二日目 5
山田さんは新しい方の山小屋に向かった。
明かりが近づいては遠のき、しばらくの間はその繰り返しだった。ここでも登山道が左右に大きく蛇行していたのだ。
疲れがピークにあるうえ、それが足にきていて思うように歩が進まない。それでも明かりが目前にあるだけに、気分だけは上々だった。
十五分ほどで明かりのついた山小屋に着いた。
こちらの大きさは古い山小屋の倍ほど。
高床式の造りは同じであったが、こちらには広い窓がいくつかついている。
――やっと着いたな。
腕時計を見るに、すでに七時半前だった。
結局、六時間半もかかったことになる。
ところが……。
内鍵がかかっているのか、ドアが開かない。
取っ手をつかんで押したり引いたりするも、うんともすんともしない。
明かりがついているのだから、中に先客がいるのはまちがいない。しかたなく中まで響くよう、今度はドアを何度かたたいてみた。
が、それにも応答がなかった。
ドアに耳を押しあててみる。
ラジカセらしき音楽と、それに合わせた歌声が聞こえた。さらに床を踏み鳴らすような音もしている。
――雅夫君も締め出されたんだ。
一瞬、五年前の事件のことが脳裏をよぎる。
だが今は、あのときとは明らかにちがう。気がついてくれさえすれば、ドアは開けてもらえる。
山田さんは窓のある側面に移動した。
――チェッ!
おもわず舌打ちする。
中には五、六人の若者のグループがいた。
はげしく踊っている者。
それに手をたたき、はやしたてる者。
全員がいちように騒いでいる。さらには缶ビールを手にしており、山小屋の中はパーティの場に化していたのだった。
――何も、こんな所に来てまで……。
山田さんは顔をしかめ、手のこぶしで窓ガラスを強くたたいた。
その音に。
窓ぎわにいた若者が気づき、びっくりしたようすで窓の外の山田さんに顔を向けた。
山田さんは窓ガラス越しに、ゆっくり口を動かして見せた。
ドアを開けてほしいんだ、と……。
若者がドアに向かうのを見て、すぐさま山田さんも入り口の前にもどった。
「すみません、ちっとも気がつかなくて」
ドアを開けた若者が頭を下げ、バツの悪そうな表情をする。
「入ってもいいかな?」
聞くまでもないと思ったが、山田さんはとりあえず聞いた。そんな雰囲気だったのである。
「ええ、どうぞ」
若者はそう言ってから、背後の仲間と顔を見合わせた。その顔には見事なまでに書いてある。入れないわけにもいかんだろう、と。
――何だかやりきれんな。
気まずい思いが込み上がった。
自分の登場は、この若者らにとっては想定外なことなのだ。いわば邪魔者に、いきなり侵入されたということなのだろう。
若者たちはおし黙ったまま片付けを始めた。
――しょうがねえ。
朝まで一緒に過ごすことに、とてもじゃないが耐えられそうにない。
山田さんは一度は降ろしたリュックを背負い、脱ぎかけていた靴をはき直し始めた。
若者たちがあっけにとられて見ている。
「なに、気にしなくていいよ。ボクは下の山小屋で寝るから」
「でも、あそこは」
若者が言いかけて口をつぐむ。
――自殺があったんだよな。
山田さんは心の内で、若者の言葉の先をつぶやいていた。




