めっちゃよう見えるな。これ凄い発明やで。これで細かい作業もはかどるわ」
空海は大喜びである。しかも、作りかけの「海王丸」の横には、新品の「戦艦大和」も置いてある。
俺は、そんな空海を微笑ましく思いながらも、一応突っ込んでおいた。
「空海、それ、メガネやのおて、『ハ〇キルーペ』やで」
20190314