一日目 3
それには表にT山のカラー写真と説明記事。裏には登山道を記した地図、登山の注意事項などが記載されてあった。
パンフレットによると――。
T山の最高点は一五八三メートル。
山の三合目ぐらいまでは広葉樹に混じり、杉やヒノキといった人工樹林がある。そこから七合目まで原生林が続き、その上の山頂までは低木と高山植物が占める。山頂付近の大半は赤土がむき出しになっており、そこらには大小の岩が数多く点在していた。
山の管理はS村が行い、登山道の整備などはもちろん、管理事務所の運営もしていると記されていた。
全体に目を通した山田さんは、まずパンフレットのできばえをほめた。
「これって、とてもよくできてますね。ざっと読んだだけで大方のことがわかります」
「でも、それだけじゃ記事にならんだろう」
独りでたいくつだったのか、鈴木さんはそれからひとしきり、S村のこととT山の自慢話を続けた。
話の途中。
それとなく、さりげなく……ここ五年間の行方不明者のことをたずねてみた。それこそ本来の目的で本音の部分である。
すると意外にも……。
鈴木さんはイヤな顔ひとつ見せず、気軽にペラペラとしゃべってくれた。
「登山者は帰りにこの事務所に寄って、必ず下山の報告をすることになってるんだがね。それが下山予定日を過ぎても、いずれも報告がなくて」
「で、遭難だと?」
「下山の報告がない場合、ここから役場や警察の関係者に連絡するんだ。最終的にはそこが判断して、捜索隊を出すかどうか決定するんだがね。で、さきほどの件は、すべて捜索隊が出てるんだよ」
「それでも見つからなかったと?」
「登山ルートをはずれてしまい、樹海に迷い込んだんじゃないかな。そうなると、発見するのが困難になるんでね。あっ、ちょっと失礼」
鈴木さんが話を切って、上体をくるりと窓口に向ける。四、五人の若者のグループがやってきたのだ。
鈴木さんは手ぎわよく登山許可証の発行手続きをすませ、最後に許可証とパンフレットを渡した。
「パンフレット、かならず読んでね」
くれぐれも無理はしないように――と、彼らを大きな声で送り出してから、山田さんに向き直ってこまり顔をしてみせる。
「今のグループみたいに、最近はシロウトさんが多くなってね。それで事故も増えるんだよ」
登山者の格好を見ただけで、登山のベテランかシロウトの見分けがつくらしい。
「では七人の遭難者も、やはり初心者ばかりだったんですか?」
「いや、そうじゃなかったな。何度もこの山に登っている者もいたよ」
「なら、どうして遭難を。ベテランの人でも、登山ルートをはずれてしまうんでしょうか?」
「山の遭難とはそういうものなんだよ。山を甘く見てはいけないんだ」
「それにしてもですね。ひとりとして見つからないのは、ちょっとおかしくないですか?」
「それは言えるがね。しかしなんだが……山には動物もいる。荒らされたら残りにくいしね」
このときばかりは、鈴木さんも顔をしかめて話しにくそうにしゃべった。