一日目 2
管理事務所は山小屋風に造られていた。
窓口には四十歳ぐらいの男が座っていて、のんびり雑誌をめくっているのが見える。
窓口に歩み寄って、山田さんは管理人の男に声をかけた。
「あのー」
管理人が顔を上げる。日焼けをしていて、いかにも山男といったふうである。
「これに書いてね」
管理人から一枚の紙を差し出された。
それを見るに、登山の申し込み用紙である。
「すみません、登山じゃないんです。少しばかりお話をうかがいたくて。こういう者なんですが……」
山田さんは用紙を返すついでに、財布から自分の名刺を取り出して一緒に渡した。
「カメラマン?」
「T山の魅力を記事にして、ある山岳雑誌に載せるつもりなんですが、よろしければ取材をさせていただけませんか?」
「いいけど……」
管理人は鈴木だと名乗ってから、山田さんの取材に興味を示してきた。
「じゃあ、ピーアールしてくれるんだ」
「まあ、いい記事になって、その雑誌社が買い取ってくれればなんですが」
この説明には、本当とウソが入り混じっていた。T山の取材はタテマエで、本来の目的は消息不明の遭難者のことなのだから……。
「じゃあ、あんたのガンバリしだいか。まあいいだろう、何なりと聞いてくれ。見てのとおり、オレもヒマだしな」
鈴木さんは雑誌を机の脇に押しやり、なんとも気軽に承諾してくれた。
「ありがとうございます」
「あんた、中に入ったらいいよ。外は寒いし、こっちの方がゆっくり話せるだろ」
鈴木さんが立ち上がり、事務所の側面にあるドアを押し開ける。それからわざわざ、山田さんの座るパイプ椅子まで用意してくれた。
「すまんな、せまくて」
「とんでもありません。取材をさせてもらえるだけでありがたいです」
山田さんは顔の前で手をふってから、すみませんと心の内であやまった。それから腹をくくり、パイプ椅子に腰をおろした。
「で、どういうことから?」
鈴木さんが椅子に座ったまま、上半身だけを山田さんに向ける。
はて、何から聞いたものか?
はなから過去の遭難事故のことを切り出しては、捜索や救助の不手際を指摘された。鈴木さんはそう思うだろうし、そうなっては気分を害しかねない。
まず山田さんは、管理人自身についての質問から始めることにした。
「ここの仕事、もう長いんですか?」
「始めて五年になるかな」
ここで五年間働いているということは、ここ五年間に起きた遭難事故のことを知っているということになる。山田さんは内心ホッとした。
「ずっと一日、ここにいらっしゃるんですか?」
「朝の六時から夕方六時までね」
「山の上だから、通うのが大変ですね」
「なれるとそれほどでもないよ。でも冬は道路が凍結するんで、タイヤにチェーンが必要になるんだ。それがちょっと面倒だけど……。こんな話、ちっともT山の宣伝にならんな」
「すみません。つまらないことばかり聞いて」
「いや、何でも聞いてくれ」
「ではT山のことを」
「それならパンフレットを見たらいい。みんな書いてあるんでね」
鈴木さんがこれだよと言って、窓口に置かれたパンフレットの一枚を山田さんに手渡した。




