二日目深夜 1
二日目 深夜
深夜、身ぶるいをして目をさました。
寒さのせいではない。
顔に触れる空気に何かしら重みが感じられる。
経験のない奇妙な重みだった。
それがなんであるかを確かめるべく、山田さんは寝袋の中から手を伸ばし、そばに置いてあった懐中電灯をつかんだ。
――うん?
手の平がべとつく。
かまわずスイッチを入れ、その手を明かりで照らすと、つかんだ指が得体の知れない赤黒いモノで染まっていた。
――何だ、こいつは……。
頭を触ってみた。
顔や髪にも、同じモノがついている。
原因はコレのせいだったのだ。
ソレは寝袋や床にもついており、指先でなでるように触ると松ヤニのようにネバネバとしていた。
さらに四方の壁にも流れ伝い、ソレはいく筋もの赤黒い線を描いていた。壁から天井に明かりをずらしてみるに、ハリの太い丸木からも赤黒い樹液がにじみ出ている。
――こんなの初めてだな。
山田さんはカメラをつかみ、正面の壁に向かってとっさにシャッターを切った。
が、シャッターがおりない。
カメラをあらためて見るに、シャッターボタンには樹液がビッシリとついていた。
――くそー。
強く舌打ちしてから、その量の多さにあらためておどろかされた。
松の木材が長く樹液を出し続けることを、知識としては知っていた。しかし、これは出る量がはんぱではない。だいいち寝るまでは、こんなモノはまったく見なかったではないか。
ここにいたって、ただならぬ異常に気づく。
たとえこれが自然現象だとしても、尋常でないことだけは確かである。
――とにかく出なきゃあ。
山田さんは懐中電灯をつかむと、カメラを首にかけてドアに向かおうとした。
ところが思うように足が動かない。
足元を見ると、厚手の靴下の裏に樹液がベットリついていた。
それからは靴下を脱ぎ捨て、床の樹液と格闘しながら、ようやくドアの前に立つことができた。
ドアに体をあずけて押す。
しかし、なぜかびくともしない。
――どうなってんだ!
見るにここでも、樹液が柱とドアの間にすきまなく溜まっていた。
樹液が接着剤となっているのだ。
高窓はあるが位置が高いうえ、脱出するにはあまりに小さすぎる。そしてすでに、そこら一帯も樹液によって占領されていた。
――落ち着け、落ち着くんだ。
自分に強く言い聞かせるも、頭の中はどうにもならないほどに混乱してゆく。
やがて……。
樹液は牛のヨダレのごとく、天井のあちこちから筋となって垂れ落ちるようになった。
いそいで上着を脱いで頭におおった。しかし足元は防ぎようがなく、指先は床に溜まった樹液に浸り始めていた。
――まさかこんなもので、溶かされるってこともあるまいが……。
食虫植物に指先をなめられている、そんなイヤな感覚におそわれる。




