二日目深夜 2
右足を持ち上げてみた。
樹液が糸を引くようについてくるが、今のところはなんとか歩くことはできそうだ。けれど樹液の量がさらに増えれば、それさえかなわなくなるのではと思われた。
――もしや、ミツエの復讐では?
今こうして起きていることは、とてもただの自然現象とは思えない。怨霊による怪奇現象、もはやそうとしか考えられない。
ただ……。
大量の樹液とミツエの復讐、このふたつがいかように関係しているのかがわからない。それに今は、そんなことを考えるいとますらない。
「ミツエさん!」
山田さんはおもわず名前を呼んでいた。
それに反応したかのように、山小屋が音をたて振動を始めた。
揺れは十秒たらずでおさまる。
目の前に現実を突きつけられると、通常ではありえないことも認めざるをえなくなる。
――ミツエさんの復讐なんだ。
さっきは、とっさに思いあたったことだった。
それが今、確かなものに変わろうとしていた。この怪奇現象がミツエの怨霊のしわざなんだと。
ここから……。
山田さんの目の前で、さらなる怪奇現象が繰り広げられることになる。
まず床の中央部分が盛り上がり、そこに小さな割れ目が現れた。それは徐々に広がるとともに形を変えてゆき、ひとかかえほどもある空洞となった。
それはまさに口であった。
大きく裂けた唇。
牙のような鋭い歯。
炎のような赤い舌。
――悪魔の口だ!
恐怖が極限にまで達すると、人はかえって冷静になれるのであろうか。目の前の口に向かって、山田さんは声をしぼり出すようにして話しかけていた。
「あんた、ミツエさんなんだろ?」
この問いかけに、悪魔の口が唇のはしをピクリとふるわせる。
むろん返事はない。
樹液をなめるように、伸ばした赤い舌をメラメラと動かしている。
――やっぱりミツエさんなんだ。
山田さんは確信した。
この悪魔の正体がミツエの怨霊であると……。
「あなたの友達、やすらぎ旅館の星野さんから、五年前のこと、みんな聞いたよ。雅夫君のこともね」
語りかけるようにしゃべった。
目の前の悪魔、ミツエが化身したであろう悪魔に向かって。
悪魔の口が移動を始めた。
床と樹液の間をはうようにして移動する。
悪魔の口は正面の壁の中央で止まった。
唇を開く。
鋭い牙を見せる。
舌を炎のように動かす。
「宮村や村長たちのことも聞いた。オレはアイツらのやったことをあばいて、雑誌社に持ち込むつもりなんだ。カタキなら、オレがかわってとってやるから」
言葉が伝わっているのか見当さえつかない。




