一日目 4
――それでも骨ぐらい、どこかに残っていそうなもんだが……。
骨の断片ぐらいは……そう思ったが、山田さんは口に出さず話のホコ先を変えた。
「登山ルートには山小屋がありますが、そこへの避難は?」
パンフレットの地図によると、その山小屋は七合目あたりにあった。登山ルートは一本で山小屋の位置はわかりやすい。
「吹雪のときには、たいていの者が避難してるよ。そのためにも山小屋は置いてあるんだからな」
「でしょうね」
「それに、山小屋には電話が設置してあるんだ。何事かあって予定が変わるときは、必ずここに連絡してもらうことになってるんだがね」
それがなかったんだよと言って、鈴木さんは机の上の電話をチラッと見やった。
「では、遭難者は山小屋に着けなかった。そういうことになりますね」
「だから遭難したんじゃないか。ひどい濃霧が発生すると、五メートル先でさえ見えなくなる。山小屋どころか登山道さえわからなくなるんだ」
「たったの五メートルですか」
山小屋があったとしても、それが視界に入らなければたどり着くことはできない。
さすがに山田さんも返す言葉がなかった。
「それで村は、五年前の遭難事故のあと、それなりの対策をとってきたんだ。登山道を整備し直したり、新たに山小屋を建てたりとね」
やるべきことはやっているんだ。
そう言わんばかりに、鈴木さんは語気を強めてしゃべった。
その勢いに……。
つい山田さんも押し切られ、何となく納得した気分になった。
窓口に次の登山グループが訪れ、鈴木さんが登山許可証の発行手続きにと、ふたたび背を向ける。
まったくの期待はずれであった。
これ以上、取材を続けてもムダであろう。
それに鈴木さんを傷つけることになる。遭難は管理人が鈴木さんになってから増えているのだから、それが鈴木さんの落ち度だと責めるようなものなのだ。
「ありがとうございました」
受け付け中の背中にお礼を述べて、山田さんは管理事務所を退いたのだった。
山田さんは駅にもどった。
駅からは徒歩で予約していた旅館に向かう。
役場のある繁華街を通り抜け、幅が十メートルたらずの川に沿って二十分ほど歩くと、狭い道路の片側に湯煙の立ち昇る旅館街が見えてきた。岩だらけの川原に沿って、十軒ほどの旅館がまばらに並んでいる。
足元を流れる川。
遠くにつらなる山々。
まわりの景色を楽しみながら歩いた。
いくつかの旅館の前を通り過ぎたところで「やすらぎ旅館」という看板を見つける。古風な木造の二階建てで、こじんまりとした造りの旅館だった。
そのころはもう……。
翌朝には帰ろうと決めていた。