表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空海なら、現代日本で何をする?  作者: 宝蔵院胤舜
14/56

獅子吼(ししく)

空海は、現代日本で何をする?



獅子吼(ししく)



平成二十五年、師走。冷たい風が身にしみる。

俺がバイトから帰ると、空海はこたつでぬくぬくと読書をしていた。しかもみかんを食べながら。

「何やねんその冬の定版スタイルは?」

「そうなんか?」

「コタツでみかんで読書て、三種の神器やで」

「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫か?」

「それは昭和家電の神器やろ?どこで覚えたん?」

俺の言葉には取り合わず、空海は読書を再開した。

と、外からけたたましい叫び声と、甲高い笑い声が聞こえて来た。マンションのすぐ裏にある、金〇公園からである。阪神淡路大震災の教訓から、火除けと避難場所の確保として、まちづくりの中に「多目的公園」の整備が取り入れられた。

住宅街の中にある公園は子供達の格好の遊び場となったが、それによる副作用も出て来た。子供達の遊ぶ声の騒音、いわゆる「ご近所トラブル」である。

ドンドンと、ドアがせわしなくノックされた。開けると、二つ隣のワタルくんがふくれっ面で入って来た。ワタルくんは、来年高校受験を控えた受験生である。この所、よく俺達の所へやって来る。

「なあ、もうカンベンしてくれや」

ワタルくんは、ズカズカと入って来ると、コタツに入り、みかんをむき始めた。

「あれか」俺は窓の方に目をやった。「ちょっと気になるな」

「ちょっとちゃうて」ワタルくんは俺を睨みつけた。「四時くらいからワーワーキャーキャー、フルパワーで叫びながら遊びやがって。うるさくて勉強どころちゃうて」

「子供が外で遊ぶのは仕方ないけどな」

「空海さん、おかんと同じ事言わんといて。そら確かに仕方ないかも知れんけど、ジョーシキってもんがあるやろ?もう六時やで。外まっ暗やで。何で外で遊んどんねん」

空海の言葉に、ワタルくんは食って掛かった。

「だいたい、周り家ばっかりの所で、学校のグランドと同じように遊んだら、うるさいに決まってるやん。なのに、親も知らんぷりで」

「親もおるんか」

「そやで、ヒロシ。おかんが何人か横におるけど、そいつらもおかん同士でペちゃくちゃ喋って、子供の事なんか放ったらかしや」

なぜかワタルくんも、俺の事は呼び捨てである。

「親が近くにおるのに、子供の管理をせんのは、ちょっとアカンな」空海は右の眉を上げた。「子供は無明やから、大人が然るべき道を示してやらんと、どこへ行くか判らんまま成長してまうで」

「ムミョーって何や?」

知らない言葉が出て来たので、俺は空海に訊いた。

「道理が判ってへん事の喩えや。暗闇で明かりの無い状態やな」

「それは道に迷うな」

「子供は、叱ってでも叩いてでも正しい道に導かなあかんねん」

「今なら虐待とか、何とかハラスメントとか言われそうやな」

「あかん事はあかん、と教えてあげな。明王がそれに当たる仏尊や」

「なるほど。だからお不動さんてあんな恐い顔しとんのやな」

「まあそんな所や。さて、ちょっと注意してこよか」

空海はそう言うと立ち上がった。ジャージにドテラを羽織った突っ掛け姿には、それほど追力は無い。

空海と俺は、金〇公園に出て来た。子供達はまだ奇声を発しながら遊び回っている。確かに親が近くにいるが、子供達の様子を見ている風では無い。

「直接だと、かなりうるさいな」

俺は思わず呟いた。学校の校庭と比べて、狭い分だけ声がよく響く。外の周りの家はよく我慢しているものだ。

空海は、少しの間その様子を見ていたが、やがて一歩進み出ると、大きく息を吸い込んだ。

「コラッ!何時だと思ってるんや!早く家に帰らんか!」

もの凄い音量の声に、俺は思わず耳を塞いだ。公園にいる子供達とその母親達は一勢にこちらを見た。しかし、これ程の声にも関わらず、周りの家からの反応は全く無い。

空海の声は、耳を塞いだ手を通り抜けて頭に響いた。

「周りの家は、夕餉(ゆうげ)の団欒を楽しむ時だ。その時間の邪魔をしてはいけない、そうは思わんか?公園とは、当に『公共の場所』だ。そこを使うのには、それなりの約束事があるはずだ。それを守れないのなら、この場を利用する資格は無い!」

その言葉に、意外にも子供達の方が先に反応した。お互いに「帰ろう、帰ろう」と言い出し、親が近くにいない子供達は、一勢に散り散りばらばらになった。

それを見た親達が、「みんなー、帰るでー」などと声を掛け始め、子供達を集めると逃げるように公園から出て行った。

「何や、自分達も後ろめたい所があるんやな」俺は肩をすくめた。「まあ、こんな真っ暗な中で子供を遊ばせてるんは、非常識やからな」

「京の都といえど、街路に灯りなど無かった。夜の闇は悪事の温床やった。それは今も変わらんはずや」

「子供にとっても、晩飯が遅くなれば寝る時間も遅くなる。睡眠不足は成長にも良うない思うけどな」

「まあこれで、暫くは大人しいやろ」

空海はそう言って、きびすを返した。

「それにしても、凄い声やったなあ」

俺は空海に言った。空海は、それに笑って答えた。

「大きな声は出してヘんで」

「そうなん?」

「関係者にしか聞こえてへんはずや」空海は澄ましたものだ。「仏尊の声は、獅子の声が他の動物の声を圧倒して響くように、全ての雑音を押さえて聞かせたい相手に届くんや。だから、確信犯的に遊んでいた連中には、殊更大きく聞こえたはずや」

「俺に聞こえたのは?」

「とばっちりやな」

空海はしれっと答えた。

俺達が部屋に戻ると、ワタルくんはテレビを見て爆笑していた。

「お前さんも早く家に戻って勉強しいや」

俺は苦笑しながら言った。



20190215

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ