プロローグ
ボクの先輩に、山田さんというフリーのカメラマンがいます。学生時代、同じ下宿だったことから、二人のつき合いは始まりました。
以来、十年ほど。
お互い、気ままな独身生活を送ってきた者同士。仕事に遊びにと、今でも親密な関係が続いています。
その山田さんですが……。
カメラマンとしての仕事のほかに、ルポライターのような事件の取材もします。それもたいてい些細な新聞記事をもとに調査を始め、いったん取材に出かけると一週間ほどは帰ってきません。
そして取材が一段落すると、必ずボクのところにやってきて、開口一番にこう言うのです。
「アレ、頼むよ」
アレとは、取材した調査結果をまとめたり、それらを雑誌社に売る記事に仕立てることです。山田さんはカメラの腕は一流なんですが、文章を書くのを何より苦手としているのでした。
それでボクですが……。
二年ほど前、勤めていた広告会社を辞め、今はコンビニでアルバイトをしながら夢を追っています。
作家になるという夢です。ですから自分で言うのもおこがましいのですが、原稿を書く作業は他人より手なれているのです。
それに執筆料が入るんです。まあ、ほんのオコボレ程度ですが……。それでも、バイトだけでは生活の苦しいボクには、この執筆料はとてもありがたい臨時収入になります。
ですから、ボクの返事はいつも同じです。
「いいですよ」
こうした簡単なやり取りのあと、さっそく二人は顔を突き合わせ、事件を語る原稿の編集作業に取りかかります。
山田さんは取材ノートを見ながら、調査した内容や自分の考えをボクに詳しく説明します。ボクはボクで聞き取ったことを、自分のノートにていねいにメモしていきます。
もちろん肝心なところはカセットテープにも録音しており、あとになっていつでも掘り起こせるようしています。
山田さんが帰ったあと。
ボクはひとり、雑誌社に持ち込む原稿として、それらを順序立ててひとつにまとめあげるのです。
およそ一週間後。
山田さんは写真に完成原稿を付け合わせ、あちこちの雑誌社に売り込むというわけでした。
今、ボクの目の前には、仕上がったばかりのふたつの原稿があります。
ひとつは、山田さんに渡す原稿。
ひとつは、山田さんに渡さない原稿。
どちらも同じ事件のもので、山田さんがS村で取材したことを編集した原稿です。
渡さない方の原稿が、ボク専用の怪事件ファイルに綴じられました。




