あの日と変わらない夢を見ていた。
八月、蒸し暑い空気で目が覚めて
私はすぐに布団を片づける。
片づけすぐさま扇風機を起動させ、部屋を冷やす。
窓の外を風が通り抜ける。
蝉の鳴き声が遠くから聞こえてきて
夏が今日も続いていることを知らせてくれる。
「おはよ~。」
「おはよう。」
「あれ?お母さん出かけるの?」
「昨日言ったじゃない。今日は仕事が入ってるのよ。」
「そ、そうだっけ…?」
「あっ、もうこんな時間!?昼ご飯は作ってあるから食べてね!」
「うん!行ってらっしゃい。」
「じゃあ行ってきます。」
お母さんを見送ると、足元に飼っている黒猫がすり寄ってきた。
この黒猫の名前は「チョコ」3年前にペットショップで一目ぼれしてお母さんに買ってもらった。
その黒猫のチョコとベランダに向かう。
家はマンションなので熱がこもりやすい。
それでも8階なのでベランダは風通しがいい。
通る風が心地いい。
「あっ、夏休みの宿題やんなきゃ!」
なぜかって?ふっふっふ
私はまだ小学校4年生なのだ。
かっこつけてみた(笑)
涼しい風が吹く中
計画してた一日分の宿題を終わらせる。
時計の針はまだ10時を回ったところだ。
宿題を終わらせ、次に何をしようか考える。
いつもはお母さんが居るからどこかに遊びに行くんだけど。
今日はお母さんが仕事だから遠くには行けない。
「そうだ、りっちゃんと遊ぼう!」
りっちゃんは幼馴染の男の子だ
同じマンションに住んでいる。
「りっちゃーん!あそぼー!」
ガチャっとドアが開き、りっちゃんが出てくる。
「ん?今から?」
「今からだけど…。りっちゃん起きたばっかり?」
「うん。起きたばかりだけど。いいよ。あそぼ。」
やった!これで暇はなくなるよ!
ってさっきまでは思ってたんだけど。
「りっちゃん、暇だね。」
「そうだね。」
結局私の家に戻ってきました。
またいつものベランダに二人と一匹並んで立つ。
私とりっちゃんは柵に肘をかけてる
りっちゃんは普通にかけてるけど
私は身長が足りなくて、背伸びをしないと届かない。
「ねぇ、りっちゃん。」
「あのさ、りっちゃんじゃなくて律って呼んでよ。」
「なんで?りっちゃんでいいと思うけどな~。」
「もう4年生だし、しかも僕は男だし恥ずかしいんだよ。」
「え~。りっちゃんはりっちゃんでいいのに。」
「せめて『りっちゃん』じゃなくて『りっくん』とかにしてよ。」
「そしたら響きがわるいじゃん。」
「そういう問題じゃないんだって!」
また始まった。
いつもこうなんだよね。
りっちゃんは恥ずかしがりやさんなんだ。
「・・・・。」
「・・・・・っ!」
「りっちゃん、りっちゃん。」
「…もう、りっちゃんでいいよ。」
こうやっていつも終わる。
お決まりの終わり方なんだ。
だからこの部屋で
「マスターいつもの。」
っていったらこれが始まるんだ。
たぶんそんな感じ。お決まりなんだよ。
こうしているうちにいつも日が暮れる。
気が付かない間に暇じゃなくなってる。
りっちゃんといる時が一番楽しいんだ。
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次の日
りっちゃんがこのマンションから居なくなった。
小学校からも。この町からも。
引っ越したんだ。
りっちゃんのお父さんは高校の先生をしてて、いろんな学校に行く。
今までりっちゃんがこのマンションにいたのは、引っ越すお金を貯めてたかららしい。
りっちゃんが居なくなった。
引っ越す当日に挨拶はしてくれたけど。
それでも、それだけだった。
前日まで遊んでいたのに何も話してくれなかった。
それがなぜか悔しくて苦しくて
その日はずっと泣いてしまった。
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それから数日、まだ悲しいけど
気持ちが落ち着いてきた。
夜、またいつものベランダに出る。
いつものベランダは風が冷たくて寒いくらいだった。
このベランダからの景色は
りっちゃんが一番好きだった景色だ。
りっちゃんの家は2階にあって周りのビルで空が見えにくい。
でも、私の家は最上階の8階で周りのビルより一つ飛び出ている。
周りより高いところから
周りより空に一番近い所から見える
だからりっちゃんはここからの空が、景色が好きだと言った。
それなら私も好きになろう。
何も変わらないようなこの風景を。
日々変わり続けるこの空を。
『私はりっちゃんが好きだ。』
いつの間にか好きになっていたらしい。
遅すぎたけど、気づけた。
どんなに美人の人がりっちゃんを好きでも。
私の好きの方が大きいんだ。
いつかまた、りっちゃんに会えた時はすぐに
『好き』って言おう。
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高校生になった。
夏、私はベランダにいる。
背も高くなり、背伸びせずとも柵に肘をかけられる。
いつもと同じような風が通り抜ける。
またいつものベランダにいる私が
ちょっとずつ変わってきた風景と
日々変わり続けるこの空に今日も願う。
『いつか、りっちゃんに会えますように。』