二日目 2
午後一時五分。
日暮れが六時ごろだとしても、山小屋には十分明るいうちに着くはずである。
山田さんは空気を思いきり吸い込んでから、これから登るT山の山頂をあおぎ見た。
――よしっ!
声に出して一歩を踏み出す。
登山道はススキ野をぬうようにして続き、遠くに見える雑木林へと続いていた。木々はすでに紅葉し、赤や茶などが色とりどりに混じっている。
林の中に入ると、大小の石がむき出しになっていたり、湿った土で靴がすべるところもあった。が、おもいのほか登山道は整備されており、段差のある場所には丸太の階段も設置されていた。
だが一方で……。
登山道は右に左に蛇行しながら林の中をうねうねと続いていた。右方向に五十メートルほど進んだかと思えば急に折り返し、左に百メートルほど進む。
道を蛇行させ傾斜を抑えているのだろうが、歩く距離としてはずいぶん非効率である。登っているはずなのに、ときとして下り坂さえある。
登山道は前後しか見通せなかった。
今まで歩いてきた下の道も、これから歩くであろう上の道も樹海に隠れている。行く手によっては、まれに谷のような場所に行きあたるといった、ずいぶん複雑な地形の中に整備されていた。
一歩ずつ、地面を踏みしめるように歩く。
木々の生命を感じ、景色を楽しみながら登る。
林の開けた場所では、山頂に向かって数枚の写真も撮った。
登山道が少しずつ標高を高めてゆく。
二時間ほどが過ぎたころ。
景色を楽しむどころではなくなっていた。
表土の流された登山道は小石がいくつも浮いていおり、それらを踏むたびに足が滑る。しかもはきなれない登山靴、足の裏がヒリヒリと痛んだ。
きわめつきは背中の重いリュックである。
ヒモが両肩に食い込み、とにもかくにも痛い。原因は必要以上に買い込んだ飲料水のせいだった。
それでも……。
そのころはまだましで、五分歩いて一分休むといったペースだった。それが三時間を過ぎるころには、五分歩いて二分休むようになっていた。
――運動不足だな。それに息が切れるのはタバコのせいだ。このさいだ、タバコはやめるか。
が、口ほどには反省をしていない。
道ばたに座り込んでタバコをふかす。そして、うらめしそうな目で進行方向を見やるのだった。
登山道は森の中を、この先、延々と続いているように思われた。
ときおり。
「がんばってくださいね」
下山していく登山者たちが、すれちがいざまにはげましの声をかけてくれた。そしてそのたびに山田さんはたずねるのだった。
「山小屋まで、あとどれほどでしょうか?」
「二時間ぐらいかな」
もうひとふんばりですよと、だれもが元気づけるように教えてくれた。




