お部屋に行きました
30代男性の部屋としては、加藤さんの部屋は綺麗な方だった。
といっても、他を見たことがないから意外とこういうのが普通なのかもしれない。
布団は丁寧に折りたたまれていて、書類とか本は本棚に収納されている。
「はい、どうぞ。」
そんなことを考えていたら、あたしの前に、湯気の立つコーヒーが、とん、と置かれた。
「ありがとうございます。」
そうお礼を言うと、加藤さんはにこり、と笑い、あたしの向かいの椅子にかけた。
「今、鈴木さんさぁ、俺の部屋って意外と綺麗だな。」
そんなこと考えてたでしょ、と頬杖をついて
加藤さんは笑った。
私服だからなのか、ここが職場ではないからなのか、その笑顔が新鮮で、どきり、とする。
「えーと、はい。」
緊張で声が少し上ずっているのが分かった。
コーヒーを一口ごくり、と飲み込んで、あたしは黙り込んでしまった。
せっかく会えたのに、黙り込むなんて気の利かない。
そんなあたしに加藤さんは聞いてくる。
「もうちょい汚いとは思ってた?」
あたしは、こくり、と頷く。
「嘘だよ、若い女の子が来るから片付けたに決まってんじゃん。いつも、こんな綺麗じゃないよ。」
加藤さんは頬杖をやめて、今度は腕を組んだ。
…それも、そうか。
でも、職場での加藤さんの机はいつもキレイだった。
過去形になっていて、あたしは勝手にひとりしんみりと寂しくなってしまった。
「…職場では綺麗にしてるよ?じゃないと、業務に支障が出るでしょう。」
この人は、なぜかあたしの心を読み取ってしまう。なぜだろう。
「仕事、ためてないとこ、すごいなって思います。」
ぽそり、とあたしはつぶやいた。
「俺、何年目だと思ってんの。バカにしてんの?」
目の前で加藤さんが吹き出す。
「てかさ、職場の机の散らかり具合がそのままプライベートに反映するんなら、俺、鈴木さんの部屋の様子がよく分かるよ。」
今の加藤さんの笑顔には、にやにや、という擬音がよく似合う。
「書類全部ごっちゃになってんじゃん。あんなんじゃ、必要な時に必要な書類、出せないでしょうよ。」
指摘された現実に、目を背けたくなる。
まさに、本当に、その通り。
というか、なんでプライベートの時に、仕事の話になったんだろう。
「ね、俺と付き合うと、こーゆーことになるんだよ。」
ふ、と寂しそうな声色に変わった。
はっとして、あたしは、加藤さんの顔に目を戻した。いけない。あたしが告白したんだから、大人な加藤さんはそれに付き合ってくれているだけなのに。
「いや、そんなこと、ないですよ。」
取り繕うような言葉になってしまった。
「…本音は?」
目じりを下げて笑う優しい加藤さんの笑顔に、またもや、どきんとする。
「えーと、ほんと、片付けできてなくて申し訳ないなぁとおもってます。」
うん、これが本音だ。
「俺もだけど、鈴木さんもね、プロなんだよ。事務のエキスパート。職場では、そのこと、自覚しなきゃね。ま、今は、プライベートなんだから、そこまで口うるさく言うつもりないけど。」
そこまで言うと、加藤さんは、ぬるくなってしまったコーヒーに口をつけた。
「はい。」
しょんぼりしてしまったあたしを横目に、加藤さんは肩をすくめる。
「アラフォーのおっさんが何言ってんだって感じだよね。」
加藤さんの口から思わぬ単語が飛び出してきて、あたしはつい吹き出してしまった。
「何、笑ってんの?」
そういう加藤さんも笑ってる。
「だって、加藤さん、まだ35歳…。」
肩を震わせて笑うあたしの頭を、加藤さんは軽く叩く。その触れ方は、優しい。
「四捨五入したら、40代だよ。ほら、アラフォー。」
ひとしきり笑うと、心がほぐれた感じがした。
この人には、多分、あたしが緊張してることなんて丸わかりなんだろうな。