二日目 4
「コイツだな」
声に出し、おもわず立ち止まる。
ミツエが自殺した山小屋――ソレは、登山道に隣接した平地の少し奥まった場所にあった。むろん明かりはついておらず、漆黒の闇の中にひっそりとたたずんでいる。
懐中電灯の明かりを向けると、建物全体がうっすらと闇に浮かび上がった。
聞いていたとおり小さい。が、想像していたほど古くもない。自殺があったことさえなければ、今でも宿泊の場として普通に使われていただろう。
――ついでだ。
山田さんは立ち寄ってみることにした。
怖いということはなかった。事件はもう五年も前のことだし、それに霊の存在なんてまったく信じていなかったのだ。
雑草を踏み分けて近くまで進み入ると、山小屋は一メートルほどの高床式の造りで、入り口のドアは登山道側にあった。
ドアの前には丸太の階段がついている。
階段を上り、山田さんはドアの前に立った。
ドアに鍵はついていなかった。
取っ手をつまんで手前に引くと、ギィーと音を鳴らして開く。
内鍵もついていなかった。
事件後、ほとんど使用されなくなったので、あえて鍵をつける必要もないのか。それとも事件のあと、わざわざ取りはずされたのか。いずれにせよ、そのどちらかだと思われた。
――ついでのついでに中を見てみるか。
そう思って、山田さんが山小屋に足を踏み入れようとしたときだった。
ガタガタ……。
音をたて、山小屋が振動を始めた。だが、さほどたいした揺れではない。
振動は十秒たらずでおさまった。
揺れている間、山田さんの体はかたまっていた。なにせ自殺のあった山小屋である。そこにまさに入らんとした瞬間だったからだ。
――地震だったのか……。偶然にしても、このタイミングだもんなあ。
小さな地震ごときに、不覚にもビビッた自分に苦笑いをする。
山小屋は十畳ほどの広さだった。
床から壁、天井へと、懐中電灯の明かりをくまなくあててみた。
チリひとつ落ちておらず、こわれているような箇所も見あたらない。掃除など、管理だけは定期的に行われているのだろう。
だが、さすがに……。
天井の太いハリを見上げたときは、背筋のあたりに冷たいものがゾクリと走った。
――あそこにロープをかけて……。
ミツエに見下ろされている気分になる。
きびすを返すように、そこを出ようとした山田さんだったが、何を思ったかハタと立ち止まった。
何かが気になる。
何かやり残したことがある。
山田さんはふり返ると、本能的にカメラのシャッターを切っていた。
部屋がストロボの閃光で満たされる。しかしそれも一瞬で、すぐさま漆黒の闇に占領された。




