一日目夜 3
山田さんはさらに続けた。
「雅夫君、T山には何度も登っていたんでしょ。そうした人が登山道をはずれて、しかも樹海に迷い込むなんて、やはりおかしくないですか?」
「そんなこと、考えもしませんでしたわ。山の遭難って、みんなそんなものだと」
「五年前の遭難事故のあと、山小屋が建て直されてるんです。なのに、そのあとも六件の遭難事故が。それって、思ったほど役に立っていない、そんな気がしませんか?」
「まあ、それなりだと思いますわ」
「それなり?」
「古い方の山小屋、とても小さいらしいんです。あれでは、グループがいくつも泊まれないって。うちに泊まったお客さん、利用できなかったのか不満をもらしていましたわ。ですから、大きなものが必要だったんじゃないかしら?」
「で、新たに山小屋を建て直した。……それでも毎年のように……しかも……」
途中からは自分に語りかけるようにブツブツつぶやくようになり、しまいの方はほとんど会話になっていない。いっこうに解けぬ疑問を、牛の胃袋のように頭の中で反芻していたのだ。
星野さんが聞き取れた部分に反応する。
「遭難事故、何をしても起きるでしょ。ですからそれが、ミツエさんの怨霊のタタリだって。そんなウワサをする人、いまだにあとを絶たないんです。妙なウワサが、もっと妙なウワサを生んで」
ねっ、ひどいでしょ、と口をとがらせ、ふたたび料理を並べる手を動かし始めた。
――怨霊のタタリ?
遭難事故の原因が怨霊のタタリだというのか。怨霊の存在さえ信じられないことだ。
「タタリですか。死んでからの復讐みたいで、たしかにひどいですね」
「おかしいでしょ、そんな怪談じみたこと」
ちょっと笑ってみせてから、星野さんは神妙な顔になって言葉を継いだ。
「でもミツエさん、恨みを持ったまま死んだのも確かなことですから。とくに村の人に対しては……。ですから、そんなウワサが絶えないんです」
「村の人たちって、それじゃあ村の人、雅夫君の捜索に協力しなかったとでも?」
「もちろん協力しましたわ」
「では、どうしてです?」
「捜索のとき、雅夫ちゃんのリュックだけが発見されたんです。場所は山小屋から少し下ったところ。登山道からは見えないところで見つかった。たしか、そういうふうに聞きましたわ」
「登山道からはずれてしまったんでしょうね」
「ですから捜索隊も、ずいぶん付近を捜したそうなんです。でも雅夫ちゃん本人は、どうしても見つからなくて。で、問題はリュックの中にあった、雅夫ちゃんのノートのメモなんですの」
「メモって、遭難中に書き残したものですか?」
「そうなんですの。そのメモが、ミツエさんの自殺のきっかけになったんです。でも、それはあくまできっかけで、ほんとの原因は別にあるんですけど」
「その、ほんとの原因って?」