映画
空海は、現代日本で何をする?
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「カウチポテトに、俺はなる!」
空海が、朝いちで突然宣言した。
「どこで覚えたん、そんな言葉」
俺は笑ってしまった。平成二十五年の十二月の入りである。
「とにかく、映画を見たいねん」
空海はそう言いつつ、俺のDVDコレクションを引っ張り出して来た。大概は中古か廉価版のDVDだが、俺が本当に欲しい物は、新品のブルーレイを買っている。
「これが気になるな」
空海がチョイスしたのは、『タ〇タニック』だった。
「ええんちゃう?面白い思うで」俺は笑って言った。「俺はバイト行くさかい、ゆっくり観とってな」
俺はそう言い残して、部屋を出た。
バイトが終わると、外はもう真っ暗である。冬は日が暮れるのが早い。俺がマンションに帰って来ると、室内は電気も着けず、真っ暗な中にテレビモニターの青っぽい光だけが見えた。
「おーい、空海、どないしたん?」
俺はそう言いながらドアを開けた。
暗い室内では、空海がテレビの前でタオルを握りしめて涙を流していた。
「く・う・か・い!」
少し強めに呼び掛けると、空海は肩をビクリとさせて反応した。
「あ、ああ、弘史、お帰り」
空海は腫れぼったい目で俺を見上げた。
「大丈夫か?」
「あかんわ」空海はタオルで顔を拭いた。「何や途中から涙が止まらへん。特に、楽団長のウォレス=ハートリーが避難せずに演奏を再開する所なんか、何回見ても泣けるで」
「意外と涙もろいねんな」
「皆の混乱を少しでも抑えようとするその心意気、もう涙無しには見られへん」
「まあ気持ちは判る」
「俺も入唐の時には難破しかけたさかい、船の恐さはよう判んねん」
「そうか。そう言えば船で中国に行ったんやったっけな」
「あの時は、ホンマあかんと思わんでも無かったな」
「隨分微妙な言い方やな」
「まあ、俺は絶対に唐に渡れると思っとったからな。弱音は吐かれへんかったんや」
「自分に言い聞かせとったんか」
「信じてはおったで」
空海は頷いた。
「それにしても、空海がこんなに映画好きだとは知らへんかったわ」
「俺、劇は好きやで。俺が初めて書いた本は、劇曲風に構成したし」
「そうなんや」
「物語って、面白いやん。人を引き込む力があるし。しかも、それが実話って、凄い事やと思わへんか?」
「事実は小説よりも奇なり、言うしな」
「それにしても、こんな悲劇的な恋愛模様も、本当にあったんやろか?」
「どやろな。『タ〇タニック』のジャックとローズの話しは、『ロミオとジュリエット』を下敷きにしてるらしいけどな」
「『ロミオとジュリエット』?」
「シェークスピアの歌劇」
「知らんな」
「古典やで」
一瞬の間があった。
「何や、十六世紀の人やんか。俺の時代にはまだ生まれてへん人やな」どうやらタブレットでググったらしい。「でもまあ、良い物には古いも新しいも無いな。時を忘れるわ」
「もう外は真っ暗やで」
「一回が長いからなあ。さすがに三回観るとこんな時間になるか」
「三回も観たんか」俺は肩をすくめた。「肩凝ったんちゃうか?」
「全然。もう一回観たいくらいや」
「だいぶ気に入ったんやな」
「そう言えば、晩ご飯の用意してないな」
空海が今更ながら気付いて言った。
「虫の知らせやな」俺は笑って手に持っている袋を差し上げた。「お惣菜の残り、もろて来たから大丈夫や」
「ええんか、もう一回観ても」
少々遠慮がちに空海が尋ねた。
「ええで。俺は今日一回目やからな」
俺は笑って答えた。
20190225