一日目夜 1
露天温泉で汗を流したあと、山田さんは部屋でのんびりテレビをみて過ごしていた。
そんなところに……。
夕食を運んできた女性が、あいさつがてら気軽に声をかけてくる。
「登山のふうには見えませんが、この村にはお仕事ですか?」
「まあ、そんなものです」
「残念ですわ。そこのT山は、どなたでも登れる登山道が整備されておりますのよ。次に来るときは、ぜひ登山もしてくださいね」
女性は笑顔で山田さんに向き直り、あらたまって正座をした。
畳に両手をついて頭を下げる。
「ここでオカミをしている星野と申します。ご用のおりは、何なりとおっしゃってくださいね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
自己紹介をしてから、山田さんは昼間の件を話題に出した。
「実は今日、ちょっとした用があって、登山管理事務所に行ってきたんですが……」
管理人と話したこと。ついでにT山で起きている遭難事故の件も話した。
星野さんは五十歳前後というところか。サバサバした性格の持ち主らしく、それからも山田さんの話に気軽につき合ってくれた。
「そうなんですのよ。前は遭難する人なんて、めったにいなかったのに。それがここ五年ほど、ほんとに多くて。どうしてかしら?」
星野さんはしゃべりながら、料理の盛られた皿を食卓に手際よく並べていく。
「初心者の登山者が増えたせいだって。管理人さんはそう言ってましたが」
「そうなんですか、あそこの管理人さんがねえ」
星野さんは首をかしげてから続けた。
「でも、それだけではないと思いますよ。わたしが言うのもなんですが、だって初心者の方が増えたのは登山道ができてからなんだし。それってもう、二十年以上も前のことですからね」
「たしかにおかしいですね。遭難の増えた時期が、登山者の増えた時期とずいぶんずれてますので」
「それに実際、五年前の遭難事故のときだって、T山には何度も登っていた人なんですのよ。初心者なんかじゃありませんでしたもの」
「もしかして知ってる方なんですか?」
山田さんはつい身を乗り出していた。
「はい。その人、雅夫ちゃんっていいましてね、子供のころからとっても。母親はミツエさんっていうんですけどね。うちの旅館で、長いこと働いてもらっていたものですから」
星野さんが料理を並べる手を止め、当時のことを思い返すように話を続ける。






