二日目深夜 4
悪魔がさらに近づいてくる。
それまで隠れていた上半身を天井からせり出して迫ってくる。
悪魔が上半身を伸ばす。
その体はボロ切れをまとったミイラのようで、赤黒い色をしていた。
悪魔が両腕を広げ、山田さんに向かっておおいかぶさる。
大きな口。
真っ赤な唇。
炎のような舌。
鋭くとがった牙。
キッと見開いた目。
節くれだった長い指。
ナイフのような鋭い爪。
それらが目の前に迫った。
距離にして一メートルない。
人は死を覚悟した刹那、それまでの人生が一瞬にして頭の中をよぎるという。
だが……。
山田さんはそうはならなかった。精神と肉体、その両方とも極限状態にあるのだが、なぜか意識だけははっきりとしていた。
はげしくセキ込む。
吸い込む空気がのどを焼くように熱い。
呼吸をするだけで苦しい。
――おしまいだ。
そう観念したときだった。
ガタガタ、ガタガタ……。
山小屋が小刻みに振動を始めた。
その揺れは、これまでのものとはちがい、徐々に激しくなってゆく。
悪魔が奇妙な動きを始めた。
天井から壁、壁から床へと移動してゆく。
見えない糸に引かれるかのごとく。
見えない何者かに導かれるがごとく。
なぜか悪魔自ら炎の中に入ったのだった。
炎につつまれた悪魔の体が床に吸い込まれてゆく。
腕が消え、手が消える。
顔が大きくゆがみ、その輪郭を失ってゆく。
ついには口も目も消えた。
あいまって……。
さらなる激しい揺れとともに、山田さんは全身に強い衝撃を感じたのだった。
山田さんは山小屋の外に放り出されていた。ドアが開き、いきなり外に投げ出されていたのだ。
なぜドアが開いたのか?
激しい揺れで開いたのか?
悪魔のタタリがとけたのか?
山田さんにわかるはずもない。
ただ、これだけは言えた。悪魔に呑み込まれることもなく、炎に焼け死ぬこともなかった。
山小屋は強い風にあおられ燃えていた。
屋根から壁から、まっ赤な炎と黒い煙を噴き上げている。
それを前にして。
山田さんはただ茫然と立ちつくしていた。山小屋が燃えてゆくサマを見つめながら……。
それは屋根と壁が燃え落ち、数本の主な柱だけを残すだけとなったときだった。
グゥオー。
山小屋がすさまじい音をたてる。
同時に炎が広がり、大量の火の粉が周囲に舞い散った。焼けた柱がいっせいにくずれ落ちたのだ。
山田さんは悪魔の悲鳴だと思った。
おりからの強い風に、一瞬だけ燃え上がった炎の音であったのかもしれない。しかし山田さんには、それが断末魔の悲鳴に聞こえたのである。




