電話
あたしは、社会人になってから3回目の4月を迎えた。
去年よりは周りを見渡せるようになったものの、平日は21時くらいまで職場にいたり、休日は疲れから一日中寝ていたりで、あっという間に日々は過ぎていく。3月末のあの出来事もすっかり忘れそうになっていた金曜の夜のことだった。職場でぼんやりとしていると、携帯電話に着信があった。
[加藤 俊介]
ディスプレイに表示された名前を、たっぷり3秒間凝視して、ようやくあたしはその名前が加藤さんであることに気づく。
慌てて携帯を手に取り、耳に押し当てると、もう随分と聞いていない感じのする懐かしい声が耳に流れ込んできた。
「お疲れ様。加藤です。」
まるで、出張先からかけてくるかのような調子にあたしはふっと脱力した。
「鈴木です。お疲れ様です。」
そう返すと、電話の向こうで加藤さんが笑うのが分かった。
「電話出るの遅かったね。まだ職場なの?」
まさか、あなたの下の名前をど忘れしてました、とは言えない。
「はい。」
連日、職場の退勤チェックリストは、あたしの名前で埋まっていた。
「お疲れ様。新年度は、どこもそんな感じだよね。」
しばらく、お互いの近況をとりとめもなく話していた。
「いきなりなんだけどさ、鈴木さん、明後日って何か用事ある?」
話題がちょうど途切れた刹那に加藤さんが聞いてきた。
明後日は、ちょうど日曜日だ。
4月は毎週末、布団と仲良くする、と決めていたあたしは、特にない、と答える。
「じゃあ、会いましょうか。この前の返事、改めてちゃんと伝えたいし。」
一週間の疲れでぼんやりしていた頭が一気にクリアになった。
「場所は、どうしようか。俺の部屋でも大丈夫?」
うわ、加藤さんの部屋?行ってみたいかも。
「行きます!」
二つ返事であたしは答える。