表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空海なら、現代日本で何をする?  作者: 宝蔵院胤舜
15/56

少女

空海は、現代日本で何をする?



少女



平成二十五年、秋の彼岸明け。

まだ夏日の続く、そんな気候の中、俺と空海は地下鉄海〇線に乗って、ハー〇ーランドへやって来た。JR神〇駅の地下街、デュオ神〇にある「北〇ラーメン」へ行く為だ。ここは以前から良く通っていた店で、最近はなかなか行けてなかったので、今日は久々に食べに行く事にしたのだ。

海〇線を降りると、デュオドームという天井がガラスドームになっている地下の広場を右手に見る通路に出る。よくここでイベントをやっているのだが、今日は特に何も無く、ガランとしている。

「北〇ラーメン」へ行くにはその広場は通らないので、そのまま左手通路へ行きかけた俺だったが、空海が広場の方へ行く途中で立ち止まり、ある柱を見つめていたので、俺もそこへ引き返した。

「どしたん、空海」

俺は尋ねたが、空海は答えずにその柱に歩み寄った。その柱の前には、少さな女の子が立っていた。まだまだ真夏のような暑さの日としては少々厚手のワンピースを着て、困り顔で立っている。服も髪形も、少々古くさい感じがする。

近付いて来た俺達を見て、少女は怯えたように背中を柱に押し付ける。

「お嬢さん、何かお困りですか?」

空海が優しく尋ねた。その穏やかな声と表情に、少しだけ少女の緊張が緩む。

「私は空海といいます。こちらは弘史。あなたのお名前は?」

「…サチコ…」

「サチコさん。何か困っている事があったら、お手伝いしますよ」

あくまで優しい空海の態度に、サチコは遠慮がちに口を開いた。

「楠公さん行きたいの」

「ナンコウさん?」

「ああ、楠公さんね」俺は横から声を掛けた。「それなら、ここからもうすぐやで」

「軟膏散って何や?」

空海は小声で俺に尋ねた。

「薬ちゃうで。楠公さんは、楠木(くすのき)正成(まさしげ)が祀られてる神社や。このすぐ北にあるわ」

俺も小声で答えた。

「お母ちゃんがな、はぐれたら楠公さんで待てってゆうたから」

サチコが消え入りそうな声で言う。

「判った。楠公さん行ったら、お母さんがおんねんな?じゃあ、一緒に行こか。もうすぐそこやし」

俺はそう言って手を差し出した。サチコはおずおずとその手を握った。サチコの手はこの暑い気候の中で、氷のように冷たかった。

地下街を通って、バスターミナルの北側の階段で地上に出ると、猛烈な暑さが全身を包んだ。普段は平然と暑さをやり過ごしている空海も、思わず顔をしかめる。

俺は、足元の覚束ないサチコの手を引いたまま、大〇通の信号まで来た。もう楠公さんは目の前である。

信号の向こうに、すぐにでも母親が迎えに来るかのような錯覚があったが、楠公さんこと湊〇神社には、それらしい人はいなかった。ただ、空海は目を細め、しきりに頷いていた。

「あっ」

何かを見つけたのか、サチコが小さく声を上げた。俺の手の中の小さな掌に少し力がこもった。

「お母ちゃん、いた」

サチコはそう言うと、俺の手を離した。鳥居へ向かってヨロヨロと駆け出す。ただ、俺には誰の姿も見えない。

「空海、誰かおるのか?」

俺は、思わず空海を振り返った。

空海は黙ったまま頷いた。

サチコは、鳥居をくぐる直前にこちらに振り向くと、小さく手を振った。そして、そのまま透けるように消えてしまった。その時、鳥居の方からもの凄い熱さの風が吹きつけて来た。

その状況を俺が理解するのには、少々時間が必要だった。

「何やったんや、今の?」

俺は空海に尋ねた。

「お前、サチコしか見えてへんかったんやな。良かったわ」

「どういう事や?」

「焼夷弾って何や?」

逆に空海が尋ねて来た。

「油が入った爆弾や。太平洋戦争中、神〇も大空襲を受けたんや」

「地下から出た時、俺達の周り、火の海やったで」

「それであんなに熱かったんや」

「サチコは、避難途中で母親とはぐれたらしいな。そのまま空襲で死んでしまったようや」

「それで、お母ちゃんを探しとったんか」

「でもどうやら、お母ちゃんには会えたようや」

「そうか」

「骨まで焼けた人影が、鳥居の向こうで待っとった」

「そうやったんか」

「鳥居は異界の入り口やからな。ここまで出迎えに来とったんやろ」

「それでも、会えて良かったな」俺は本気でそう思った。「空海があの子を見つけてへんかったら、まだお母ちゃんと会えなかったかも知れへんもんな。さすがは空海、彼岸明けに良い供養してくれたな」

そんな俺を見て、空海は真面目な顔で言った。

「お前は良い漢やな」

「空海には負けるわ」

俺は肩をすくめた。



20190217

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ